「まあ、好きにしたらいい」——その一言に、なぜこんなに傷つくのか
事業承継の現場で、
先代・後継者・幹部社員・税理士が同時に抱える孤独の正体とは?
「今期の設備投資、思い切って先に進めようと思うんだけど」
そう切り出した時、先代は、パソコンの画面から視線を逸らさずに、こう言いました。
「まぁ、お前の好きにしたらいい」
その一言だけで、会話は一瞬で終わりました。
後継者は、その場に立ち尽くしたまま、しばらく動けませんでした。
その言葉は、許可された言葉であるはずなのに、なぜだか、突き放されたような気がしたのです。
それは、明らかに素っ気ない言い方のせいだけではありません。
この、僅か数秒のやり取りの中に何かが隠れているに違いありません。
その時確かに、先代経営者と後継者の双方に、かなり大きな感情の揺れがあったはずです。
何があったのでしょうか?
30-Second Summary
事業承継の現場では、後継者が周囲に多くの人がいるにもかかわらず、強い孤独を感じる瞬間が本当に多くあります。
実はこの孤独は、後継者だけのものではありません。
実は、先代も、幹部社員も、税理士も、それぞれの立場で、言葉にできない孤独を抱えているのです。
私は心理カウンセラーの目で、その現場を何度も目にしてきました。
それは、誰にも悪意はないのに、それぞれに孤独感を押し付けてしまうことがある、ちょっと怖い構造が潜んでいるからなのです。
この記事では、私の専門である、心理学の「情緒的孤独」という視点から、なぜ最も関わりの深い相手とこそ通じ合えなくなるのか?
その構造を整理して、この孤独とどう向き合っていけばいいかをお伝えします。
事業承継に悩む後継者の方はもちろん、先代・幹部社員・税理士・銀行員の方にも、ご自身の立場を映す鏡として、お読みいただければと思います。
親の会社を継ぐということは、想像をはるかに超える精神的負担があるものです。
残念ながら、今の制度の中には、ここをケアする仕組みは存在しません。
まぁ、もっとも制度としてあったとしても、それを担える人材がいるとは思えません。
ですが、今後ますます放置できない問題として顕在化することは目に見えています。
この記事で救われる人が一人でも増えますようにと願いを込めて。
「好きにしたらいい」の、本当の意味
あの一言を聞いてから、もう三日、経っていました。
それでも後継者は、まだ、あの瞬間のことを、思い出していました。
(というより、無意識に考え、脳裏から離れません)
先代は、反対したわけではありません。
むしろ、任せてくれたはずです。
それなのに、なぜあんなに、突き放されたように感じたのでしょうか?
親子として過ごしてきた何十年もの間は、何でも話せる間柄だったはずでした。
進路のこと、恋愛のこと、時には、くだらない愚痴まで。
それが、経営の話になった途端、こんなにも、薄い言葉しか返ってこなくなる。
「親父は、俺に何を求めているんだろうか?」
そう思いながら、後継者は、もう一つのことにも気づいていました。
それは、この同じような感覚を、実は、他の相手との間でも感じていたということなのです。
それは、どれほど自分を客観視しても、理由が見えてきません。
「いったいこの感情は、何なんだろうか?」
実は、ここからが面白いところです
それでは、ここから少し整理しながら、いくつかの視点で見てみましょう。
まず、先代の内側では、この時に何が起きていたのでしょうか?
