「私が手紙を送ったことは、社長には内緒でお願いしますね」…古参専務から、突然届いた封筒

「私が手紙を送ったことは、社長には内緒でお願いしますね」 …古参専務から、突然届いた封筒

事業承継を父親から直接言われない二代目候補が、「継ぐ」とも「継がない」とも言えない理由

その週の水曜日のこと、亮さんは、大学の同期と飲んでいました。
彼は、3年前に会社を辞めて、自分で事業を始めた、活動的な男です。

「お前もさ、もうすぐ親父さんの会社を継ぐんだろ?」

亮さんは、ただ笑ってグラスを傾けました。
「どうなんだろうなぁ。まだ、何も決めてないんだよ」

「え?そうなのか?俺はもうそろそろかと思っていたんだが」

帰りの電車で、亮さんは、久しぶりにノートPCのフォルダを開きました。
3年前に書きかけて、そのままになっている、「事業計画書」です。
だけど、数行だけ読んで、すぐに画面を閉じました。

その2日後、金曜日の夜のことです。
帰宅すると、ダイニングテーブルの上に、自分宛ての一通の封筒が置いてありました。

宛名は、万年筆の手書きのようです。
封筒を裏返すと、差出人のところに「村井」とありました。

「え?村井…さん?」

父の会社で、創業の頃からずっと専務を務めている人です。
村井さんは、亮さんのことを、子どもの頃から「亮くん」と呼んできた人でもあります。

妻が「実家の会社の人?」と、聞きました。
「うん……専務さんから、何だろうな?」

専務から手紙をもらったのは、生まれて初めてのことです。
それなのに、封を切る前から、亮さんには中身がだいたい想像できてしまったんです。

ふと、3週間前の、母からの電話を思い出しました。

「お父さんがね、最近、夜中に起きて帳簿を見てるのよ…」

打診でも、相談でもありません。
それは、ただの報告でした。

ですから、母からの報告に足して、亮さんは、「へぇ、そうなんだ」としか返せませんでした。
その会話は、それきりになっていました。

この記事は、東京で働きながら、心のどこかで「たぶん、いつかは継ぐんだろうな」と思っている、まだ何も決めていないあなたのために書きました。

きっと、東京には、同じような人がたくさんいると思います。


30 Seconds Summary

親の会社を継ぐかどうか。
実は、父親から「帰ってこい」と直接言われるケースは、それほど多くありません。
その言葉は、母親や兄弟姉妹、古参の幹部といった”使者”を経由して、思いがけない形で届きます。

継ぐ前の息子は、自信のなさ、起業への未練、今のキャリアへの愛着、そして親父への想いを、決着のつかないまま抱えています。
だから、「ぼんやり」させておくしかないんですよね。
思いがけない人からの連絡は、新しい悩みを持ち込むのではありません。その”猶予”を、終わらせてしまうのです。

この記事では、心理学の「可能自己」という視点から、継ぐ前の息子がなぜこれほど揺れるのか、その構造を整理してみます。
後継者候補の方はもちろん、つい「息子さんは戻られるんですか?」と聞いてしまう税理士・銀行員の方にも、読んでいただければと思います。


手紙には、何が書いてあったのか?

封書の中の便箋は、二枚でした。

「亮くん、ご無沙汰しております。突然の手紙で、驚かれたことと思います。
専務の村井でございます。

社長は、相変わらずお元気です。
ただ、先月の朝礼で、同じ話を二度されました。
誰も何も言いませんでしたが、皆、その事には気づいていたと思います。

先日は、長年お付き合いのある取引先の社長から『息子さんは、いつ戻られるんですか?』と聞かれて、社長は笑いながら、話を逸らしておられました。

早いもので、私も来年で七十二になります。
余計なことを書いているのは、承知しております。

私が手紙をお送りしたことは、社長には内緒でお願いしますね」

手紙は、そこで終わっていました。
何か変わったことは何かいていない、かといってご機嫌伺いでもない。

当然、「帰ってきてください」とも、最後まで一行も書いてありません。
だけども、そこが、いちばん重いところでした。

頼まれたのなら、断ることもできますから。
でも、頼まれていない以上、断ることすらできないんです。

ただ、何も書いていないからこそ、この手紙の重さが“ズシリ”と亮さんの心に乗ったのです。


親父は、なぜ自分で言わないのか?

読み終えた亮さんの胸に浮かんだのは、専務への感謝より先に、なぜか“苛立ち”でした。

なんで、親父は自分で言ってこないんだ?
どうして周りが察してこんな手紙をよこさなければならない?

母の電話も、専務の手紙も。それから、去年のお盆に妹がぽつりと言った「お兄ちゃん、お父さんのこと、どうするつもりなの?」も。
全部、親父の周りから聞こえてくる。
なのに、肝心の親父本人の声だけが、一度も聞こえてこない。

その苛立ちの奥に、少しだけ寂しさが混ざっていることにも、亮さんは自分自身、強く気づいていました。
それはそうですよね?

