親父は “なんとなく” って言う。けれど、絶対になんとなくじゃないはず
二代目が先代の判断を真似できない理由と、
事業承継で継がれない判断の三層構造
「会長、この見積書、見ていただけますか」
社長である健太さんは、ちょっと得意な気持ちで、会長室のドアを開けました。
新規の大口案件。
価格も数量も悪くない。
むしろ、ここ数年で一番の条件に自信満々です。
ところが、会長で父の誠一さんは、老眼鏡を少しずらして、見積書を一瞥しました。
読んだ…というよりも、眺めた?という方が近いほど、一瞬でした。
「あぁ、、、これは断れ」
「え?……ちょっと待って!理由を聞いてもいいですか?」
誠一さんは、少し考えるような顔(明らかにフリ)をして、こう言いました。
その一言に健太さんは愕然とします。
「理由?そんなもん、なんとなくじゃろ」
会長室を出た健太さんは、見積書を持ったまま、廊下で立ち止まりました。
なんとなく、で断れる額じゃないだろうと。
ただ、そう思う一方で、会長(父)のこの「なんとなく」が、これまで一度も外れたことがないことも、健太さんは良く知っているんです。
理由もわからず、納得もできず、ただ、この案件を断る。
どうしようもない、持って行き場のない感情が、ただただ体を震わせます。
30 Seconds Summary
実は、先代の言う「なんとなく」は、気まぐれでも、勘でもありません。
40年以上かけて身体に染み込んだ判断が、言葉を通らずに出てきて「意思決定」しているだけなのです。
この記事では、その「なんとなく」の正体を、私が独自に定義した経営深層論理(DDL)という三つの層から解き明かします。
そして、なぜ二代目が真似をしようとしても、必ずどこかでずれてしまうのか。
なぜ、息子が聞いても理由が出てこないのか。その構造を整理します。
これを知ることで、事業承継によって会社を継いだ後継者の経営は、飛躍的な変化と正常性を保てるようになるはずです。
(もちろん、今のあなたがダメということではなく、経営の土台を持つということです)
だから、この記事は、あなたのために書きました。
従業員40名の食品包装資材の加工会社を、2年前に父から継いだ、藤井健太さん、38歳。
前職の商社で10年、営業として数字を見てきました。
修行のつもりでもあったその会社でも、それなりに勝ってきたという自負もあります。
それなのに、受注の判断だけは、なぜか父に勝てない。
というよりも、その「判断の基準」が何なのか?すらわからない。
そんな健太さんのような二代目の方に、読んでいただけたらと思っています。
真似をしたのに、なぜか叱られる
半年後、健太さんのもとに、似たような大口案件が舞い込んだことがあります。
条件も、規模も、あの時と、とてもよく似ています。
健太さんは、迷わず断りました。
理由は、「親父なら、きっとこうするはずだ」と。
ところがです。
完璧な判断をしたはずの、その判断を聞いた会長の誠一さんは、眉をひそめてこう言ったんです。
「お前、なんであれを断ったんじゃ?あれは受けてええ話じゃろうが」
健太さんは、頭が真っ白になりました。
さっぱり意味がわかりません。
前は断れと言った。
今回は受けろと言う。
表面の条件は、ほとんど同じなのに。
商社にいた頃なら、利益率と回収期間と与信を並べて、上司を説得することができました。
数字で説明できない判断は、判断ではない。
そう教わってきたんです。
それなのに、数字では説明のつかない父の判断に、自分の判断が負け続けている?
そりゃあ正直、悔しいですよね?
そして、少し怖い。
だんだんと、「判断」というものに、恐怖を感じるようになります。
いつか父がいなくなった時、自分は、何を基準に「受ける」「断る」を決めればいいのか、と。
まぁ、この状況を何度も経験すると、そうなるのも必然です。
でも、安心してください。
これは、健太さんの力不足ではありません。
先代の判断は、40年の修羅場を経て、考えるより先に身体が答えを出す「無意識的有能」のレベルまで染み込んでいます。
これは、ほんとうに説明のしようのない、身体が覚えている判断基準でもあるのです。
例えばこんな例で理解できますか?
自転車の乗り方を、言葉で説明してみろと言われて、それを言語化できる人がほとんどいないのと同じで、本人にも、理由を言葉にすることができないんです。
きっとあなたも、自転車の乗り方を言葉で説明して、まったく自転車に乗れない人が、一発で乗れるようになるか?と言われたら。。。
「そりゃあムリだよ、自転車の乗り方を言葉でなんて説明できない」
って、なるはずですよね?
