以前なら、電話一本で終わっていたのに。
「折り返します」と言われた日、二代目がまだ気づいていないこと|事業承継2〜3年目の後継者へ
10月の終わり、夕方5時を少し過ぎた頃でした。
亮は、事務所の自席に座って、手元の資料を見ながら、長年お付き合いさせてもらっている取引先に電話をかけました。
相手は、購買課長の木村さんです。
父親の代からなので、もうかれこれ20年以上の付き合いになります。
用件は、“来月納品分の前倒しについて”でした。
もちろん、少し相手に負担をかけてしまう、無理なお願いだということは十分わかっています。
ただ、こんなお願は頻繁にあることでもなく、しかも会社を継いだばかりの1年目に、同じような相談をしたことがありました。
その時も今と同じ購買の木村さんは、笑ってこう言ってくれた記憶があったのです。
「もうろんOKですよ、会長のところの頼みですからね、なんとかしますわ」
だから、さほど意識しないまでも、今回もどこかで、そう返ってくるだろうと思っていたんです。
ところが、受話器の向こうで、ほんのちょっとだけ、間がありました。
「なるほど……そうですか。。。わかりました。いったん社内で検討して、折り返しお返事させてください」
口調も声は、いつも通り丁寧でした。
そして断られたわけでもありません。
ちょうど、忙しい時に掛けてしまったのかもしれません。
でも、電話を切ったあと、亮は、置いた受話器をしばらく見つめていました。
怒る?ほどのことでもないし。
かといって、社内の誰かに話すほどのことでもない。
でも、確かに、何かが違う。
それは、感覚だけの違和感なのでしょうか?
亮は受話器を見つめながらこう呟きます。
「以前なら、電話一本で終わっていたのにな…」
30 Seconds Summary
親の会社を継いで2年目から3年目あたりにかけて、多くの後継者は、小さな「あれ?」に出会い始めることになります。
以前なら、すぐに通った話が、なかなか通らない。
前はすぐに返ってきた返事が、少しだけ遅れる。
そして、意味の少ないラリーになる。
その一つひとつは小さすぎて、誰にも言えません。
だから、ため込んでしまった多くの後継者は、こう受け取ってしまいます。
外的要因を差っ引いてみたら?
「自分が、通用しなくなってきたんだろうか?」と。
でも、実はそれは違うんですよね。
今日のこの記事では、その「あれ?」の奥にある、たった一つの根源を整理して明らかにしてお伝えします。
そして、それに気づいたあなたにしかできないことと、あなた一人では越えられない壁について、正直にお話しします。
この二つを知ることで、あなたにはきっと大きな変化が現れるはずです。
どんな変化?それはご自身で体験されてみてください。
だから、安心して読み進めてください。
これは、終わりの話ではなく、始まりの話なのです。
「あれ?」は、一つだけじゃない
きっと思い当たることがあるはず、それは電話の件だけではないはずです。
もしかして最近、こんなことが続いていませんか?
銀行の担当者が、面談の最初に、まず会長の体調を尋ねる。
ベテラン社員の「わかりました」が、前より、ほんの一拍だけ遅い。
これまで会長に回っていた相談が、全部、自分の机の上で止まっている。
どれも、取り立てて騒ぐほどの、事件ではありません。
誰かに相談?するにしても、「そちゃあ、気にしすぎだよ」と言われて終わりそうなことばかりですよね。
しかも、厄介なのは、1年目、2年目までは、むしろ何もかもがうまくいっていたことなんです。
取引先も、銀行も、社員も、ちゃんと動いてくれていた。
それが普通で、しかも当たり前のことだと思っていたから。
「なんだ、思っていたよりも、俺ってやれるじゃないか」
そう感じた瞬間も、きっとあったと思います。
もちろん、その時期を通って来たからこそ、今、微かな違和感を覚えているのですよね。
だからこそです!
今の「あれ?」の意味が、余計にわからなくなるんです。
「俺、何かやらした?」
「俺って、何か落ち度があった?」
…いくら考えても、何も変わっていません。
劣ったのではなく、見えただけ
ここで、少しだけ一歩引いて、これまでを俯瞰して見てみましょう。
1年目、2年目がうまくいっていた理由は何?
