社長って、俺のことじゃなかったのかよ

社長って、俺のことじゃなかったのかよ

名刺は代表取締役。
なのに会社は、まだ親父の顔で回っている|事業承継2年目の二代目へ

~プロローグ~

正月の三日。
実家の二階、昔の自分の部屋で、母親に頼まれた押し入れの片付けをしていました。

段ボールの底から、大学時代のノートが一冊出てきました。
ぱらぱらとめくると、最後のページに、見覚えのある自分の力強い文字。

「俺が社長になったら」

その下に、十個の項目が並んでいます。
・新卒を毎年採る。
・ホームページから注文を受けられるようにする。
・手書きの伝票をやめる。
・週休二日にする。
・社員旅行を復活させる。
……

継いで、もうすぐ2年になります。
ノートに書いた十個の決意のうち、手をつけられたものは、、、
ただの一つもありませんでした。

階下からは、年始の挨拶に来た取引先と、親父の笑い声が聞こえてきます。
「いやぁ、会長がお元気で何よりですわ」

ノートを持つ手に、思わず力が入りました。
無意識の悔しさのようなもので、ノートを捻じるように。

当然、込み上げてきたのは、懐かしさではありません。
その正体は、やはり「怒りと悔しさ」でした。


30 Seconds Summary

親の会社を継いで、特に2年目あたりの後継者は、名刺も登記も「代表取締役」であるにも関わらず、社員も取引先も、まだまだ先代の顔を見て動いている現実を静かに強く感じ取っていて、それはフラストレーションとして積みあがって、誰にも言えない怒りと悔しさを抱えています。

今日のこの記事では、その怒りと悔しさを「それは器が小さいだろ」で片付けずに、その奥にある構造を、理論的、心理的側面から丁寧に整理します。

それは、親の会社を見続けて、子どもの頃から描いてきた「社長になったらやりたいこと」が、実は、先代の信用と、先代が育てた社員と、先代の顔で回る取引先がそろった会社を前提に描かれていた、というどうしようもない真理のことなのです。

もちろん、夢が甘かったのではありません。
夢を描いた土台が、継いだ後に入れ替わっていくのです。

この表現だと、よくわからないかもしれませんね。
ですが、きっと読み終わるころには、「なるほど、そうだよな!」と、膝を打ってくださると確信しています。

この記事は、親の会社を継いで2年目の正月を迎えた、たった一人のあなたのために書きました。


名刺は代表取締役。なのに

継いで1年目、2年目の会社は、正直なところ、ちゃんと回っています。
むしろ、思っていたより順調だったりもするんですよね。

でも、その「順調」の中身を、少しだけよく見てみてください。

あなたが決めた来期の採用計画。
翌朝、経理の古参社員が、何気なくこう言いませんか?
「これ、念のために、会長にもお伝えしておきました」

会議で新しい取り組みを提案すると、工場長は、あなたではなく、会議室の隅に座る父親の顔を、ちらっと見ますよね。
父親が小さくうなずいたのを確かめてから、ようやく「わかりました」と言う。

さらに、
銀行の担当者ですら、決算の説明が終わると、帰り際にこう付け加えます。
「それでは、会長にも、よろしくお伝えください」と。

取引先の新年会では、乾杯の前に、必ずこう聞かれます。
「とおろで、会長は、お元気ですか?」

一つひとつは、本当に小さなことですよね。
もちろん、誰にも悪気などありません。
むしろ、みんな、会社のことを思ってそうしている。
ただ、無意識に…。

でもあなたはそのたびに「イラっと」していませんか?
そして、その無意識の気遣いに、余計に腹が立つ。

あなたの名刺には「代表取締役」と刷ってあります。
登記も済んでいる。
印鑑も、自分が持っている。
つまり、正真正銘、あなたがこの会社の「代表取締役 社長」なのです。

それなのに、会社という船は、まだ親父の舵で進んでいるように見える。
気のせいかもしれないけど、そんなふうに見えて仕方ない。


誰にも言えない、あの一言

この怒りと悔しさには、行き場がありません。

親父にぶつければ、親不孝になりますからね。
社員にぶつければ、「やっぱり二代目は器が小さい」と思われるでしょう。
奥さんにこぼせば、大きな心配をかけることになるでしょう。

しかも、心のどこかでは、わかっているんですよね。
今、会社がちゃんと回っているのは、親父の顔のおかげだということをね。

去年の秋に、主要な仕入れ先から、突然の値上げを通告された時のことを覚えていますか?
あなたは資料を作り込み、二度も先方に足を運びました。
それでも、話は一歩も進みませんでした。