『あなたのところには、誰から届きましたか?』
母親からですか?
兄弟姉妹からですか?
叔父さんからですか?
それとも、亮さんのように、会社の誰かからでしょうか?

実を言うと、親族内承継の現場で、父親本人が「そろそろ帰ってこい」とはっきり口にするケースは、私が見てきた限り、本当に少ないんです。
(具体的な数字で示せないのが残念ですが、私の肌感覚です)

ではなぜ、親父は言わないのでしょうか。
その答えは、この記事の最後にとっておきますね。

ちょっと意地悪ですね?
でも、楽しみにしていてください。


実は、ここからが面白いところです

土曜日の朝のことです。
亮さんは、書斎で便箋を広げました。
「村井様」と書いたところで、ペンが止まり、すでに30分以上が経ちました。

何を書けばいいのだろうか?ではありません。
この時の亮さんは、”誰に”返事をすればいいのかが、わからなくなったのです。

ここで親父に電話をしたら、専務からの「内緒」を破ることになります。
専務に「安心してください!俺が継ぎますから」と書いたところで?
何の意味もありませんよね。

もちろんですが、「俺、継ぎませんから」と書くのは、もっと筋違いです。
母に相談すれば、その日のうちに親父の耳に入ってしまいますし。

この八方塞がり、わかりますか?
この手紙には、返事をする宛先が、どこにもないのです。

亮さんは書きかけの便箋を丸めて、手紙を机の引き出しにしまいました。

日曜日の夜、引き出しを一度開けて、また閉めました。
月曜日の朝、出勤前にも、同じことをしました。
それから先は、引き出しを開けなくても、そこに手紙があることだけは、ずっと頭のどこかにありました。

電話なら、まだ「折り返さなきゃ」という形で、行き先がありますけど。
でも、宛先のない手紙は、行き場のない荷物として、引き出しの中に居座り続けるんです。

これが、間接的な打診の、いちばん厄介なところなんですよね。

私がこれまで出会ってきた後継者の中にも、「親父には言えない。でも、誰かに返さないといけない」という状態のまま、何か月も、時には何年も過ごしていた方が少なくありませんでした。

今回は分かりやすく手紙を題材に使いましたが、いろんなパターンで同じようなことが起こっています。

さぁ、どうしましょうか。


なぜ、ずっと”ぼんやり”していられたのか?

冷静に考えると、手紙が亮さんに伝えたことは、何も新しくありません。
親父が歳をとっていること。いつかは誰かが継がなければならないこと。
全部、ずっと前から知っていたことです。
わかり切っていることで、いつかは訪れるタイミングなのです。

それなのに、なぜこんなにも揺さぶられるのでしょうか?

ここで少しだけ、私の専門でもある心理学からの話をさせてください。
決して難しくないので、サラッと読み進めてくださいね。

心理学者のマーカスさんとニューリアスさんが、「可能自己(Possible Selves)」という考え方を提唱しました(1986年のこと)。

人は、未来に「なりたい自分」と「なりたくない自分」の両方を思い描いていて、その二つを動機にして生きている、というものです。
とてもシンプルでわかりやすいですよね?

亮さんの頭の中を読み解いてみると、少なくとも三つの未来がありました。
わかりますか?

一つ目は、継ぐ未来。
二つ目は、会社員を続ける未来。
そして三つ目は、あの事業計画書の先にある、起業する未来。

でもね、厄介なのは、そのどれにも、「なりたい自分」と「なりたくない自分」が、セットで住んでいることなんです。

継ぐ未来会社員を続ける未来起業する未来
なりたい自分親父の会社を、自分の手で次の時代につなぐ自分積み上げたキャリアを、胸を張って続ける自分誰の看板も借りずに、自分の名前で勝負する自分
なりたくない自分工場のことが何もわからず、「やっぱり二代目は」と言われる自分親父が倒れた時、「あの時帰っていれば」と悔やむ自分家業から逃げたと、一生どこかで思い続ける自分

どの未来を選んでも、”なりたくない自分”が一人ずつ待っているわけです。
だから、ぼんやりさせておくしかなかったんですよね。
だって、選べないから…。

実は亮さん、父の会社の決算書を一度も見たことがありません。
工場の機械の名前も、半分くらいしか知りません。

その自信のなさも、事業計画書への未練も、課長として部下を育ててきた手応えも、全部、決着のつかないまま沈んでいました。

「決めない」ことで、三つの未来を、一つも手放さずにいられた。
それが、亮さんにとっての”猶予”(という曖昧)だったんです。

そして、思いがけない人からの手紙が、その猶予を静かに終わらせました。
母の電話なら、まだ”親子の話”として、ぼんやりさせておけました。

でも、専務の手紙の向こうには、40人の社員と、取引先の顔が見えてしまう。
家族の話だったはずのものが、「会社の話」として届いてしまったわけです。

ぼんやりしたものがいきなりリアルな現実味を帯びてくる。
それは、ペンの進みも止まりますよね?


