事業承継がうまくいかない本当の理由。父から「すまなかったな」と言われたことは、ありますか。
経営ノウハウでも、資金力でもありません。答えは、もっと個人的なところにあります。
30-Second Summary
多くの人が思い悩む、事業承継がうまくいかない、本当の理由。
それは、経営ノウハウの不足でも、資金力の問題でもありません。
ましてや能力の不足や、誰かが悪いということでもありません。
その真理は、父子の間にある、名前のついていない感情的な断絶が、「思考資産」の引き継ぎそのものを、静かに妨げているケースが少なくないのです。
この記事では、家族療法の分野で「情緒的断絶」と呼ばれる現象から、なぜ経営の話はできても、判断の理由までは伝わらないのかを整理し、回顧録という選択が、なぜこの断絶ごと解決できるのかについて、お伝えします。
父から、「すまなかったな」と言われたこと、ありますか?
少し、答えにくい質問から始めさせてください。
あなたは、先代経営者の父親から、「すまなかったな」と言われたこと、ありますか?
あるいは、「お前のことを、本心から誇りに思っている」と、面と向かって言われたこと、あるでしょうか?
……そんな、ないよな、と思った方、きっと多いのではないでしょうか。
実は、この問いへの答えこそが、事業承継がうまくいくかどうかを、大きく左右しているのです。
別に、父子が不仲というわけではないと思います。
経営の話も、必要な範囲では、ちゃんとできるでしょう。
業務連絡も、問題なく回っているはず。
でも、それより少し深いところ、「感情の部分」には、いつからか、お互い踏み込まなくなっている。
実はこれ、「うちの親子は、そういうものだから」で片付けていい話ではないのですが、多くの人が、“まぁそんなもんだよな”って、慣れていないでしょうか?
この違和感、実は「事業承継の失敗」そのものと直結しています
事業承継がうまくいかない理由として、よく語られるのは、こういう話です。
後継者に経営ノウハウが足りない。
先代が権限をなかなか手放さない。
社内の体制が整っていない。
もちろんどれも、間違いではありません。
でも、これまでの記事で繰り返し見てきたように、根っこにあるのは、もっと別のところにあります。
それはきっと誰もがスルーしてしまっている、、、
先代の判断の理由――思考資産――が、後継者に、そもそも渡っていないという事実です。
ここで、一つ問いを立てたいと思います。
ではなぜ?先代の判断の理由――思考資産――が、後継者に渡っていないのでしょうか?
多くの場合、それは「話す機会がなかったから」でも、「先代が言葉にするのが苦手だったから」でもありません。
もっと単純で、もっと根深い理由があります。
父子の間に、深い話を避けたくなる、何かがあるからです。
今日はそれを明らかにしますので、楽しみに読み進めてみてください。
きっとその時、あなたはこう思うはずです。
「そうか、、、そういうことだったのか!」と。
「情緒的断絶」という視点
少しだけ、私の専門の心理学の知見から解説させてください。
固い話になりますが、ご容赦ください。
実を言うと、これには、心理学、特に家族療法の分野で、すでに説明がついています。
情緒的断絶(Emotional Cutoff)と呼ばれる概念です。
家族療法の大家、マレー・ボーエンが提唱した、家族システム理論の中心的な考え方の一つです。
家族の間に、未解決の感情的な緊張――言えなかった謝罪、伝えられなかった思い、積み重なってきた葛藤――があると、人はその不安に耐えきれず、無意識のうちに、物理的、あるいは心理的な距離を取ることで、自分を守ろうとします。
これが、情緒的断絶というものです。
関係が完全に壊れるわけではありません。
表面上は、むしろ穏やかに見えることさえあります。
ただ、一定の深さより先には、お互い、絶対に踏み込まない。
そういう、静かな壁ができあがるんです。
厄介なのは、この断絶は、世代を超えて引き継がれていく傾向がある、とされている点です。
先代自身も、その先代(あなたにとっての祖父)との間に、同じような踏み込めない一線を抱えていたかもしれません。
それが、形を変えて、今、あなたと先代の間にも、そのまま受け継がれている可能性があります。
ややこしい心理学の話を読まれたと思いましたか?
ですが、こうやって心理学で説かれているということは、これは決して特別なことではなくて、ごく普通に起こりうることだということを知って欲しいのです。
いわゆる、これを他人事としてみるのではなくて、こういうことを一般論としてでも知っておくだけで、とんでもなく大きな問題を解くカギになったりします。
なぜ、父子は深い対話を避けるのか?
このサイトの中に、「二代目の苦悩」というカテゴリーで「継ぐのが辛い」という心理を何度も取り上げています。
もし良かったら、これまで見てきた感覚を、思い出してみてください。
先代と比較され続ける苦しさ。
認められたいのに、認められている実感が持てない焦り。
こうした感情は、後継者の中に、静かに積み重なっていきます。
でも、これは後継者側だけの話ではありません。
先代の側にも、実は、言葉にしていない感情があります。
会社を譲ることへの寂しさ。
自分のやり方を否定されるかもしれないという不安。
あるいは、若い頃、自分自身が先代(あなたの祖父)との関係でうまくいかなかった経験からくる、距離の取り方のクセ。
双方に、それぞれ言葉にしていない感情があります。
でも、それを口に出すのは、怖い。
傷つくかもしれない。
関係が変わってしまうかもしれない。
だから、二人とも、無意識に、安全な話題――業務連絡、当たり障りのない経営の話――の範囲内に留まり続けるんです。
まぁ、少し考えれば納得感のある話ですよね。
当然ながらこれは、どちらが悪いという話ではありません。
二人とも、それぞれの理由で、同じ壁を、同じ方向から避けているという状態であるということを知って欲しいのです。
この状態を整理すると、以下の表のようになります。
| 観点 | 業務連絡はできる関係 | 深い対話ができる関係 |
| 交わされる情報 | 数字、決定事項、事実確認 | 判断の理由、迷い、感情、過去の後悔 |
| 会話の目的 | その場の業務を進めること | お互いの理解を、深めること |
| 踏み込めない領域 | 「なぜ、あの判断をしたのか」という核心 | 特になし |
| 引き継がれるもの | 会社という「箱」 | 判断の理由という「思考」 |
左側の関係のままでは、業務は回っても、右側にある思考資産には、決してたどり着けません。
そしてほとんどの父子関係は、実は、左側のまま何十年も続いています。
どうでしょうか?多少イメージが鮮明になりましたか?
