「慎重に、とだけ言っておきます」…その一言の裏で、握りしめていた拳
【税理士のジレンマ】
事業承継の融資・投資相談で、税理士が三つの声を飲み込んでいる理由とは?
「例の新しい設備投資、そろそろ動きたいと思っているんですが」
後継者は、資料を広げながら、そう切り出しました。
税理士は、試算表に目を落としたまま、少し間を置いて、こう答えました。
「うーん……そうですねぇ、今の資金繰りを考えると、もう少し慎重に見たほうがいいかもしれませんね、今は焦る場面ではないかもしれません」
そう言いながら、税理士は、机の下で、そっと拳を握りしめていました。
この短いやり取り、言葉だけを読むと、どこにでもあるビジネスの会話に見えますが、実を言うと、解説しきれないほどの多くの情報が詰まっていると言ったら?
あなたがもし、税理士ならば「うんうん、そうなんだよ」と頷きますよね。
30-Second Summary
顧問先の後継者から、大きな投資や新規事業の相談を受けたとき、税理士は「慎重に」というアドバイスに留めることが少なくありません。
理由は後で説明しますが、その一言の裏には、専門家としてのリスク回避、顧問先を応援したい本音、そして「経営判断そのものには踏み込めない」という職域への遠慮、三つの声が同時に存在しているのです。
この記事では、この三つの声のせめぎ合いを整理しながら、同じ一つの数字が、先代・後継者・税理士それぞれの目に、どう違って見えているのかも合わせて紐解きます。
税理士・銀行員の方はもちろん、後継者の方にも、周囲の専門家が本当は何を思っているのかを知るきっかけとして、お読みいただければと思います。
同じ一つの数字を見ても、経験や立場によって、見方と見え方が全然違うということを、是非、知って欲しいと思います。
それを知ることで、あなたがどんな立場であろうとも、驚くほど視野が広がって、これまででは考えられないほど正しい判断ができるようになります。
今日はそれを、税理士目線を借りて検証してみましょう。
「慎重に」の裏側にある、一つ目の声
税理士にとって、「慎重に」という一言は、決して軽いものではありません。
もし、その投資を後押しして、後になって資金繰りが悪化したら。
「なぜ、あの時、止めてくれなかったんですか?」と、専門家としての立場を問われることにもなります。
最悪の場合、顧問契約そのものにも、影響しかねません。
これは、税理士という専門家に課せられた、避けられない計算です。
数字の専門家として、リスクを見過ごすことは、絶対に許されないと言えるほどの重いものだからです。
だから税理士からの言葉は、いつもきまって「慎重に判断してください」となります。
逆に言うと、この状況、こうとしか言いようがありません。
実は、ここからが面白いところです
私のよく知る税理士から、こんな話を聞いたことがあります。
「本当はねぇ、よく後継者が口にする投資案なんだけど、面白いなと思うことが頻繁にあるんだよね。あの後継者、きっとね、ずっと考えてきたんだろうなって、資料を見たらすぐにわかるでしょう?」
「まぁ、それはそうだろうね、だったらなぜ、“慎重に”とだけ言ったのです?」
そう尋ねると、その税理士は、少し困惑したような顔をしました。
「実を言うとね、言えないことが、二つあったんですよ」
一つは、応援したい気持ちを、素直に言葉にできなかったこと。
もう一つは、実は、もっと踏み込んだことが、頭に浮かんでいたこと。
とのことでした。
「本当はね、本音を言うと、こう言いたかったんですよ」
「社長、”その投資、今のタイミングじゃなくて、来期にしたほうがいいんじゃないですかね?”って。数字を見れば、それくらいのことは、正直わかるんだよね」
「それなら、そう伝えれば良かったのでは?」
そう言うと、その税理士は、ゆっくりと首を横に振りました。
「それはねぇ、実は経営判断なんだよ。それって私の仕事じゃないからね。もしも私がそこまで口を出して、それで後継者が委縮してしまったら、それこそ、本末転倒でしょう?」
税理士は、机の下で握った拳を、そのまま、開くことができませんでした。
この会話を素直に読むと、少し違和感がありますよね?
税理士は、面白いと思った、けど…、今はその時じゃない。だけどそれは言えない。
だから「慎重に」としか言えない。
多くの人が思うはずです。
「それなら、ちゃんと言えばいいんじゃないかなぁ?」って。
でも、ここではほぼ絶対に言えないんです。
なぜでしょうか???
