父親はいつも即答してた。なぜ俺は、いつまでも決められないのか。
継いで3年目の二代目が、判断の多さに疲れ果てて気づいた、事業承継で渡されなかった「判断基準」
ある、秋の日、午後1時10分。
昼食を終えて事務所に戻った和也さんは、ひとつ決めたばかりのことを、工場長に伝えに行きました。
「白菜の仕入れ先、来月から〇〇青果さんに切り替えようと思います。単価がね、だいぶ違うので」
それを聞いた工場長は、手を止めて、ちょっとだけ間を置きました。
「それ……本当に、いいんですか?」
ただそれだけです。
反対されたわけではありません。
理由を言われたわけでもない。
それなのに、たったその一言だけで、さっきまで「これでいい!」と、自信満々に思えていた判断が、ぐらりと揺れました。
同じ日の午後4時ごろ。
事務の女性が、遠慮がちに社長室のドアから顔を出します。
「あの…社長、段ボール業者の△△産業さんから、来月から値上げだそうで……どうします?」
和也さんが数えた限りで、それは今日、31回目の「どうします?」でした。
無意識に、和也さんはこう答えていました。
「……ごめん、それ、明日でいいかな」
ドアが閉まったあと、ふと、父親のことを思い出していました。
そう言えば、父親はいつも、午後3時になると、この社長室で新聞を広げていた。
鼻歌でも出そうなほど、涼しい顔をして。
あの頃の父親も、毎日、これだけの、いやそれ以上の判断を、たった一人でしていたはずなのに。
「何が違うんだ?」
30 Seconds Summary
親の会社を継いで3年目あたりから、二代目の一日は「判断」で埋め尽くされていきます。
大きな決裁から、備品の発注、クレームへの返事まで、その数は一日に軽く数十回にも。
そして多くの二代目が、一様に同じことに驚くことになります。
それは、
「父親は、涼しい顔で、毎日これだけの判断をしていたのか?」と。
判断の数は、先代も二代目も、ほぼ同じです。
むしろ、少ないかもしれません。
それでも、3年目を迎えたあたりの二代目にとっては、その判断の多さに辟易します。
そしてやはり、こう思うのです。
「父親と俺と、何が違うんだ?」
正確に言うと、先代と二代目が違うのは、一つひとつの判断を、どんな回路で処理しているか?それだけです。
そして、判断したあと、それを「手放せるかどうか」なのです。
この記事では、カウンセラーとして私が時々使う「水の入ったグラス」の話と、心理学者カーネマンの「二重過程理論」から、その差の正体を整理します。
そして、父親が涼しい顔をしていられた本当の理由が、どこにあったのかをお話しします。
それを知ることで、今、判断の多さに疲れ切っている二代目の日常は劇的に変わることになるはずです。
この記事は、継いで3年目、夕方にはもう、疲れ果てて何も決められなくなっているあなたのために書きました。
彼を知り、己を知れば、百戦して殆(あや)うからず
ですね。
父親も、毎日これだけ判断していたのか?
和也さんのことを、少し紹介させてください(ご本人が特定されないよう、細部は変えています)。
39歳。
父親が創業した漬物と惣菜の製造会社を継いで、3年目になります。
社員は30名ほど。地元のスーパーや道の駅に、40年以上、商品を卸してきた会社です。
継いだ直後の1〜2年は、正直、そこまで判断に追われる感覚はなかったそうです。
会長になった父親が、まだ毎日のように顔を出していたからということもあるでしょう。
取引先との細かなやり取りも、工場の段取りも、社員からの相談も、半分くらいは、自然と父親のところへ流れていました。
ところが3年目に入って、父親が「そろそろもう、わしは週に一回くらいでええじゃろ」と言い出した頃から、景色が一変したそうです。
仕入れ先の選定。
価格改定への対応。
パートさんのシフトの調整。
取引先からのクレームへの返事。
新商品の試作を、どこまで続けるか。
そして、段ボールの業者を、替えるか、替えないか。
これら一つひとつは、とっても小さな判断ですよね。
でも、全部が、和也さんのところに来るようになったんです。
数えてみたら、多い日は、一日に40を超えていたそうです。
なぜそんなことに?
父親が来なくなったからだけ?なのでしょうか。
当然ながら、先代(父親)と和也さんとでは、ほんとうに僅かですが、“判断の結果“が違うのです。
ですから、社員も無意識にそれを察知して、「これはどうすれば?」が、一気に増えたのだろうと考えました。
とは言え、「どうすれば?」は、中身の話であって、判断する数がいきなり増えることはないはずです。
そんなことを考えていた和也さんは、ある当たり前のことに気づいて、愕然としました。
「これまで父親は、こんなにたくさんの判断の全部を、毎日、こなしていたんだ」と。
しかも、涼しい顔で。
午後3時に、新聞を広げる余裕まで残して。
現に、和也さんも父親が慌てふためいている姿を見たことは、数回しか記憶にありません。
「本当にいいんですか?」の一言で、なぜ揺れるのか?
