「社長ご自身のお考えを、伺えますか」…銀行の面談で、初めて”会長”の名前が出なかった日

「社長ご自身のお考えを、伺えますか」   …銀行の面談で、初めて”会長”の名前が出なかった日

継いで3年目の二代目が直面する、事業承継の「信用の空白」とは?


「それでは最後に、社長ご自身のお考えを、伺えますか?」

3回目の、銀行(融資部門)との定例面談でのことです。
応接室のテーブルには、いつもの決算書と、今期の計画書。
もちろん、担当者の顔ぶれも、去年と同じです。

ただ、一つだけ、違うことがあったのです。
それは、面談が始まってから終わるまで、融資の担当者が、一度も「会長」という言葉を口にしなかったのです。
(会長とは、3年前に退いた先代経営者です)

1年目は、「ところで会長はお元気ですか?」から始まりました。
2年目は、最後に「会長のこれまでの実績もありますから」で締めくくられました。

それが今年は、最初から最後まで「社長ご自身の」だったのです。

帰りの車の中で、真壁亮さんは、ひとりハンドルを握りながら考えていました。
「これって、俺、認められたってことだよな?」と。
さらに「ようやく、一人の社長として扱ってもらえたってことだよな?」

それはもう、嬉しいはずなんです。
だけども、なぜか胸のあたりが、ずっと重いままでした。
もちろん、理由はわかりません…。

亮さんは、意味不明のモヤモヤを抱えたまま車を走らせました。


30 Seconds Summary

親の会社を継いで2年、3年と経つうちに、ある日ふと、周りの人の口から先代の名前が出なくなる瞬間があります。
銀行の面談、取引先との商談、社内の会議。

それは、「先代の信用で経営できる期間」が終わって、「あなた(二代目)自身の判断」が問われ始めた明確な合図でもあるのです。

帰りの車の中で、嬉しいはずなのになぜか重い。
その理由は、先代から借りていた信用がなくなりかけているのに、自分名義の信用が、まだ目に見えないからだということが言えるのです。

私はこれを「信用の空白」と呼んでいます。

今日のこの記事では、心理学の「特異性クレジット」という考え方と、私が提唱する経営深層論理(DDL)の「信用論理」を使って、この空白の正体と、空白を埋めていく道筋をわかりやすく整理してみます。

この記事は、“あなたのため”に書きました。
これまでの2年間、なんとかやってきたのに、ここに来て急に足元が心細くなってきた、あなたのために。

ぜひ、自分事として読み進めてみて下さい。


2年間、ちゃんとやってきたんですよね

最初に、一つだけお伝えしておきますね。

当然ながら、あなたはこの2年間、ちゃんとやってきました。

社長交代の挨拶回りをして、慣れない決算の説明をして、古参の社員に頭を下げて、会長の顔色もうかがいながら。
「二代目」という目線を感じつつ、それでも会社(経営)を止めずに、ここまで来たんです。

それは、本当にすごいことであり、誇るべきことなんです。
絶大な自信として持っておいて下さい。

ですが、ここで一つ、ちょっとだけ苦い事実にも触れておかなければなりません。
(大丈夫です、この先にちゃんと道はありますので、安心して読み進めてくださいね)

この2年間、あなたの会社(経営)を支えていた信用の大部分、まぁほぼ全ては、実をいうと、まだ「会長の信用」だったわけですよね。
もちろんそんなことは分かっていますよね?

銀行が融資を続けてくれたのも、取引先が発注を切らなかったのも、社員が辞めずに残ってくれたのも。
まぁ、全てです。

もちろん、あなたの頑張りがゼロだったわけではありません。
でも、その土台には、会長(先代)が何十年もかけて積み上げてきた信用が、まだしっかり敷かれていたことはごまかしようのない事実です。

つまりは、あなたは、その土台の上で、2年間を走ってきたわけです。

とは言っても、あなたを貶めるつもりは1ミリもありませんので、誤解されないようにしてくださいね。


なぜ、「会長」の名前が消えると重くなるのか?