勘違いしないでくださいね、決してあなたの力がなかったという意味ではありませんから。
ただね、あなたは、ある「見えない床」の上を歩いてここまで来ました。
その正体は、父親が、何十年もかけて積み上げてきた“信用という土台”です。
全ての取引先は、あなたの電話の向こうに、父親の顔を見ていました。
銀行の融資担当者は、あなたの話の後ろに、父親の判断を見ていました。
実を言うと、3年が経つ頃には、その床が少しずつ引き上げられてくるんです。
そしてこれは、多少の差はあれども、親の会社を継いだ二代目に等しくやって来るものなのです。
その正体を少し明かしておきます。
会長が会社に来る日が徐々に減ります、当然口を出す場面が減りますね、すると周囲も「代が替わった」ということを、ようやく実感し始めるわけです。
だから、床が薄くなってきたんです。
つまり、最初の、あの「折り返します」は、あなたが評価を下げられた瞬間ではないんですよ。
今まで電話一本で通っていたのは、あなたではなくて、父親とのこれまでの関係性だったわけです。
そのことが、あからさまに初めて目に見えた瞬間。ということなんです。
だから、正確に言うと「劣化ではなく、可視化」ですね。
ただ、困ったことに、渦中にいる本人には、今現在立っている一点しか見えませんからね。
だから、多くの後継者が「自分が通用しなくなった」と誤読してしまうわけです。
そして、この誤読が、やがて「こんなはずじゃなかった」へと、静かに積み重なっていくんです。
もしかして、こうやって構造を分解してみたら、思い当たることがありますか?
自分では、どうしようもない二つの壁
そうか!だったら、その床の正体を確かめればいい。
そう思いますよね?
ところが、ここに、二つの壁があります。
一つ目の壁は、その信用の根っこ(わかりますか?)が、父親の頭の中にしかないことなのです。
なぜあの取引先は、これまで、電話一本で動いてくれていたのか?
父親に聞いても、たぶん、こう返ってくるはずです。
「そりゃあ、長い付き合いじゃけぇのう」と。
これは決して嘘をついているわけではありません。
本人(父親)にとっては、それはあまりにも当たり前すぎて、言葉にすらなっていないんです。
二つ目の壁は、周囲の目が、まだ父親の方を見ていることです。
例えあなたが「これは自分の判断だ!」と言い切ったとしても、周囲はどこかで「最終的には会長の意向だろう」と受け取ります。
だって実際にそうですよね?もしも、父親が首を横に振ったら、その瞬間に全てが止まるはずですから。
そして、この二つの壁には、ある共通点があります。
息子が聞けば、父親は構えます。
息子が言えば、周囲は「所詮、親子だから」と受け取ります。
この極めて単純な構図、これはあなたの努力が足りないのではありません。
立っている位置の問題なんです。
そして、当事者であるあなたにはどうしようもないことでもあるのです。
でも、だからと言って「じゃあ、どうしようもないのか?」と諦める必要はありません。
実は、ここからがほんとうに面白いところです
ここでもう一つ、私のクライアントとの実際のお話を挟みます。
父親の会社を継いで3年目のある後継者。
初めての面談に、スマホを一台だけ持ってこられました。
「これ、ただの愚痴なんですけどね」
開いたメモアプリには、約半年分の「あれ?」が、日付と一緒にズラッと並んでいました。
最初は、誰にも言えない苛立ちを、どこかに吐き出したかっただけだそうですが、いつの間にかこんなに膨らんだそうです。
私は、デコーダーとして、そのメモの内容を一つずつ一緒に並べ直してみました。
すると、面白いことがわかったんです。
ズラッと並んだ「あれ?」の半分以上が、同じ三つの取引先で起きていたんです。
しかも、どれも申し合わせたように「急ぎのお願い」をした場面だったのです。
そこで、その三社の話を、詳しく会長(父親)に聞かせてもらうことにしました。
息子さんからではなくて、私が直接聞きます。
これにはもちろん意味があります。
最初は、やはり同じように「そちゃあもう、長い付き合いじゃけぇのぉ」としか返ってきませんでした。
いろんな方向から、アプローチするのですが、同じです。
でも、昔の取引の話を、一つずつ順番に伺っていくうちに、父親が、ふと手を止めたんです。
「そう言えばのぉ……あの三社ともな、向こうさんが一番困っとる時に、うちが先に動いた先じゃな」
それは…。
工場が火事になった年に、頼まれる前に代わりの部品を回したこと。
担当者が替わって右も左もわからない時期に、こちらから納期を合わせにいったこと。
父親にとっては、「困っとる時は、先に動く」が、ただの当たり前だったのです。
実をいうと、「持ちつ持たれる」という言葉が、あまり好きではなかったそうなんです。
先代社長にとっての理念は「察して先に差し出す」という、極めて日本らしい理念だったのです。
でも、もちろんそれで損を被ったことも無数にあるのも事実ですが、その理念は信念の如く曲げなかったそうです。
だから、一度も言葉にしたことがなかったんです。
なぜなら、それはもう「当たり前のこと」すぎて、言葉にすらすることではなかったのですから。
電話一本で通っていたのは、父親の人柄ではありませんでした。
何十年も、同じ基準で先に動いてきた、その積み重ねだったんです。
私は、こうした判断の根っこにある基準のことを、私が提唱する経営深層論理(DDL)の中の「信用論理」と呼んでいます。
そして、こうした基準の全体が、先代の「思考資産」なのです。
どうでしょうか?
