「金は、寝かせとけ」…親父のその口癖は、昭和の古い習慣じゃなかった
事業承継で二代目が見落とす、先代が危機を越えてきた「生存論理」の正体
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「今なら、まだ金利が低いんです。借りるなら今がベストですよ」
拓也さんは、設備更新の計画書を、会長の目の前に広げながら言いました。
導入から二十年を超えた製袋機が三台。
とうぜん、修理の部品も、メーカー在庫が薄くなっていいて、かなり手に入りにくくなっている状況です。
このタイミングで新しい機械に入れ替えれば、生産性は二割近く上がることはわかっています。
さらに銀行の融資担当者も、前向きに話を聞いてくれていました。
会長は、目の前に広げられた「設備更新計画書」の最後のページ、資金繰りに関する表だけを、じっと睨むように見ていました。
「機械を替えるのは、ええ。反対はせんし、むしろ賛成なんじゃがの、この表じゃと、手元の現金が二か月分しか残らんことになるが、そこはどう考えとるんじゃ?」
「借入で賄うので、手元資金は、むしろ効率よく回せるはずです」
「あるほど。。。そう言うことか…。今回は見送って、金は寝かせておけ。ええか?半年分は、何があっても手を付けたらいけん」
はぁ、また、これか。
拓也さんは、心の中で大きくため息をつきながらつぶやきました。
口座で眠っているだけの現金。
今は利息もほとんど付かない。
その金を有効的に動かせば、もっと早く会社を強くできるのに。
昭和の経営者というのは、とにかく現金を握っていないと落ち着かない。
これはもう、理屈ではなく、習慣なんだろうな、と。
半ば、説得はもう諦めて、自分が折れるしかないといった落胆を感じていました。
しかし、本当にこの二人のやり取りの中に「真理」が交わされたのでしょうか?
30 Seconds Summary
先代の口癖の中には、現代の経営の常識からすると、どうしても古く見えるものがあります。
「金は寝かせとけ」は、その代表格かもしれません。
ですが、それは本当に、ただ古いだけの昭和の経営思考なのでしょうか?
経営戦略も大幅にアップデートして、スピード感を持って、多少の“リスク”を取っても合理的に進めることが正解なのでしょうか?
ここで私が、デコーダーとして先代の経営判断を深く解きほぐしていくと、そうした口癖の奥に、無数とも言える危機を乗り越える中で磨かれてきた、はっきりとした、ある「型」がハッキリと見えてきます。
この記事では、私が提唱し、三つの層に整理した「経営深層論理(DDL)」のうち、「生存論理」に絞って、「金は寝かせとけ」という一言をデコードしていきます。
以前の記事「『あそこだけは、値上げはせん』…親父のその一言は、情でも勘でもなかった」の続編(第2弾)として、同じ親子にもう一度登場してもらい、詳しく解説してみます。
きっと、目からウロコが落ちるようなところに着地するはずです。
この記事は、あなたのために書きました
拓也さん(仮名)、44歳。
包装資材の製造会社を、父親から継いで5年目の社長です。
前回、取引先の値上げの件で、父親の「情」だと思っていた判断が、実は筋の通った基準だったと知った拓也さんでしたが。
それでも、父親のすべての判断に納得できるようになったわけではありません。
もちろん、それはそうですよね?
特に、お金の使い方に関して。
激しくぶつかることはありませんが、どうにもここだけは、どうしても“時代が違う”と感じてしまうことが多々あります。
この記事は、そんな拓也さんのために書きました。
そして、「親父のやり方は、もう古い」と、どこかで思っているあなたのための記事でもあります。
確かに、先代が会社をここまで継続させて大きくする中で、いわゆるアナログな昭和の直感に頼った(ような)経営戦略に反発するのもわからなくはありません。
が、ほんとうにそこに経営の真髄が隠れていたりすることはないのでしょうか?
「古い」と片づけた瞬間に、見えなくなるもの
実は、拓也さんの言い分は、何も間違っていないのです。
当たり前のことですが、使わない現金は、何も生みません。
低金利で借りることが出来るなら、手元の現金を温存しておいて、借入で投資をするのは、まさに教科書どおりの判断です。
銀行の融資担当者が前向きなのも、当然ですよね。
だから多くの後継者は、短絡的にこう結論づけます。
「親父は、バブル崩壊のトラウマを引きずっているだけだ」
「昭和の経営者は、現金を見ていないと不安なんだ」
でも、前回と同じことを、もう一度だけ問いかけさせてください。
(まだ読まれていない方のために繰り返します)
父親は、バブルの崩壊も、金融危機も、リーマンショックも、コロナも、潰れずに越えてきた人です。
四つとも、原因も、業界への影響も、まったく違う危機なのです。
ここでちょっと考えてみてください。
その4つの絶望的な危機を、たまたま運よく、全部越えられたと思いますか???
