「会長、今よろしいですか」そのすぐ後、家では「なぁ、親父よぉ」

「会長、今よろしいですか」そのすぐ後、家では「なぁ、親父よぉ」

事業承継の現場で、後継者がいくら丁寧に演じ分けても報われない
“役割距離”の孤独とは?

「会長、今、少しよろしいでしょうか?」

会議室で、後継者は、そう切り出しました。
表情も、言葉遣いも、他の役員に対するものと、何一つ変えていません。

その5分後、駐車場で会長と二人きりになった瞬間、後継者は、こう言いました。

「なぁ、親父よぉ、今日、飯どうする?」

本人としては、きちんと、切り替えているつもりでした。
もちろん周囲は、一面しか見ていません。

だけど、外向きの顔しか見せていないはずなのに、どうも見透かされているような、何となく居心地が悪いのはなぜなんだろうか?


30-Second Summary

今日も、私が事業承継の現場で見てきた、後継者が陥りがちな罠について解説して、その解決への糸口を提供します。

事業承継における親族内承継では、後継者本人が、経営者としての立場と、息子としての立場を、意識的に演じ分けようとしています。

これは必然なことです。
しかし、幹部社員や税理士、銀行員といった、周囲の目は、その演じ分けを、ほとんど信じていません。
もちろん、無意識に感じ取るものです。

少し意地悪な言い方をすると、「所詮、親子だから」という無意識の先入観が、後継者の判断の信頼度に、透明な割引をかけ続けているのが現実です。

この記事では、このあたりの複雑な社会関係と思考と感情の駆け引きを、社会学の「役割距離」という視点から、後継者が丁寧に演じ分けているのに、なぜ誰にも信じてもらえないのか?という、その構造を整理します。

親族内承継に悩む後継者の方はもちろん、幹部社員・税理士・銀行員の方にも、ご自身が無意識に抱いている先入観として、お読みいただければと思います。

今回のケースの深掘りでは、全ての登場人物が、無意識に “無用なフィルター” を掛けてしまっていることに気づいて、それを取り外すことで、スムーズな経営に結び付けることを目的にしています。


演じ分けているのは、本人だけ

会社を継いで間もない後継者(特に3年目まであたり)は、正直、かなり周囲に気を遣っています。

会議室では、先代のことを必ず「会長」と呼びます。
当然ながら、敬語も、他の役員に対するものと、一切変えません。


たとえ、会長の判断に納得がいかなくても、会議の場では、感情的にならないよう、細心の注意を払い、敬意も忘れません。

でも、本当は内心で、こう振る舞いながらも、常にもう一つのことを考えています。

今の俺、ちゃんと”社長”に見えているだろうか?

議事録を読み上げる声のトーン。
資料をめくるタイミング。
質問に答える時の、間の取り方。

一つひとつ、無意識に、恐ろしく気を遣って、計算しています。
凛としていたい。

頼りになると、思われたい。

でも、同時に、頭の片隅では、まったく逆の声も鳴っています。

きっと、腹の中では、みんな思ってるんだろうな。
「所詮、二代目のぼっちゃんだ」って。

この二つの声を、同時に抱えながら、後継者は、会議室に座っています。
(私が出会ってきた、かなりの数の後継者が、ほぼ全員思っているようでした)
凛とした社長を演じたい自分と、甘く見られているであろう自分を、勝手に想像してしまう自分。