突然話が飛ぶようでごめんなさい。

ここで、ちょっと私の専門でもある心理学の分野から、アプローチしてみます。

社会心理学者のエドウィン・ホランダーが、1958年に提唱した「特異性クレジット(Idiosyncrasy Credit)」という考え方があります。
(もちろん名前は覚えなくて大丈夫です。そして中身はシンプルです。)

リーダーは、能力を示し、周囲の期待に沿った振る舞いを続けることで、少しずつ「信用の貯金」を積んでいきます。
そして、その貯金があって初めて、周りと違う判断や、新しいやり方が、受け入れてもらえるようになる。
そういう理論です。

これを、親子間の事業承継に当てはめてみると、とてもよく見えてくるんです。

先代は、何十年もかけて、この貯金を積んできました。
継いだばかりの後継者は、自分の貯金がほとんどないまま、先代の口座から「借りて」使っている状態です。

銀行が「会長はお元気ですか?」と聞くのは、ご機嫌うかがいではありません。
「まだ、会長の口座は生きていますよね?」という確認なんです。

そして、3回目の面談で、その名前が出なくなりましたよね。
ここが大事です。

つまり、それはこういうことです。
「もう、会長の口座からは貸し出しません。ここからは、あなた名義の口座で見ます」という、静かな通知だったわけなのです。

嬉しいはずなのになぜだか重いという理由は、ここにあります。
借りていた口座は閉じかけている。
でも、自分名義の口座に、いくら入っているのか、自分でもわからない。

これが、「信用の空白」の正体なのです。

どうですか?
うまくご自分にあてはめて考えてみることが出来ましたか?


実は、ここからがほんとうに面白いところです

私が現場で出会った親子のお話を、少し形を変えてお話ししてみましょう。

その後継者(二代目社長)は、銀行との面談で「会長」の名前が出てこなくなったあと、どうにも落ち着かなくなりました。
そして、次の面談の前に、会長のところへ行って、こう頼んだのです。

「あのさ親父、次の銀行との面談だけど、一緒に来てもらえんかな」

会長は、新聞から目を上げずに、こう答えたそうです。

「ん?そりゃあダメじゃわ。もしワシが一緒に行ったらの、お前の3年が無駄になる」

その瞬間に後継者は、正直、“あぁ突き放された”と思ったそうです。
こっちは不安で頼んでいるのに、と。

ところが、デコードの場で、この話題に触れた時のことです。
会長が、ふっと手を止めて、こんなことを言いました。

「そう言えばなぁ、ワシにも、そういう日があったよなぁ」

会長は創業者です。
借りる口座など、最初からありませんでした。
初めて融資を頼みに行った日、当時の支店長に、こう聞かれたそうです。

「で、あんたは、この金で何をするつもりなんですか?」

会長は、その時に答えた内容を、今でもほぼそのまま覚えていました。
何に使うか、なぜ今なのか、うまくいかなかったら、どこで止めるのか。
その全てをです。

「数字より、そこを聞かれたんよ。わしが何を基準に決める人間か、それを見とったんじゃろうな」

そうなんです。
会長が同席を断ったのは、冷たさからではありませんでした。

会長自身が、自分の信用が始まった瞬間を知っていたんです。
それは、実績を見せた日ではなくて、「自分の判断の基準」を、自分の言葉で語った日だった。
だから、息子の“その日”を、自分が横に座ることで奪いたくなかったわけなのです。

少し見えてきましたか?


信用とは、「顔」ではなく「予測できること」

ここで、私が提唱している経営深層論理(DDL)の話を、少しだけさせてください。

このDDLでは、経営者の判断の奥にある論理を、生存論理・信用論理・存在論理の三つの層に分けて整理しています。

そのうちの「信用論理」で、私は信用をこう定義しています。

信用とは、その人の顔や人柄ではなく、「この人なら、こういう場面で、こう判断するだろう」と、周りが予測できること。

銀行が会長を信用していたのは、会長が立派な人だからではありません。
何十年の付き合いの中で、会長の判断の基準が、銀行の側から見えていたからです。
危ない時には、どこで手を引くか。
儲かった時には、何に使うか。
会長の“それら全て”が読めるから、安心して貸せたわけです。

ということは? です。

自分名義の信用というのは、実績の数字だけでは、なかなか貯まるものではありません。
貯まるのは、「この社長は、こういう基準で決める人だ」と、相手に見えた時なのです。

だから、「社長ご自身のお考えを、伺えますか?」という一言は、実は、まさにそれを聞いていたんですよね。

数字の説明ではなく、あなたが何を基準に決める人なのか、を。


もう一つの問い:あなたは誰の顔を思い浮かべて、判を捺していますか?