税理士の中で、鳴り続けている三つの声
少し、冷静に分析してみましょう。
これは、単純な「慎重派か、応援派か」という二択では、説明がつきません。
税理士の中では、実は、三つの声が、同時に鳴り響いています。
一つ目は、専門家としてのリスク回避。
後で責任を問われないための、自己防衛の計算です。
二つ目は、人としての応援したい気持ち。
長年見てきた顧問先の挑戦を、心から願う本音です。
三つ目は、大局が見えているのに、言えない歯がゆさ。
数字を通して、税理士には、後継者にはまだ見えていない”経営全体の流れ”が、はっきり見えていることがあります。でも、それを口にすることは、税務・会計という職域を超えて、経営判断そのものに踏み込むことになってしまう。
社会学者のアンドリュー・アボットは、専門職には、それぞれ守るべき「専門の領域(ジュリスディクション)」があり、その境界線を越えることは、専門職としての信頼を揺るがしかねないと指摘しています。
これは、専門家だけが理解できる、極めて自然なブレーキでもあります。
税理士にとって、経営判断への助言は、まさにこの境界線の、すぐ向こう側にあります。
見えているのに、踏み込めない。
これが、三つ目の声の、正体です。
同じ一つの数字が、こんなにも違って見える
ここで、少し視野を広げてみたいと思います。
この時、税理士が見ていた試算表の数字。
実は、この同じ数字を見ていたのは、税理士だけではありませんでした。
先代がこの数字を見れば、こう感じたかもしれません。
「ワシが現役の頃より、随分、手堅くやっているな」
安心と同時に、少しの寂しさも、そこにはあったはずです。
後継者自身は、この数字を見て、こう感じていました。
「これじゃ、何も新しいことができないじゃないか」
不安と焦りが、数字の向こうに、透けて見えていました。
そして税理士は、同じ数字の中に、両方の感情の”根拠”を、同時に読み取っていました。
先代の安心も、後継者の焦りも、どちらも間違っていないことを、数字が静かに語っていたのです。
つまり、税理士だけが、この一つの数字を通して、複数の人間の心情と、経営全体の流れを、同時に俯瞰できる位置にいたわけです。
でも、その俯瞰した景色を、誰かに丸ごと手渡すことは、税理士自身にも、許されていません。
そこに何か規制があるというわけではありませんが、「責任」という、この世で一番大きなおもりが付いてくることになるのです。
リスク回避だけを伝えた場合/応援だけを伝えた場合/三つの声を抱えたまま伝えた場合
わかりやすく表にしてみました。
| 観点 | リスク回避だけ | 応援の気持ちだけ | 三つの声を抱えたまま伝えた場合 |
| 後継者に伝わるもの | 不安だけが残る | 根拠のない励ましに聞こえる | 判断材料としての事実 |
| 税理士自身の心理 | 自己防衛はできるが、後味が悪い | 専門家としての誠実さが揺らぐ | 葛藤は残るが、誠実さは保てる |
| 次回以降の関係性 | 距離が生まれやすい | 信頼はされるが、軽く見られる懸念 | 専門家として、頼られ続ける |
こうして並べて見ると、三つの声のバランスを取ることが、実は一番、後継者のためになることが、よくわかると思いますが、どうでしょうか?
あの日、税理士が最後に言ったこと
会議の終わり際、税理士は、一度、資料を閉じかけた手を、止めました。
「これは、経営判断ですから、私からは何も言えません。ただ、数字だけで見るなら、一つだけ、気になっていることがあります。」
税理士が、言葉を慎重に選びながら話しました。
後継者は、少し驚いたように顔を上げました。
「今の運転資金の水準だと、投資のタイミングを、あと半年ずらしたほうが、安全に進められそうです。判断は、もちろん、社長にお任せします」
当然ながら、その解釈は渡しませんでした。
さらに、結論も押し付けてはいませんでした。
ただ、事実だけを、静かに置いていったのです。
後継者は、その一言を、しばらく黙って受け止めていました。
「……半年、ですか。わかりました、ちょっと考えてみます」
税理士は、そこで初めて、机の下の拳を、静かに開くことができました。
実はこれが、越権すれすれの場所で、税理士が出せる、精一杯の誠実さだったのです。
この俯瞰した景色こそが、実は「思考資産」の一部である
先代が経営していた頃は、この”複数の視点を同時に俯瞰する力”を、誰よりも自然に持っていたはずです。
数字の裏にある、社員の不安、取引先の事情、税理士や銀行員が言えずにいる懸念。
それらを、まったく意識しなくても、瞬時に読み取って、判断に反映させていました。
これは、先代が積み重ねてきた、まさに”思考資産”の一部でもあるのです。
そして、この俯瞰する力こそが、今、後継者に一番不足しているものかもしれません。
今日、なぜこんな話をここでしたのか?
その真意がここにあるのです。
それを今日は、税理士の視線を借りてお伝えしました。
後継者の皆さまへ
あなたの提案に対して、もし、顧問税理士から「慎重に」という言葉しか返ってこないと感じているなら。
その言葉の裏に、実は、もっと具体的な”気になっていること”が眠っている可能性があるということを、ぜひ知っておいてください。
その時はぜひ、一歩踏み込んで、「具体的に、何が気になりますか?」と聞いてみてください。
その問いかけ一つで、税理士が抱えていた景色を、少しだけ、分けてもらえるかもしれません。
あまり期待しすぎてはいけませんが、もしかすると会社を継いでからずっと迷走してた、後継者独特の苦悩のほんの一部かもしれませんが、解放されるかもしれません。
税理士・銀行員の皆さまへ
経営判断への越権を恐れて、言葉を飲み込んでしまう場面、多いのではないでしょうか。
もちろん、ここでの越権は「大きすぎる責任」を抱え込んでしまうことになるので、グッと抑えたい所だと思います。
ただ、解釈や結論までは渡せなくても、「事実として、ここが気になる」という形でなら、専門家としての誠実さを保ったまま、伝えられることがあるかもしれません。
今、親の会社を継いだ「後継者」「二代目」「あとつぎ」と呼ばれる人たちは、それほどまでに苦悩しているのです。
でも安心してください、今ここに受け皿が確かに存在します。
「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ(夕燈)
デコーダー/心理カウンセラー/作家
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※「思考資産」とは?……もしよければ私の著書「思考資産」を読んでみてください。
それではまた、お会いしましょう。
デコーダー:霧香ゆうひ


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