ところが、父親が先方の社長に電話をたった一本かけただけで、しかも数分の雑談のような声しか漏れて来なかったのに、その値上げ通告は半年先送りになりました。

そして、電話を切った親父は、何でもないような顔でこう言いました。
「まぁ、向こうさんもな、色々あるんじゃろう。それを忘れるなよ」

あの時、あなたは「助かった」と思ったはずですよね。
そして同時に、自分が時間を掛けて作り込んだ資料と、二度の訪問は何だったのか、と思ったはずです。

その親父の顔に、助けられている自分。
助けられていることが、わかってしまっている自分。
そんな自分にも、腹が立つ。
だから悔しくて仕方ない。

その言葉が出てくるのは、決まって一人の時であるはずです。

仕事納めの夜、誰もいなくなった会社の駐車場。
冷え込んでいるのに、エンジンもかけずに、冷たいハンドルに手を置いたまま、あなたはこう吐き捨てたはずです。

「クソっ……俺が社長じゃねーのかよ」

ちょっと、言葉が悪いですね(笑)。
でも、デコーダーとして、私はこれまで本当に多くの後継者とお話ししてきましたが、この一言を胸に抱えたことのない人には、ほとんど会ったことがありません。
口に出すかどうかは、別にして、ですけどね。

でもね、安心してください。
この怒りと悔しさは、あなたの器が小さいから湧いてくるものではありません。
そこには、ちゃんとした理由があります。

それでは解いていきましょう。


実は、ここからがほんとうに面白いところです

私のクライアントのお話を一つ挟みますね。

継いで2年目のある後継者が、面談に一冊のノートを持ってきました。
そう、学生時代に書いた「社長になったらやること」のリストです。

「これを見つけて、もう情けなくて。だって、一つもできていないんです」

私は、リストの中身には触れずに、こう尋ねました。
「このリストを書いた時って、頭の中の会社には、誰がいましたか?」

彼は、少し考えてからこう答えました。
「誰って……工場長がいて、経理のベテランがいて……」

「ここに新卒を毎年採るって書いてありますよね。採った新人は、誰が育てる予定でしたか?」
「それは、工場長が……」

「ホームページで注文を受ける。その最初のお客さんは、どこを思い浮かべていたでしょうかね?」
「そりゃあ……親父の代からの取引先、ですね」

「手書きの伝票をやめる。それを、社員さんたちに最初に説明するのは誰でしたか?」
「……」

そこで、彼は黙りました。
言葉に詰まったのは、言い返せないのではなくて、何かに気づいてくれたのだと思います。

しばらくノートを見つめてから、ぽつりとこんなことを言いました。

「そう言えば……むかし親父が、今の工場長を一人前にするのに、軽く十年かけたって、前に言ってたな。俺、その十年に親父が何を考えてたのか、一回も聞いたことないです」

その瞬間、彼の中で、怒りと悔しさの向きが少しだけ変わったのがわかりました。
明らかに父親に向いていた怒りが、「自分は何も知らないまま、夢だけを描いていたのか…それって幻想じゃないか?」という自問に変わったんです。

私は何も言っていません。
アドバイスすらしていません。
お分かりですよね?

彼は、二代目として、自らその答えにたどり着いたのです。


夢は、親父の船の上で描かれていた

彼は、子どもの頃から、“親父の会社を継ぐ“ことを意識してきた。
そのために、経営の勉強も他社での修行もしてきた。
だからこそ、「自分が社長になったら」という夢は、具体的で、本気でした。
浮かれた夢は一つもありません。

修行先の会社で見てきた、新しいやり方。
あれを、うちにも持ち込めばいい。
そう思っていた人も、多いはずです。

でも、少し思い出してみてください。
その修行先の会社にも、そのやり方を社員に飲み込ませてきた「誰か」が、ちゃんといたはずなんです。

そして、その夢を描いていた時、あなたの会社にはいつも親父がいましたよね。

親父の信用があり、親父が育てた社員がいて、親父の顔で回る取引先がそこにはありました。

夢は、その船の上で描かれていたんです。

夢に書いたこと描いた時、前提にしていたもの継いで2年目に見えてきたこと
新卒を毎年採る新人を育てる工場長がいるその工場長は、親父の言うことなら聞く
ネットで注文を受ける親父の代からの取引先が土台にある取引先は「会長の会社」と付き合っている
古い慣習をやめる社員が新しいやり方についてくる社員は、慣習の奥にある親父の判断を信じている

こうして並べると、どうですか?

夢が甘かったわけではありませんよね。
それどころか、夢には、ちゃんと筋が通っていました。

ただ、その筋は、親父のいる会社の上で通っていたということなんです。
これが、この構造であり真理です。

ここで、ここから先のことも、少しだけお話ししておきますね。
サラッと読んでもらって大丈夫です。

もちろん個人差はありますが、3年目に向かう頃に、本当の意味でのバトンが渡されます。
それは、父親の顔が、少しずつ会社から抜けていくタイミングが必ず来るということです。

あの忌まわしい、「会長にもお伝えしておきました」と言われなくなる日が、ちゃんと来ますから。

ところが、その時、今の怒りと悔しさは、別のものに変わります。
それは、ちょっと残酷のように聞こえるかもしれませんが、「思っていたのと、全然違う」という、もっと静かで、もっと重いものに。

親父の顔が抜けた船には、親父の舵だけでなく、親父が積んでいたものも、もう載っていないからなんです。

準備してきた人ほど、その落差は深くなります。
それは、夢の土台そのものが、入れ替わってしまうからです。

無意識のうちに土台として敷き詰めていたあるべきはずのものが消えていく時が必ず来ます。
その時に「やっと俺の時代だ!」って思うでしょうか?