これは、私が実際に担当したクライアントの話なのですが。
実は、後に先代経営者本人が、ぽつりと、こんなことを漏らしたことがあります。
「あそこで、あれこれ口出ししたら、いつまでもワシが社長のつもりでしがみついていると思われるじゃないですか。それだけは、避けたかったんだよな」
先代は、後継者を突き放したかったわけでは、まったくありませんでした。
むしろ、逆でした。
自分はもう口を出す資格はない、これ以上関わったら、後継者の成長を妨げてしまう、そう自分に言い聞かせて、あえて、言葉を飲み込んでいたのです。
しかし、その立場ゆえの「配慮」は、後継者の側には、まったく違う、別の形で届いてしまっていました。
「突き放された、見放された」そう受け取られてしまったわけです。
お互いに、相手を思っての行動だったのに、その思いは、すれ違ったまま、どちらにも伝わっていませんでした。
後継者は、先代に気を遣っていた。
先代は、後継者の成長のためと思っていた。
ところがこれが、後継者の中に、静かな学習を生みます。
「本音を言っても、どうせ、ちゃんとは伝わらない」
そしてこの学習は、無意識のうちに、他の相手との関わり方にも、影響を及ぼしていきます。
古参の幹部社員との関係性の間でも、同じことが起こります。
何十年もこの会社を支えてきた相手なのに、新しい方針を伝えるたびに、微妙な間が生まれるわけです。
さらに言うと、顧問税理士との間でも、同様のことが起こります。
毎月顔を合わせているはずなのに、経営の本質的な悩みになると、なぜか、うまく言葉にできないという場面が続きます。
いずれも、共通しているのは、「最も頼るべき、最も近い相手であるはずなのに、通じ合えていない」という一点です。
ではここから、これは勘違いなのか?気の遣い過ぎによるすれ違いか?
その本質に迫ってみましょうか。
どうですか?
ちょっと面白くなってきたでしょう?
なぜ、遠い人よりも、近い人との方が、孤独を感じるのか
これは、心理学の「情緒的孤独(Emotional Loneliness)」という概念で、説明がつきます。
これは覚えなくてもいいですが。。。
社会心理学者のロバート・ワイスが、1973年に提唱したものです。
ワイスは、孤独という概念を、二種類に分けました。
一つは、単純に周りに人がいない「社会的孤独」。
もう一つは、周りに人がいて、むしろ深く関わっているにもかかわらず、その相手と本当の意味で理解し合えていないときに生じる「情緒的孤独」です。
この分け方、面白いと思いませんか?
そして妙に納得できます。
さらに興味深いのが、この情緒的孤独は、関係が浅い相手には、そもそも生じません。
「本来、わかり合えるはずだ」という期待が強い相手にこそ、強く生じるんですよね。
先代経営者(父親)、古参の幹部社員、顧問税理士。
どの相手も、後継者にとって、本来わかり合えて当然だと、心のどこかで期待している相手であるはずです。
だからこそ! なのです。
その人と「通じ合えていない?」と思ったときの痛みが、これほどまでに大きくなるのです。
それは、ショックですよね?
(例えそれが誤解であるにしても…)
社会的孤独/情緒的孤独/事業承継の現場で起きる情緒的孤独
ここで、少し整理しておきましょうか。
| 観点 | 社会的孤独 | 一般的な情緒的孤独 | 事業承継の現場での情緒的孤独 |
| 生じる状況 | 周りに人がいない | 近しい相手と理解し合えない | 先代・幹部・専門家、複数の相手と同時多発的に生じる |
| 痛みの強さ | 比較的軽い | 強い | 複数箇所で同時に生じるため、逃げ場がない |
| 見た目にわかりやすいか | わかりやすい(一人でいる) | わかりにくい(人に囲まれている) | 最もわかりにくい(誰の目にも”順調”に見える) |
こうして並べてみると、事業承継の現場が、いかに孤独を見えにくくする構造になっているかが、よくわかると思います。
きっとここで、「なるほどぉ」と思った人は少なくないと思います。
実は、これは “三つの問題” ではありません
ここまで、先代経営者(父親)・古参の幹部社員・顧問税理士という、三つの関係性の孤独を見てきました。
これを見て、多くの人は、ここでこんなふうに考えてしまいます。
「じゃあ、この三つを、それぞれ個別に、頑張って修復しないといけないのか?かなり厄介だなぁ」と。
ところが、実態は、そうではありません。
もしかすると、勘の鋭い方なら気づいたかもしれませんが。
幹部社員や税理士との間に生まれた孤独は、先代との間で生まれた”通じ合えなさ”が、そのまま形を変えて滲み出したものに過ぎないのです。
つまり、根っこは、一つということです。
ということはつまり、先代経営者との関係性からの孤独が和らげば、他の孤独も、労力をかけて個別に修復しなくても、自然と和らいでいくということになります。
一見、一番遠回りに見える「先代との対話」こそが、実は、すべてに効いてくる、一番の近道だったということなのです。
「ん?具体的にどうすればいいんだ?」
そう思われましたよね?