DDLには、もう一つ、ここに関わる層があります。
それは「存在論理」です。

これは、経営者が判を捺す時に、心の中で誰の顔を思い浮かべているか、という層です。
社員の顔か、取引先の顔か、先代の顔か、それとも家族の顔か。

信用の空白にいる後継者の多くは、判を捺す瞬間に、まだ会長の顔を思い浮かべています。
「こんな時、親父だったら、どう言うだろうか」と。

それ自体は、決して悪いことではありません。
ただ、思い浮かべているのが「会長の顔」だけだと、銀行に「あなたのお考えは?」と聞かれた時、答えの芯が、どうしても会長の側に残ってしまいます。

会長の「顔」を思い浮かべるのではなく、会長がその判断で「誰の顔を見ていたのか」を知ること。

そこまで降りて初めて、その基準を、自分の言葉で語れるようになるわけです。


信用の三つの状態

観点親の信用で経営している状態信用の空白自分の信用で経営している状態
周りの口ぐせ「会長はお元気ですか?」「社長ご自身のお考えは?」「社長なら、こうされますよね」
見られているもの先代の実績と人柄あなたの判断の基準あなたの判断の基準(すでに見えている)
後継者の心理守られている安心と、物足りなさ嬉しいのに重い判断の重さを、自分で引き受けている実感
先代の位置前面に立っている会長として残るが、一歩引いている相談相手として、横にいる

ここで、一つだけ、はっきりお伝えしておかなければなりません。

この空白というのは、「何年経てば抜けられる」というものではありません。
2年目で来る人もいれば、5年目で来る人もいます。
先代がまだ会長として社内にいる人もいれば、そうでない人もいます。

抜け出すきっかけというのは、年数とかではなくて、「自分の判断の基準を、自分の言葉で語れたかどうか」なのです。

もしかしたら、今はちょっとだけハードルが高いかもしれませんね。
でも、安心してください、絶対に大丈夫ですから!


後継者としてのあなたへ

もしも、今日の記事のようなケースで「会長」の名前が出なくなった日に、胸が重くなったなら。

それは、決してあなたが弱いからではありませんからね。
借りていた信用が閉じかけているのに、自分の信用がまだ見えない、その空白に、ちゃんと気づけた証拠だと思ってください。

そして、その空白を埋める材料は、実は、すぐそばにあります。
会長が何十年もかけて、銀行や取引先に「見せてきた」判断の基準です。

それは、会長本人に「なぜ?」と聞いても、なかなか言葉になって返ってきません。
なぜならそれは、本人にとっては、あまりにも当たり前すぎるからです。

だからこそです。
利害関係のない第三者が、デコードする意味があるんですよね。
会長の基準を言葉にして、それをあなたが、自分の言葉で語り直せるように。

「なぜそうなのか?」をここで語ろうとすると、本が一冊書けるほどの量になるので、また関連記事をたくさん書いているので、気になる方は確認してみてくださいませ。


あわせて読みたい記事

先代の信用が、まだ生きている段階のお話はこちらです。

「会長は、お元気ですか?」…年始の挨拶回りで、取引先が最初に口にしたこと

「もう新人じゃない」という周りの視線については、こちらで書いています。

「そろそろ ”新人社長” という看板を降ろせよ」——そんな視線に気づいた日。

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※「思考資産」とは?……もしよければ、私の著書「思考資産」を読んでみてください。

それではまた、お会いしましょう。


「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ(夕燈)
デコーダー/心理カウンセラー/作家


著者プロフィール
kirika-yuhi

著者:詳細プロフィール

「思考資産」承継デザイン研究所 
所長: 霧香 ゆうひ(夕燈) デコーダー/心理カウンセラー/作家

1961年生まれ。広島を拠点に全国の事業承継現場で、経営者と後継者の「魂の同期」を支援する専門家。
30年のHRキャリアで組織の力学を、14年の心理カウンセラー経験で人間の深層心理を、11冊の著書を通じて言葉の精錬技術を磨いてきました。

この三つが交わる場所に、私の専門領域があります。

私が提唱する「思考資産」とは、経営者の脳内に点在する「記憶・判断・哲学」をデコード(解読)し、次世代が迷わず使える「経営深層論理(DDL)」として構造化したものです。

法的・税務的な手続き(箱の整理)は専門家に委ね、私はその「中身(魂)」を救い出すことに全力を注ぎます。

一人の経営者の暗黙知を救うことは、組織を救い、文明が積み上げてきた知恵の総量を守ることに繋がる——これが、私がこの仕事を続ける理由です。

3万人超の事業承継・組織再生の現場に伴走してきた、日本唯一のデコーダー。

霧香ゆうひ

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経営深層論理(DDL)親の会社を継ぐのが「辛い」あなたへ

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