残念ながら、多くの二代目が描いてきた夢は、偉大な創業者である父親という土台の上で描かれたものですから、それがなくなった時点で、その夢も“沼地に立ったビル”のような状態になります。

でも、それが現実なんです。

ところが、この現実を知ってしまうと、ほんとうにこれからが面白くなりそうじゃないですか?


後継者の皆さまへ

もし、あなたの部屋にも、あのノートがあるなら。
どうか、捨てないでくださいね、お願いですから。
もちろん、書き残したものではなくても、脳内にある記憶のリストで構いません、絶対に捨てないで。

なぜならそれは、できなかったことのリストではないからです。
あなたが本当にやりたかったことの、厳然とした証拠なのです。

ただ、次にそのリストを書き直す時は、父親の船の上ではなくて、あなた自身の船の上で書く必要がありますけどね。

そのためには、まず親父の船が、何でできていたのかを知らなければなりません。

工場長を育てた十年に、親父は何を考えていたのか?
取引先は、なぜ「会長の会社」と付き合い続けているのか?
社員は、なぜ古い慣習を手放さないのか?

それは、決算書にも、マニュアルにも、どこにも書いてありません。
父親の頭の中にしかないものなんです。

私は、その父親の頭の中にしかなくて、構造化されていないから言語化すらできないもの。
それを「思考資産」と呼んでいます。

「社長って、俺のことじゃなかったのかよ」

その怒りと悔しさは、あなたが本当の意味で社長になろうとしている、その道の途中にいる証拠なのだと、私は思っています。

そして、あなたが父親の土台を継いで、その上に立って辣腕を振るうとき、はた目にはもう、先代の姿は見えなくなっています。

「社長、よろしくお願いします」

この言葉だけが、あなたの耳と脳内に響くはずです。


幹部社員・税理士・銀行員の皆さまへ

「会長にも、よろしくお伝えください」
その一言は、きっと礼儀であり、会社を思う気持ちから出たものだと思います。
何も間違っていない、悪くない、当たり前の挨拶ですよね。

ただ、その一言を受け取った後継者が、帰りの車の中で何を飲み込んでいるのか。
そこに少しだけ思いを寄せていただけたら、と思います。

次に会った時、「社長ご自身は、どうお考えですか?」と尋ねてみてください。
その一言が、後継者にとっては、思っている以上に大きな意味を持つことがあります。

皆さんのその一言で、“二代目社長”は、一気にそして劇的に成長するはずです。


「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ(夕燈)
デコーダー/心理カウンセラー/作家


もしも、この「社長なのに、社長として扱われない怒り」というテーマに心当たりがある方は、ぜひ以下のHUB記事もあわせてお読みください。

【HUB記事】

親子間の事業承継がうまくいかない本当の理由──会社は継げても、先代の「思考資産」は継げていない

親子間の事業承継がうまくいかない本当の理由──会社は継げても、先代の「思考資産」は継げていない
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※「思考資産」とは?……もしよければ、私の著書「思考資産」を読んでみてください。


それではまた、お会いしましょう。

霧香ゆうひ

著者プロフィール
kirika-yuhi

著者:詳細プロフィール

「思考資産」承継デザイン研究所 
所長: 霧香 ゆうひ(夕燈) デコーダー/心理カウンセラー/作家

1961年生まれ。広島を拠点に全国の事業承継現場で、経営者と後継者の「魂の同期」を支援する専門家。
30年のHRキャリアで組織の力学を、14年の心理カウンセラー経験で人間の深層心理を、11冊の著書を通じて言葉の精錬技術を磨いてきました。

この三つが交わる場所に、私の専門領域があります。

私が提唱する「思考資産」とは、経営者の脳内に点在する「記憶・判断・哲学」をデコード(解読)し、次世代が迷わず使える「経営深層論理(DDL)」として構造化したものです。

法的・税務的な手続き(箱の整理)は専門家に委ね、私はその「中身(魂)」を救い出すことに全力を注ぎます。

一人の経営者の暗黙知を救うことは、組織を救い、文明が積み上げてきた知恵の総量を守ることに繋がる——これが、私がこの仕事を続ける理由です。

3万人超の事業承継・組織再生の現場に伴走してきた、日本唯一のデコーダー。

霧香ゆうひ

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親の会社を継ぐのが「辛い」あなたへ

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