これらは、言語化して伝えることはできないけれど、れっきとした資産じゃないですか?
その後、その後継者は、三社のうちの一社に、自分から足を運びました。
実は、先方が新しいラインの立ち上げで手が回っていないと聞いて、頼まれる前に、段取りの手伝いを申し出たんだそうです。
翌月、急ぎのお願いの電話をした時、先方の担当者は、こう言ったそうです。
「もちろんですよ!社長のところの頼みなら、なんとかしますよ」
その時の先方のからの言葉は、「会長の」ではなく、「社長の」だったそうです。
そこに気づいた時、父親のやり方をマネする必要はないけど、土台としてしっかりと敷いておかねばならないと、強く思ったそうです。
「あれ?」の奥で、働いていたもの
| 「あれ?」の瞬間 | 二代目の受け取り方 | その奥で働いていた父親の基準 |
| 「折り返します」と言われる | 自分が軽く見られた | 相手が困った時に、先に動いてきた積み重ね |
| 銀行が、まず会長の体調を聞く | 自分はまだ信用されていない | 判断が、毎回同じ基準でぶれなかったこと |
| ベテランの返事が一拍遅れる | 自分が認められていない | 言わなくても通じていた、父親との約束 |
こうして並べると、どうですか?
あなたが受け取っていた意味と、その奥で本当に起きていたことは、まったく別のものなんです。
ここで注視して欲しいのは、これらの「思考資産」は、新しく作るものではなくて、すでに“あるもの“だということ。
構造化も、体系化もされていません。
だから言語化もされません。
だけど、父親の脳内には厳然として存在していて、それが周囲に浸透しているものであるということ。
この一点を知ることだけで、あなたの経営は驚くほどスムーズになるはずです。
この時初めて、事業承継が成功した、あるいは完成したと言い切れるのだと思います。
それでも、あなたにしかできないこと
とんでもなく大きな、二つの壁の話をしましたが、もしや絶望しました?(笑)
もちろん、あなたにできることが何もない…わけではありませんので安心してください。
むしろ、絶対にあなたにしかできないことが、一つだけあります。
それは、明日からの「あれ?」と感じたことを、ただ書き留めておくことです。
日付と、相手と、その時の一言。
それだけで十分です。
きれいな文章にする必要もありません。
どんどん、スマホにメモして下さい。
実は、その中の一つひとつが、父親の思考資産が眠っている場所の目印になるのです。
それが無いと、どこを掘ればいいのか、その地図は、毎日現場に立っているあなたにしか作れないんです。
一方で、父親の頭の中から、基準を引き出すこと。
周囲の目を、父親から、あなたへと移していくこと。
この二つだけは、正直に言いますが、あなたが一人で背負うものではないのです。
でもね、大丈夫です。
私は、そのために、ここにいるのですから。
掘るのは、一緒にやりましょう。
後継者の皆さまへ
「以前なら通ったのに」と感じたその日、あなたは、何かを失ったわけではありません。
少し視点を変えてみたら、単に父親が残してくれた床の、本当の形が、初めて見えただけだと言えるのかもしれません。
そして、その床を作った基準というのは、父親がまだ元気な今ならば、しっかりと受け取りに行けます。
「あれ?」は、終わりの合図ではなくて、受け取りが始まる合図なんです。
そう、ここからです!
幹部社員・税理士・銀行員の皆さまへ
皆さまの、ほんの一拍の間や、何気ない「会長はお元気ですか?」という一言は、後継者には、小さな「あれ?」として届いています。
もちろん、それが悪意ではないことは、よく知っています。
それは、皆さまが長年見てきたのが、先代の判断だったというだけのことですよね。
ただ、もしよければ、その一言の奥にある「先代の何を信用していたのか」を、一度だけ言葉にしてみてください。
それが、後継者にとって、何よりの手がかりになることがあります。
それが結局、まわりまわって、全てを収める一手にもなり得るのです。
「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ(夕燈)
デコーダー/心理カウンセラー/作家
もしも、この「以前は通ったのに、今は通らない」というテーマに心当たりがある方は、ぜひ以下のHUB記事もあわせてお読みください。
きっと“何か”が、見つかるはずです!
【HUB記事】
親子間の事業承継がうまくいかない本当の理由──会社は継げても、先代の「思考資産」は継げていない

※「思考資産」とは?……もしよければ、私の著書「思考資産」を読んでみてください。
それではまた、お会いしましょう。
霧香ゆうひ

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