その両方が、常に、頭の中でせめぎ合っているのです。

これは、決して些末なことではありません。
何と言っても、敬語で奉っている相手は、生まれた時からずっと、「親父」だったのですから。

それでも、後継者は、経営の場では、経営者として、きちんと線を引いているつもりでした。


実は、ここからが面白いところです

私のクライアントのお話を一つ挟みます。

ある日、その後継者は、古参の経理担当者から、こんな相談を持ちかけられました。
「今期の設備投資の件、会長にも、もう話は通っているんですよね?」

後継者は、答えました。
「いえ、その話は私の判断で進めます。会長には、事後報告のつもりですが」

そう言いながらも、内心では思っていました。
どうだ、ちゃんと、自分の判断だと、言い切れているだろう?と。

すると、その経理担当者は、少し困ったような顔をして、こう言ったのです。
「そうは仰いますけど……最終的には、会長のご意向も、聞かれるんですよね?」

後継者は、一瞬、言葉に詰まりました。
「いえ、ですから、これは私の判断で……」

「決裁を社長がなさるのはわかってはいるんですが。そうは言ってもまぁ、親子ですからね、最終的な判断はそうなるのかなと思って」

その瞬間、後継者の頭の中で、さっきまでの声が一気に裏返りました。

ほらな、やっぱりそうだ。
どれだけ言い切っても、結局は、”二代目のぼっちゃん”にしか、見られていない。

この時のことを思い出すたびにイラっとするそうです。

自分としては、常に凛とした社長でありたかった。
それなのに、ほんのわずかなやり取りで、今までの自分が、一瞬で崩れ落ちていくのがわかりました。

自分は、あれほど丁寧に、会議室では「会長」と呼び、公私を分けて判断してきたつもりだったの。
それなのに、周囲は、その思いを、まったく最初から信じていなかったのだと、強く感じたそうです。


なぜ、周囲は、この”演じ分け”を信じてくれないのか?

これは、社会学の「役割距離(Role Distance)」という概念で、説明がつきます。

覚える必要はありませんが、社会学者アーヴィング・ゴフマンが提唱したものです。

ゴフマンが明らかにしたのは、こういうことです。
人は、ある役割を演じながらも、「これは役割であって、本当の自分そのものではない」という距離感を、周囲に示そうとする、ということです。

演劇でたとえるなら、俳優が、悪役を演じながらも、「これは演技です」という空気を、観客に感じさせる技術のようなものです。

後継者は、まさにこの役割距離を、日々、意識的に実践しています。
「会長」と呼ぶ時、自分は、息子ではなく、経営者としての役割を演じている。
そう、周囲に伝えたいと思っているわけです。

でも、ゴフマンの理論には、もう一つ、重要な指摘があります。

役割距離が成立するには、演じている本人だけでなくて、それを見ている観客(周囲)が、その距離を「認識し、受け入れる」必要がある、ということなのです。

わかりますか?
これはつまり、どれだけ本人が丁寧に演じ分けても、周囲がその演じ分けを”信じる”側に回ってくれなければ、役割距離は、成立しないということなのです。

そして、後継者自身が抱えていた、あの「凛とした社長でありたい自分」と「甘く見られているだろう自分」というせめぎ合いも、実は、この役割距離の理論で、きれいに説明がつきます。

前者は、後継者自身が周囲に見せようとしている役割距離そのものであり、後者は、その距離が周囲に届いているかどうかへの、絶え間ない不安なのです。

そして、親族内承継の現場では、この”観客側の不信”が、ほぼ常に存在しています。

「所詮、親子は親子でしょう?」

この一言が、後継者が積み重ねてきた演じ分けの努力を、静かに、しかし確実に、無効化してしまうのです。

しかも、一瞬にして。
想像してみてください、この言葉を遠回しにでも言われたら?
とんでもなくキツいですよね?


だけどこれは、周囲の悪意ではない

ここで、一つ、はっきりさせておきたいことがあります。

幹部社員も、税理士も、決して、悪意を持って、この先入観を抱いているわけではありません。

むしろ、これは、長年の観察に基づいた、ある意味で合理的な予測です。
これまでの多くの親族内承継で、実際に、経営判断が、最終的に先代の意向に左右されるケースを、彼らは何度も見てきています。

その経験則が、「今回もそうだろう」という、無意識の先入観を形作っているのです。

だからこそ、この構造は、根が深いのです。
誰か一人の意識を変えれば解決する話ではなく、業界全体、あるいは社会全体に、経験則として蓄積された先入観が相手だからです。


役割距離が信じてもらえる場合/信じてもらえない場合

観点役割距離が信じてもらえる場合親族内承継で信じてもらえない場合
周囲の反応判断をそのまま尊重される「最終的には先代の意向では」と疑われる
後継者の心理正当に評価されている実感努力が報われない孤独
判断の実行力そのまま実行に移せる周囲の根回しや二重確認が必要になる

こうして並べると、後継者がどれだけ演じ分けても、それだけでは超えられない壁があることが、よくわかると思います。

どうですか?