だから、二代目に見えているのは、判断の「表面」だけなのです。
表面を真似しても、その下にある理由が違えば、答えは真逆になってしまうんです。
これは、どれほど優れた論文を山のように読んだとしても「無理なものはムリ」なのです。
実は、ここからが面白いところです
私は今、これまでの経験を活かして、デコーダーとして、先代の頭の中にある判断の基準を聞き取り、言葉にする仕事をしています。
ある時、最初に例に出した会長の誠一さんのような先代経営者に、まさにこの「断った見積書」と同じような話を伺ったことがあります。
最初はやはり、ほとんど同じく「うーん、なんとなくなんよのぉ」の一点張りでした。
それでも、昔の取引先の話や、創業当時の失敗談を、雑談のように伺っているうちに、先代がふと、こう言われたのです。
「そう言えば、ずいぶん昔にな、ああいう客で痛い目を見たことがあってなぁ」
それは、創業して10年目のこと。
大口の取引先から、かなり長い期間の手形で支払いを受けていたことがあって。
ところがその取引先が前触れもなく傾いて、手形が紙切れ同然になって、自分の会社まで連鎖倒産しかけた。
そんな経緯について、少しずつ、絡んだ糸をほどくように話してくれたのです。
一枚目の理由が、ここで出てきました。
わかりますか?
さらに深堀しながら伺っていくと、二枚目が出てきます。
あの大口を受ければ、生産ラインが埋まって、30年付き合ってきた地元の得意先の納期を、後回しにせざるを得なくなる。
「あそこには、ほんまにワシが苦しい時に何度も助けてもろうたけぇのぉ」
そしてさらに、三枚目です。
これが、なかなか出てこないんです。
話が終わりかけた頃、先代が、湯呑みを置いて、ぽつりと漏らしました。
「わしはなぁ、前の勤め先で、親会社の言いなりになるのが悔しゅうての、それで独立したんよ」
あの大口の取引先は、条件の代わりに、仕様も価格も、すべて自分たちの言う通りにしろ、という相手だったのです。
「うちは、言いなりの下請けにはならん。それだけは決めとったんじゃ」
たった一言の「なんとなく」の中に、三つの理由が、何層にも重なっていたんです。
どうでしょうか?
これらの三層は、先代経営者の記憶の中で、ハッキリとした形で構造化されていると思いますか?
先ほどの自転車の乗り方を言語化する。ということを思いだしてください。
構造化されていないもの、構造化しようのないものは、言語化できない。
例え言語化したとしても、それを再現できるものにはできない。
何となくだとおもいますが、理解できたのではないでしょうか?
「なんとなく」を作っている三つの層
私は、この三つの層を、経営深層論理(DDL)と呼んでいます。
一つ目は、「この判断で、会社は生き残れるか」を問う生存論理。
二つ目は、「誰との約束を守るのか」を問う信用論理。
三つ目は、「この会社は何者でありたいか」を問う存在論理。
先代の「なんとなく」は、この三層を一瞬で通り抜けて出てきた答えです。
いわば、先代の頭の中にある意思決定OSなんですよね。
ここで、健太さんの「半年後の案件」の答え合わせをしてみましょう。
あの案件は、支払いは月末締めの翌月払い。生産にも余裕があって、地元の得意先に迷惑はかからない。
そして何より、こちらの技術を頼って声をかけてきた相手で、言いなりになる関係ではなかった。
表面の条件は似ていても、三層のどこにも引っかからない案件だったわけです。
もう一つ、大事なことがあります。
この三層は、同じ重さで並んでいるわけではありません。
いちばん下にあるのが存在論理で、生存論理も信用論理も、その上に乗っているんです。
たとえばですが、生存論理だけで考えれば、手形の条件さえ交渉できれば、あの大口は受けた方が得だったかもしれませんね。
でも、いちばん下の存在論理が「言いなりにはならん」と答えている限り、上の層でどれだけ条件を整えても、答えはNOになるわけです。
先代の判断がぶれないように見えるのは、この土台が、40年間一度も動いていないからなんですよね。
| 層 | 問いかけ | 誠一さんの見積書で言えば | 普段の見え方 |
| 生存論理 | この判断で、会社は生き残れるか | 長い手形で連鎖倒産しかけた記憶 | 「慎重すぎる」 |
| 信用論理 | 誰との約束を守るのか | 30年来の得意先の納期 | 「義理堅すぎる」 |