この構造の裏にある、極めて人間的な事情
そしてここで、少し意地悪な見方もしておきたいと思います。
先代も、幹部社員も、税理士も、それぞれ、心のどこかで、こう思っているはずです。
「自分の気持ちくらい、察してほしい」と。
これは、決して悪気があるわけではありません。
むしろ、人間として、極めて自然な感情ですよね。
でも、これが全員に同時に起きると、後継者一人に、こんな期待が集中してしまいます。
先代の本音も、幹部社員の本音も、税理士の本音も、全部、言われなくても察してくれ、と。
これは、いわば、後継者に対して、無意識のうちに、スーパーマンであること、あるいは複数の人の声を同時に聞き分けられる、聖徳太子のような存在であることを、求めてしまっているようなものなのです。
でも、そんなことは、誰にもできません(笑)。
あの一言を、もう一度、聞きに行った日
後継者は、迷った末に、もう一度、先代のところへ行きました。
「この前さ、”好きにしたらいい”って言ってたけど。あれって、本当は、どう思ってたの?」
口調も、意識して普段の親子のように。
先代は、少し驚いたような顔をして、それから、目を逸らしました。
「うーん……別に、そもそも反対する理由なんてないからなぁ。ただまぁ、ワシがとやかく口出ししたら、お前がやりづらいだろうと思ってな」
「あのさぁ、それ、先に言ってよ」
「言えるか、そんなこと。照れくさいだろうが」
そう言って、先代は、少し笑いました。
それを聞いた後継者も、つられて、笑ってしまいました。
たった、それだけのやり取りでしたが…。
注目したいのは、元々の問題が、何か劇的に解決したわけではないということ。
でも、後継者は、その日、初めて気づいたのです。
聖徳太子のように、言われなくても察する必要なんて、一ミリもなかった。
ただ、聞きに行けば、よかっただけだったんだということに。
これまでに何度も伝えていますが。
会社を継ぐということは、決算書や組織図を引き継ぐことだけではありません。
先代との間にある、言葉にならなかった孤独を、一つずつ、尋ねてほどいていくことでもあります。
ここに、今日の問題点のすべての答えを書きましたが、読み取れましたか?
「なんだよ、ただのコミュニケーションの話だな」
そう思われた方は…、残念ですけど、永久にこの問題から逃れることが出来ません。
でも、きっとここまで読んで下さったあなたなら、全てを理解して下さりましたよね?
先代の皆さまへ
「好きにしたらいい」という一言に、後継者を思う配慮を込めたつもりでも、その真意は、案外、伝わっていないかもしれません。
照れくさくても、一言、理由を添えるだけで、その孤独は、大きく和らぐはずです。
当然ですが、「照れくさい」だけではない、その奥に潜む深淵な本心と真理を私は知っています。
ですが、それは言葉だけでは伝えきれません。
それを伝えるために、私はデコーダーという役割を仕事としています。
ご安心ください、伝える方法はあります。
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幹部社員・税理士・銀行員の皆さまへ
二代目社長(後継者)が、あなたに対して、どこか壁を感じているように見えるとしたら。
それは、あなた個人への不信ではなく、もっと根っこの部分、先代との間で生まれた通じ合えなさが、静かに滲み出しているだけかもしれません。
当然ながら、そんな空気を読み取ったら、いくらクライアントとは言え、なかなか平常心での付き合いはやりにくいですよね。
でも、後継者がこの問題と根っこを自ら打破する知恵を身につけた時。
そして、その根っこがほどけた後継者は、あなたに対しても、きっと違う顔を見せてくれるはずです。
そこからは、これまで以上にスムーズな関係性の上で、仕事が進められるはずです。
「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ
デコーダー/心理カウンセラー/作家
もしも、この孤独の正体が、少しでも「自分のことかもしれない」と感じられたなら。
その根っこにある、先代との間の物語を、以下のHUB記事でもう少し辿ってみませんか?
【HUB記事】
親子間の事業承継がうまくいかない本当の理由──会社は継げても、先代の「思考資産」は継げていない

※「思考資産」とは?……もしよければ私の著書「思考資産」を読んでみてください。
(Amazon Kindle で、無料で読めます)
それではまた、お会いしましょう。
霧香ゆうひ

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