手紙の中に、知らない親父がいた

それから1週間ほど経った夜。
亮さんは、引き出しから手紙を出して、もう一度読み返しました。

そのとき初めて、2枚目の便箋の裏に、小さな字の追伸があることに気づきました。

「追伸 そう言えば、亮くんが小学生の頃に、工場で旋盤に触ろうとして、社長にこっぴどく叱られたことがありましたよね。実はあの晩、社長がね『あいつには会社は継がせん。ワシと同じ苦労はさせられんよ』と言いながら、亮くんが描いた工場の絵を、事務所の壁に貼っておられました。あの絵だけど、今もそこに貼ってあるんですよ」

亮さんは、その絵のことを、まったく覚えていませんでした。

「継ぐか、継がないか」
それを考える以前に、自分は、経営者としての親父のことを、ほとんど何も知らなかったことに少々ショックを覚えます。

夜中に帳簿を見ている理由も、取引先の前で笑って話を逸らした理由も。

そうだとすると。
親父が自分の口で「帰ってこい」と言わないのは、頼めば息子に借りをつくることになり、断られれば父親としての立場がなくなるからなのかもしれません。

でも、ほんとうにそれだけでしょうか?
たぶんそれだけではありませんよね。

「あいつには、ワシのような苦労はさせられん」
この言葉の真意も掘り下げたいところです。

30年前のその言葉を、父親自身が、まだ下ろせていないのかもしれないのです。

つまりこういう葛藤が見え隠れします。
「帰ってきてほしいという親父心と、苦労させたくないという親父心」

その二人が、同じ一人の中に住んでいるわけですから。
だから、言葉は、誰かを経由するしかなかったのかもしれません。

私はデコーダーとして、こういう「本人には言えない言葉」を、先代から何度も何度も聞いてきました。
息子にも、何十年も一緒に働いてきた専務にも言えないことが、利害関係のない第三者の前では、ふっとこぼれることがあります。
第三者だからこそ言えるような空気を作ることが私の仕事でもありますから。
そんな場面に、何度も立ち会ってきたのです。

継ぐか、継がないかを決めるのは、親父の頭の中を少し知ってからでも、遅くないのかもしれません。

だとすると、父親の脳内に何があるのかを、どうやったら知ることが出来るのでしょうか?
ここが一番重要なことになります。

でも、だからこそ、安心してくださいね。


後継者候補の皆さまへ

もし、あなたの机の引き出しにも、返事のできない手紙や、折り返せていない電話があるなら。

それは、あなたが優柔不断だからではありません。
宛先のない荷物を、ただ一人で抱えているだけなんです。

税理士・銀行員の皆さまへ

「息子さんは、いつ戻られるんですか?」
何気ないその一言も、息子さんにとっては、もう一人の”使者”の声として届いています。

そして、その問いに笑ってごまかす先代の姿が、巡り巡って、息子さんの引き出しをもう一段、重くしているかもしれません。
そのことを、少しだけ心に留めておいていただけたらと思います。


もし、この「継ぐとも継がないとも言えない揺れ」というテーマにご関心を持たれた方は、ぜひ以下のHUB記事もあわせてお読みください。

【HUB記事】

親子間の事業承継がうまくいかない本当の理由──会社は継げても、先代の「思考資産」は継げていない
https://shikou-shisan.com/business-succession-truth/


※「思考資産」とは?……もしよければ、私の著書「思考資産」を読んでみてください。

それではまた、お会いしましょう。


「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ
デコーダー/心理カウンセラー/作家


著者プロフィール
kirika-yuhi

著者:詳細プロフィール

「思考資産」承継デザイン研究所 
所長: 霧香 ゆうひ(夕燈) デコーダー/心理カウンセラー/作家

1961年生まれ。広島を拠点に全国の事業承継現場で、経営者と後継者の「魂の同期」を支援する専門家。
30年のHRキャリアで組織の力学を、14年の心理カウンセラー経験で人間の深層心理を、11冊の著書を通じて言葉の精錬技術を磨いてきました。

この三つが交わる場所に、私の専門領域があります。

私が提唱する「思考資産」とは、経営者の脳内に点在する「記憶・判断・哲学」をデコード(解読)し、次世代が迷わず使える「経営深層論理(DDL)」として構造化したものです。

法的・税務的な手続き(箱の整理)は専門家に委ね、私はその「中身(魂)」を救い出すことに全力を注ぎます。

一人の経営者の暗黙知を救うことは、組織を救い、文明が積み上げてきた知恵の総量を守ることに繋がる——これが、私がこの仕事を続ける理由です。

3万人超の事業承継・組織再生の現場に伴走してきた、日本唯一のデコーダー。

霧香ゆうひ

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親の会社を継ぐのが「辛い」あなたへ

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