「古い習慣」というラベルを貼ってしまった瞬間、その口癖の中身は、もう誰にも見えなくなります。
見えないものは、やはり、受け継ぐことができないんですよね。
当たり前ですが、理解も納得できないものを受け入れるなんてできませんよね?
でも、それでいいと思いますか?
生存論理とは、何か?
ここで、私が提唱する経営深層論理(DDL)の三層を、改めてご紹介しておきます。
前回の記事を読んでくださった方は、サラッと読み飛ばしていただいて大丈夫です。
| 層 | 問い | 判断に表れるとき |
| 生存論理 | どうすれば、この会社は生き残れるか | 資金繰り、投資の見送り、撤退の判断 |
| 信用論理 | 誰との信頼を、何を犠牲にしても守るか | 値決め、取引先の選び方、約束の守り方 |
| 存在論理 | この会社は、何のためにあるのか | 「それだけはやらん」という一線 |
前回詳しく解説したのは、二層目の「信用論理」でした。
今回の「金は寝かせとけ」は、一層目、「生存論理」の声になります。
この「生存論理」というのは、決算書にいちばん近い層です。
現金がいくらあるか、借入がいくらあるか。
結果は、全部数字に出ていますよね。
でも、「なぜ、その数字にしているのか?」という理由だけは、どこにも書かれていません。
数字を整えることには必死になりますが、その根拠は?と聞かれたら、意外に答えられる人が少ないのが、本当のところなのです。
もちろん、そこには必ず理由はありますから、それをしっかりと見に行きましょう。
実は、ここからが面白いところです
(前回記事の続きになりますが)私は、拓也さんからのご依頼で、再度、会長のお話を伺うことになりました。
今回も、核心である現金の話は、わざと避けました。
なぜなら「なぜ半年分なんですか?」と聞いても、「まぁ、そういうもんじゃ」としか返ってこないのは、目に見えていたからです。
代わりに、こう聞きました。
「これまで越えて来られた無数の危機の中で、それぞれ、いちばん最初に取り組まれることは何でしたか?」
その質問に、会長は、一つずつゆっくりと思い出していきました。
バブルが崩れたときは、周りの社長たちが、土地や株を慌てて投げ売りしていた。
リーマンショックのときは、受注が三割落ちて、同業者が次々に人を減らしていた。
コロナのときは、みんなが一斉に、銀行の窓口に並んでいた。
「うーん、どれも、やったことは、ばらばらじゃけぇのう」
そう言ってから、会長は、ふと黙りました。
かなりの時間が空いたように記憶していますが。
「……そう言えばなぁ、どの時もな、一番最初に通帳を見とったような気がする。あと何か月?何もせんでも、この会社が持つか。まず、それを数えとったよなぁ」
私は、続けてもう一つだけ聞きました。
「なぜ、それを最初に数えるんですかね?」
会長は、少し考えてからこう言いました。
「ワシの経験からな、概ね半年あれば、大概の嵐は過ぎるんよ。万が一過ぎんかったとしても、その半年で、次の手を考えりゃええ。じゃがの、金がない時というのは、考える前に動かされる。売りとうない土地を売らされて、切りとうない人を切らされる。わしは、それを、周りで何べんも見てきたけぇ」
そして、最後に、ぽつりとこう付け加えました。
「平成の金融危機の時だけは、うちも金がのうてな。あそこの社長が前払いしてくれんかったら、終わっとったなぁ。……あれから、二度と、人の傘に頼らんでもええようにしよう、と決めたんよ」
隣で聞いていた拓也さんは、思わず顔を上げました。
前回デコードした、“あの取引先”の話でした。
「信用論理」の起点になったあの夜が、同時に、「生存論理」の起点でもあったのです。
ここでは、サラッと書いていますが、このやり取りには、軽く3時間は費やしています。
ですが、ここでの収穫は、先代本人、そして拓也さんの両名にとって、驚く大きいものでした。
ここに「全てが詰め込まれている」ことがおわかりでしょうか?