| 存在論理 | この会社は何者でありたいか | 言いなりの下請けにはならない | 「頑固すぎる」 |
こうして並べてみると、息子から見た
「慎重すぎる」
「義理堅すぎる」
「頑固すぎる」
という父の姿が、実は、それぞれの層がちゃんと働いている証拠だったことが、わかると思います。
だんだんと、正体が見えてきましたね。
なぜ、息子が聞いても出てこないのか
一枚目と二枚目は、息子が粘り強く聞けば、もしかしたら(ほんとうにもしかしたら?です)出てくるかもしれませんけど。
でも、三枚目の存在論理は、まず出てきません。
なぜなら、そこには、親として息子に見せたくない悔しさや、格好の悪い記憶が、一緒に沈んでいるからです。
「前の会社で悔しい思いをした」なんて話は、父親が息子に、いちばん話しにくい種類の話なんですよね。
私は、心理カウンセラーとして、多くの方のお話を伺ってきましたが、人は、近い相手にほど、自分の弱かった頃の話をしません。
なぜなら、守りたい相手の前では、強い自分でいたいからです。
息子が「なんで?」と聞くたびに、父が「なんとなくじゃ」と返すのは、ごまかしているのではなく、その奥にある悔しさに、息子の前で触れたくないからなのかもしれません。
だからこそ、利害関係のない第三者が必要になります。
私は、先代が語ろうとする建前の美談ではなく、うっかり漏れてしまう本音の原石を拾い上げる聞き取りを、「閻魔の事情聴取」と呼んでいます。
「そう言えば」という一言は、その原石が表に出てくる合図なんです。
そして、そうやって掘り出された三層を、二代目が使える言葉に変換していく作業。
それが、私の仕事である “デコード” ということになるのです。
健太さんへ
父の「なんとなく」に、もう振り回される必要はありません。
なぜなら、その言葉の奥に、ちゃんと三つの理由が眠っていますから。
それをちゃんと知ることで、怒ったり責めるのではなくて、一緒に掘り出しにいく対象だと思ってみてください。
次に父が「なんとなくじゃ」と言ったら、「なんで?」と理由を問い詰める代わりに、「昔、似たようなことがあったん?」と聞いてみるだけでOKですから。
たとえその時に理由は答えられなくても、記憶なら、ふと口をついて出てくることがあります。
それが、一枚目の層の入口なのです。
これを知っているだけで、あなたと父親の関係性はものすごく透明性が増すはずです。
誠一さんへ
言葉にならないその判断こそが、息子さんに遺せる、いちばんの財産なのだということを是非知って欲しいです。
聞かれても答えようがないから、ついつい「なんとなくじゃ」の一言で済ませてきた、これまでの40年分の積み重ねからの理由を、いつか、きちんと手渡してあげてください。
その渡したものが、後継者の経営の土台となって、きっと彼はその上で、自分らしい経営の辣腕を振るうはずです。
では、どうやって移植するのか
ここまで読んでくださった健太さんは、きっと、こう思っているはずです。
なるほど!三層があることはわかった。
デコードすれば、言葉になることもわかった。
でも、だったら、その見えない親父の脳内を、どうやって自分に移植すればいいんだ?
ってね。
言葉にしただけでは、まだ、健太さんの身体には入っていません。
例えばですが、父親の脳内にある三層を解読した内容を書いた紙を一枚渡されたとしても、次の見積書を前にした時、それが自然に頭に浮かぶとは限らないんです。
(ほぼ、100%無理です)
さらに言うと、父親が「なんとなく」で一瞬に出していた答えを、健太さんが紙を読み返しながら出していたのでは、現場のスピードには、とても追いつけません。
父親が40年かけて身体に染み込ませたものを、健太さんが自分の判断として使えるようになるまでには、もう一つ、手渡し方の工夫が必要になるんです。
その方法については、また改めて、じっくりお話しさせてください。
「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ
デコーダー/心理カウンセラー/作家
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※「思考資産」とは?……もしよければ私の著書「思考資産」を読んでみてください。
それではまた、お会いしましょう。
霧香ゆうひ


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