では、どうすれば、この先入観は崩れるのか

本人の演じ分けの努力だけでは、この先入観は、崩れません。
残念ながら、絶対に。

必要なのは、「この判断は、確かに後継者自身の判断である」ということを、周囲に対して、客観的に証明してくれる、第三者の存在です。

利害関係のない第三者が、後継者と先代、それぞれの判断基準を、きちんと言語化し、整理するわけです。

そのプロセスを経ることで、初めて、「この後継者の判断は、先代の受け売りではなく、本人自身の中に、確かな基準がある」ということが、周囲にも、目に見える形で伝わることになります。

これは、後継者一人が、どれだけ丁寧に演じ分けても、決して到達できない領域なのです。

なぜなら、本人がいくら「これは私の判断です」と言ったところで、それ自体が、本人の勝手な主張でしかないからです。

第三者による、公正な言語化。
それこそが、この”信じてもらえない孤独”を超えるための、唯一の橋になります。

では、その第三者の役割を担えるのは“誰?”
ということになりますよね?


後継者の皆さまへ

もし、どれだけ丁寧に公私を分けても、周囲から「所詮、親子でしょう」という視線を感じ続けているなら。

それは、あなたの演じ方が、足りないからではありません。
その先入観は、あなた一人の努力だけでは、超えられない種類の壁なのです。


幹部社員・税理士・銀行員の皆さまへ

後継者の判断に対して、無意識のうちに、「最終的には先代の意向では」と感じてしまうことは、決して珍しいことではありません。

ただ、その先入観が、後継者にとって、想像以上に重い孤独になっていることも、知っておいていただけたらと思います。


「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ(夕燈)
デコーダー/心理カウンセラー/作家


もしも、この「演じ分けが信じてもらえない孤独」というテーマにご関心を持たれた方は、ぜひ以下のHUB記事もあわせてお読みください。

【HUB記事】

親子間の事業承継がうまくいかない本当の理由──会社は継げても、先代の「思考資産」は継げていない
https://shikou-shisan.com/business-succession-truth/

※「思考資産」とは?……もしよければ私の著書「思考資産」を読んでみてください。


それではまた、お会いしましょう。

霧香ゆうひ

著者プロフィール
kirika-yuhi

著者:詳細プロフィール

「思考資産」承継デザイン研究所 
所長: 霧香 ゆうひ(夕燈) デコーダー/心理カウンセラー/作家

1961年生まれ。広島を拠点に全国の事業承継現場で、経営者と後継者の「魂の同期」を支援する専門家。
30年のHRキャリアで組織の力学を、14年の心理カウンセラー経験で人間の深層心理を、11冊の著書を通じて言葉の精錬技術を磨いてきました。

この三つが交わる場所に、私の専門領域があります。

私が提唱する「思考資産」とは、経営者の脳内に点在する「記憶・判断・哲学」をデコード(解読)し、次世代が迷わず使える「経営深層論理(DDL)」として構造化したものです。

法的・税務的な手続き(箱の整理)は専門家に委ね、私はその「中身(魂)」を救い出すことに全力を注ぎます。

一人の経営者の暗黙知を救うことは、組織を救い、文明が積み上げてきた知恵の総量を守ることに繋がる——これが、私がこの仕事を続ける理由です。

3万人超の事業承継・組織再生の現場に伴走してきた、日本唯一のデコーダー。

霧香ゆうひ

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