とは言っても、判断が多いだけなら、まだ耐えられるのかもしれません。
本当にこたえるのは、その一つひとつに、「これで正しかったのか?」という自問がつきまとうことなんですよね。
ここで、冒頭の工場長の一言を、思い出してみてください。
「本当に、いいんですか?」
もちろん工場長に、悪気はありません。
むしろ、長年の経験から、何かが引っかかったから、そう発言したのでしょう。
でも、その「何か」が何なのかは、言ってくれません。
ここでさらに、和也さんの頭の中では、一気に疑問が噴き出します。
単価だけで選んだのは、浅かったのか?
父親なら、別の決め方をしたんじゃないか?
もし品質が落ちたら、取引先にどう説明する?
こうして、一度は決めたはずの判断が、また手元に戻ってくるんです。
これが、一日に何度も起きるわけですから、そりゃあ大変です。
ここで、私がカウンセラーとして、時々お話しする「グラス」の話をしてみますね。
知っている人も多いかもしれませんが、今の和也さんを表すのにぴったりなので。
200mlの水が入ったグラスの話
よく知られた話なのですが、とてもよく効くので、私も時々使っています。
目の前に、200mlの水が入ったグラスがあるとしますね。
これを持ち上げてください、と言われたら?
ほとんどの人は「楽勝です」と答えますよね?
だって、たった200mlですから。
では、そのグラスを、1時間持ち続けたら、どうでしょう?
腕が、少しだるくなってくると思いませが、まぁ持てなくはない?感じでしょうか。
では、丸一日、持ち続けてみてくださいと言われたら?
おそらく、腕は痺れて、震え出して、最後にはグラスを落としてしまうかもしれません。
グラスの重さは、最初から最後まで、ずっと200mlのままなんです。
変わったのは、持ち続けた「時間」だけなんです。
ここまでが、よく知られた話ですよね?
だから、時々降ろさないととんでもないダメージを受けるんだよと言う。
でも、二代目の場合は、ここからが少し違うんです。
二代目が持っているグラスは、一つではありません。
一日に30も40も、次々と手渡されるのです。
一つ一つの判断は決して重いものではないかもしれません。
しかも、一度机に置いたはずのグラスを、「本当にいいんですか?」の一言で、また持ち上げざるを得ないことになる。
夜、布団に入ってからも、「あの判断は正しかったのか」と、まだ握りしめている。
そりゃあ、クタクタになりますよ。
では、父親はどうだったのでしょうか?
父親も、同じ数のグラスを手渡されていたはずです。
でもなぜだか父親は、受け取った瞬間に判断して、すぐに机に置けていたのです。
父親の判断に時間は、まさに「一瞬」です。
だから、午後3時に新聞を広げる手が、空いていたんです。
疲れの差は、グラスの重さの差ではありません。
グラスを、置けるか、置けないか。
その差なんです。
それは、きっと父親には40年の経営経験があるから、慣れていたんだろう。
ほとんど人はそう思いますよね?
なぜ、父親はグラスを置けたのか?
ここで、ちょっと私の専門でもある心理学の分野からアプローチしてみます。
難しくないので、サラッと読み進めてくださいね。
ノーベル経済学賞を受けた心理学者ダニエル・カーネマンは、人の頭には、二つの考え方の回路があると説明しました。
一つは、ほとんど労力を使わずに、瞬時に、自動で答えを出す「システム1」です。
もう一つは、一つひとつ筋道を立てて考える、ゆっくりで、エネルギーを大きく消費する「システム2」です。
40年の経験を積んだ父親は、日々の判断の多くを、システム1で処理できるようになっていました。
ここは、皆さんの推理が正解だったかもしれません。
チェスの名人は、盤面の駒を一つずつではなく、意味のある「かたまり」として一瞬で読み取る、という有名な研究があります。
それと同じように、父親は状況を見た瞬間に、答えの方向が見えていたわけです。
一方、和也さんは、同じ判断を、毎回システム2で、ゼロから計算しています。
判断の数は同じでも、使っている回路が、まったく違うんです。
ここで一つ、大事なことがあります。
「じゃあ、自分も慣れれば速くなるんだろう」と思いたくなりますよね?
でも、慣れだけでスピードを上げると、どうなるでしょうか?