「現金」ではなく、「考える時間」を寝かせていた
会長が寝かせていたのは、お金そのものではありませんでした。
危機が来たときに、慌てずに考えられる「半年という時間」だったのです。
ここで少しだけ、私の専門でもある心理学の話をさせてください。
行動経済学者のムッライナタンと心理学者のシャフィールは、著書『いつも「時間がない」あなたに(Scarcity)』(2013年)の中で、お金や時間が足りない状態に置かれると、人の判断力そのものが目に見えて落ちることを示しました。
欠乏は、頭の”処理能力”を奪い、目の前の穴を埋めることしか考えられなくしてしまう、というものです。
会長は、この理論を知っていたわけではありません。
でも、周りの社長たちが、欠乏の中で判断を誤っていく姿を、何度も間近で見てきました。
だから、危機の中でも「まともに考えられる自分」を確保しておくために、半年分の現金を寝かせていたんです。
拓也さんが最初に貼ったラベルと、デコードの後に見えたものを並べてみます。
| 観点 | 「昭和の古い習慣」として見ていたとき | 「生存論理」として見えたとき |
| 寝かせているもの | 使われない現金 | 危機の中でも考えられる半年間 |
| 判断の理由 | 現金を握っていないと不安だから | 欠乏の中では、判断を誤ると知っているから |
| 時代との関係 | 低金利の今には合わない | 手法は変わっても、型は変わらない |
| 後継者にできること | 従うか、押し切るか | 「半年分の考える時間」を守ったまま、投資を組み立てられる |
二十四時間働くことも、接待で関係をつくることも、今はもう通用しません。
でも、「危機の最初の一手は、動くことではなく、待てる状態をつくること」という型は、バブルにも、リーマンにも、コロナにも、そのまま通用していました。
古くなったのは手法であって、型ではなかったんですよね。
(この違いと差、わかりますか?)
実はここで、拓也さんにも、思い当たることがありました。
会社を継いで間もない頃、工場の古参の班長が、酒の席でこんな話をしてくれたことがあったそうです。
「リーマンの時にね、周りの工場は、どこも人を減らしよったんです。でもね、会長だけは誰も切らんかったんです。ただの一人もですよ!仕事がない日は、みんなで機械を磨いとったんですよ、ほんと、思い出しますわ」
その班長は、大きな声でこう言いました。
「じゃけぇね、わしらは、この会社を辞めんのですよ」と、豪快に笑ったそうです。
なぜ誰一人切らなかったのか?
あの時、一人も切らずに済んだのは、決して会長が情に厚かったからだけではありません。
実はここで、半年分の「考える時間」が、手元にあったからなのです。
そして、その半年が守った社員たちが、今、拓也さんの会社を支えているのです。
「生存論理」は、会社を生き残らせただけでなく、次の代の土台まで、黙ってつくっていたというわけなのです。
その後、拓也さんは、計画書を一から組み直しました。
更新間近の三台の設備を一度に替えるのではなく、二年に分けて順次入れ替える。
しかも手元の現金は、半年分を必ず残すために、計画は柔軟に。
会長は、新しい資金繰り表を見て、「これなら、ええ」とだけ言ったそうです。
それは、父親の考えに従って操られた結果ではありませんよね?
父親の型を、拓也さん自身の言葉で使った結果なのです。
これが、父親から受け継いだ「生存論理」を、自分の経営戦略に活かした最も美しい好例だと言えるでしょう。
拓也さんへ
父親の口癖を、古いと感じる日もあると思います。
その感覚は、あなたが今の時代を真剣に見ている証拠です。
ただ、「古い」と片づける前に、一度だけ、こう考えてみてください。
この人は、何度も嵐を越える中で、何を守るために、この口癖を続けてきたんだろうか、と。
次回は、DDLの三層目、「存在論理」です。
「それだけは、やらん」という、父親のいちばん深い一線をデコードします。
そして、取り出した論理を、どうやって手渡すのか。
その話は、シリーズの最後に、ゆっくりお話ししますね。
楽しみにしていてください。
もしも、この「先代の古く見える判断」というテーマにご関心を持たれた方は、ぜひ以下のHUB記事もあわせてお読みください。
【HUB記事】
親子間の事業承継がうまくいかない本当の理由──会社は継げても、先代の「思考資産」は継げていない
https://shikou-shisan.com/business-succession-truth/
※「思考資産」とは?……もしよければ、私の著書「思考資産」を読んでみてください。
それではまた、お会いしましょう。
「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ
デコーダー/心理カウンセラー/作家


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