だから、「事業承継の失敗」は、経営ノウハウの問題ではない
ここまで見てくると、一つのことがはっきりします。
思考資産が引き継がれないのは、後継者の理解力が足りないからでも、先代が説明下手だからでもありません。
父子の間にある、名前のついていない感情的な断絶が、深い対話そのものを、静かに塞いでいたのです。
つまり、情報の断絶は、感情の断絶の、結果に過ぎません。
先に感情の壁があり、その壁の内側に、思考資産が閉じ込められたまま、渡されずにいる。
これが、事業承継が失敗していく、本当のメカニズムです。
そしてこの構造に気づかないまま、経営ノウハウの引き継ぎや、業務フローの整備だけを一生懸命やっても、根本の壁は、そのまま残り続けます。
それは、この壁の存在に、誰も名前をつけていないからです。
実は、ここからが本当に面白いところです
さて、ここまでの話だと、「じゃあ、父ともっと本音で話せばいいのか」という結論に、たどり着きたくなるかもしれません。
でも、それが簡単にできるなら、そもそも、こんなに多くの父子が、何十年もこの壁を抱えたままではいないはずです。
当事者同士では、この壁は、ほとんど崩せません。
(いや、むしろ100%無理と断言できます)
なぜなら、崩そうとすること自体が、二人にとって、一番怖いことだからです。
そんな怖いことは、多くの人が目を反らしますし、感情の奥深くにあるものだから、当然のように、見えない場合がほとんどです。
だからこそ!なのですが、ここに、利害関係のない第三者が、そっと間に入ることの意味があります。
以前、ある回顧録の取材で、こんな場面がありました。
先代の方に、経営とは直接関係のない、若い頃の話を伺っていた時のことです。
「会社を継がせると決めた時、息子さんに、何か伝えましたか?」と尋ねると、しばらく沈黙が続きました。
そして、こう漏らされたんです。
「いや……何も、言ってないんだよな。継げって言うだけ言って、あとは何も。なぜならあいつ、本当は継ぎたくなかったかもしれないのに、無理させたかもしれない……今、そう言われて考えたら、本当にすまなかったという感じだな」
当然ながらこれは、私に向けられた言葉ではありませんでした。
その時には目の前にいなかった、息子さんに向けた、独り言のような一言でした。
ご本人も、その言葉が自分の口から出てきたことに、少し驚いているようでした。
これが、情緒的断絶が、ふとほどける瞬間なのです。
利害関係のない第三者がいて、経営の話という、安全な入口から少しずつ話し始めているうちに、本人も気づいていなかった感情が、静かにこぼれ落ちる。
当事者二人きりでは、絶対に出てこなかった言葉です。
そして、面白いのは、この瞬間こそが、実は思考資産が一番豊かに語られる瞬間でもある、ということなのです。
感情の壁が緩んだ時、人は、それまで話さなかった判断の理由や、本音の後悔についても、驚くほど率直に語り始めます。
感情の決着と、思考資産の抽出は、まったく別の作業ではなく、同時に起きる、一つのプロセスなのです。
今、私が強く推している「回顧録」を作るということは、単に「昔の話を記録する」ためのものではありません。
父子の間にある、名前のない壁に、初めて第三者が光を当て、その奥にあった思考資産と、言えなかった感情の両方を、同時に外に出す装置でもあるのです。
もし、あなたと先代の間にも、まだ言われていない一言があるのだとしたら。
おそらくそれは、一生聞けないと決まったわけではありません。
ただ、それを引き出すには、あなたでも、先代自身でもない、誰かの手が必要なだけなんです。
もちろん、この「回顧録」であっても、よく本屋で見かけるような、著名人の回顧録とは、性格が全く違うものです。
ですので、私はこれに「霧香式回顧録」という名前を付けています。
この回顧録の詳細は別の記事や私の著書の中で語っていますので、興味のあるかはぜひ。
私は過去に、数万人の従業員を擁する会社のHRの現場、さらには心理カウンセラーとしての心理臨床の現場で、多くの実体験を積んで、現在ここにいます。
このことは単なる自慢ではなくて、そこでしか見ることのできない、多くの「苦悩」と向き合ってきたということなのです。
これからも、この経験をもとに、可能な限り、読んでくださる方に寄り添える記事を書いていこうと思っていますので、ぜひ楽しみにしていてください。
それでは、また、お会いしましょう。
「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ(夕燈)
デコーダー/心理カウンセラー/作家」
もしも、この「言えなかった感情と、思考資産が、同時にほどける」というプロセスに関心を持たれた方は、ぜひ以下のページもご覧ください。
【回顧録という選択とは】 自分史でも、自伝でもない。回顧録という選択
【霧香式回顧録の詳細を見る】 「思考資産」承継デザイン研究所


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