それは、父親のような超高速の演算ではなく、ただの「雑な判断」になってしまいます。
そして、どこかで必ず、大きな判断ミスにつながります。
父親の速さは、実は慣れではありませんでした。
40年かけて積み上げた、何か別のものに支えられていたんです。
その秘密に迫ってみましょう。
実は、ここからが面白いところです
和也さんと、デコーダーとしての私が最初にやったのは、とても地味な作業でした。
ある一日の判断を、朝から晩まで、すべて紙に書き出してもらったんです。
数えると、32個もありました。
私は、その紙を見ながら、一つだけ質問しました。
「この中で、お父さんなら3秒で決めたと思うものに、印をつけてもらえますか?」と。
和也さんは、ペンを持って、一つずつ印をつけていきました。
最初はためらいがちだった手が、途中から、どんどん速くなっていきます。
32個のうち、25個に、印がつきました。
「じゃあ、なぜお父さんは、この25個を3秒で決められたんでしょうかね?」
そう質問すると。
和也さんは、しばらく紙を見つめたまま、黙っていました。
私も、黙って答えを待ちました。
「……そう言えば」
和也さんが顔を上げました。
「父親がね、業者を替えるときに、値段の話って、ほとんどしなかったんですよ。いつも言ってたのは、不思議なんですけど『雨の日にでも、時間通りに来るかだけを見ておけ』って。それだけでした」
漬物や惣菜は、配送が一日遅れれば、店頭から商品が消えます。
父親は、40年の間に、それを何度も痛い目にあって学んでいたのでしょう。
和也さんは、続けて、ぽつりぽつりと思い出していきました。
「クレームは、その日のうちに、自分の声で返せ」
「新商品は、パートさんが家で作りたいと言うたら、そりゃあ本物じゃ」
気づけば、父親の口癖が、6つほど紙の余白に並んでいました。
そして、和也さんは、あることに気がつきました。
父親がやっていたのは、32回の判断ではなかったんです。
その6つの「基準」を、32回、当てはめていただけだったんです。
一方、和也さんは、毎回ゼロから、32回の判断を作り出していたわけです。
二人の差は、判断の数ではなくて、基準の数だったんです。
「白菜の仕入れ先……工場長が引っかかったのは、たぶん、雨の日のことですよね」
和也さんは、少し笑いながら、そう言いました。
この気づきはとんでもなく大きいものでした。
渡されなかったのは、「基準」だった
先ほどのグラスの話の中で、父親が、グラスを受け取った瞬間に机に置けた理由。
それは、どのグラスを、どこに置くかを決める「基準」を、頭の中に持っていたからです。
もちろんそこに超高速の演算があることは言うまでもありません。
| 観点 | 先代(父親) | 二代目(和也さん) |
| 1日の判断の数 | 数十回 | 数十回(ほぼ同じ) |
| 主に使う回路 | システム1(瞬時・自動) | システム2(熟慮・消耗) |
| 判断の出どころ | 少数の基準を当てはめる | 毎回ゼロから考える |
| グラスを置けるか | 判断した瞬間に置ける | 夜まで持ち続けている |
| 人に任せられるか | 基準ごと任せられる | 任せ方がわからない |
基準が言葉になっていれば、32個のうち25個は、人に任せることができます。
社長は、本当に社長にしか決められない、残りの7個に集中できるんです。
先代が、40年かけて積み上げてきた、こうした判断の基準。
私は、それを「思考資産」と呼んでいます。
※「思考資産」とは?……もしよければ、私の著書『思考資産』を読んでみてください。
事業承継では、株も、設備も、取引先も、きちんと書類で引き継がれます。
でも、この「基準」だけは、どこにも書かれないまま、父親の頭の中に残されているんです。
夕方、グラスを握りしめているあなたへ
夕方になると、もうクタクタで何も決められない。
「明日でいい」と答えてしまう自分が、情けない。
もし今、そう感じているのなら、どうか自分を責めないでください。
それは、あなたの能力が足りないからではありません。
父親と同じ数のグラスを、父親が感じずに済んでいた重さのまま、持ち続けているだけなんです。
だから、もう少しだけ、父親の口癖を思い出してみてください。
何気なく聞き流していた、あの一言の中に、グラスを置くための基準が、きっと眠っています。
その正体こそが「思考資産」なのです。
あなたもそれを引き継ぎたいと思いませんか?
「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ
デコーダー/心理カウンセラー/作家
もしも、この「判断に疲れ果てる」というテーマにご関心を持たれた方は、ぜひ以下のHUB記事もあわせてお読みください。
【HUB記事】
親子間の事業承継がうまくいかない本当の理由──会社は継げても、先代の「思考資産」は継げていない

それではまた、お会いしましょう。
霧香ゆうひ


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