親父の喜寿で、乾杯の挨拶を頼まれた。なのに、仕事の話しか出てこない

「親父の喜寿で、乾杯の挨拶を頼まれた。なのに、仕事の話しか出てこない」

事業承継を終えた二代目が、先代の”人生”を何も知らないと気づく日

日曜の夜、リビングのテーブルで、二代目がノートPCを開いていました。

来月、父親の喜寿のお祝いがあります。
親戚と、昔からの取引先が何人か集まっての、とは言ってもささやかな会です。

その乾杯の挨拶を、叔父から頼まれました。(ほぼ命じられたのですが…)
「お前は社長なんじゃけぇの、ビシッとした挨拶頼むで」と。

今、目の前の画面には、こう打ってあります。

「父は昭和○年に会社を興し、オイルショックを乗り越え、あの狂乱のバブルさえ持ちこたえて取引先を○社まで広げ……」

ここまで書いて、手が止まりました。

「うーん、、、これって、会社の沿革だよなぁ?」

親父がどんな二十代を送って何を考えていたのだろうか?
何に夢中になって、何で悔し泣きしたのか。
こうしてよくよく考えてみると、一つも知らないのです。

「俺って、親父のことを何もしらないんだな」
少し愕然とした夜でした。

そして、なぜか頭に浮かんできたのは、先週の会長室での、あの短いやり取りでした。


30 Seconds Summary

今日は、「回顧録という選択」のお話です。

親の会社を継いだ二代目の多くが、先代の「ええ塩梅にやっといてくれ」「うまいことやっといてくれ」という一言に振り回されています。
適当にという意味なのか、任されたのか、それとも興味がないのか。

この記事では、その一言が読めない本当の理由は、言葉の曖昧さではなく「先代の人生を知らないこと」にある、という構造を解き明かします。
先代の口癖には、その人が若い頃に痛い目を見て手に入れた、商売の物差しが詰まっています。

そして、その物差しの由来を残す方法として、回顧録という選択をご紹介します。
もう迷うことはないのです。


「ほうじゃの、まぁええ塩梅にやっといてくれ」

先週のことです。

二代目は、来期からの取引条件を見直す件について、何週間も資料を練っていました。
数字を何度も確かめながら、古参の営業部長とも話を詰めて、「これなら行けるぞ」というところまで、納得いくまで固めました。

そして、自信満々で会長室に持っていきました。

「会長、これで行こうと思うんですが、いいですか?」

会長は書類を手に取り、一瞬だけ目を通しました。
それは本当に、一瞬です。
そして、こう言いました。

「ほうじゃの、まぁ、ええ塩梅にやっといてくれ」

たったそれだけです。
あまりにもあっさりしすぎて、二代目は期待していた“何か”を肩透かしをされたような。

会長室を出て廊下を歩きながら、二代目の頭の中はぐるぐる回り始めます。

は? ええ塩梅?
それって、適当にってことか?
いや、そんなわけないか。
だとすると?
俺に任せたってことだろうか?
いやいや、それとも、単に興味がないだけなのかも?
もう…いったい、何なんだよ……。

どうですか?
継いで数年の方なら、「あるある」どころか、「先週もあった!」という方もいるんじゃないでしょうか?

デコーダーとして、私はこの手の愚痴を、本当に山のように聞いてきました。
「うまいことやっといてくれ」「ええようにしといてくれ」……言い回しは違っても、中身はほとんど同じです。

これ、別に大げさな事件ではないんですよね。
誰も怒鳴っていないし、何も揉めていません。
たった数秒のキャッチボールです。

でも、受け取った側は、その日の夜まで、ずっと引きずってしまう類の話です。

ここで、ひとつだけ細かいところを見ておく必要があります。

会長は「やっとけ」とは言っていません。
「やっといてくれ」と言っていますよね。

「やっとけ」なら命令です。
上から下への、ただの指示ですね。
でも「くれ」が付くと、それは頼みごとになります。

命令なら、まだ受け取りやすいんです。
ところが頼まれた側は、その頼みごとの「中身」がわからないわけです。
何を、どの程度に、どう頼まれたのか?
ここで二代目は、混乱の極みに放り込まれるわけです。

このように、たった1回のキャッチボールで混乱に陥ることはよくあります。
つまり、頻繁にあるから「あぁ、またか」となる。

これがやがて大きなすれ違いに発展する。。。
とは、誰も気づかない事なのです。

もう一度繰り返しておきます。
私は、このようなな小さなすれ違いを重ねるうちに、とんでもないことに発展してしまったケースを、ほんとうにたくさん見てきました。

だから今、お伝えしているのです。


この記事は、あなたのために書きました

誠司さん、43歳。
地方で、お父さんが興した食品卸の会社を継いで、3年目になります。

お父さんは会長に退きましたが、今も毎朝出社して、会長室で新聞を広げています。
誠司さんは、大きな判断の前には、必ず会長室に顔を出します。

報告のつもりでもあり、本音を言えば、背中を押してほしい気持ちもあります。
もちろん、そこに居てくれるだけで心強いのも確かです。

でも、返ってくるのは、いつも「ええ塩梅に」の一言です。

この記事は、そんなあなたのために書きました。
心当たりのあるあなた、ぜひ読み進めてみて下さい。


「ええ塩梅」は、辞書に載っていない

少しだけ理屈の話をします。
ここはサラッと読み進めてくださってOKです。
(が、大事ですよ。笑)

「塩梅」は、もともと料理の言葉で、塩と梅酢の加減のことですよね。
大事なのは、加減には「基準」が要る、ということなんです。
どこまでなら塩辛くなくて、どこからが薄いのか?
その物差しは、作る人の舌の中にしかありませんから。

会長の「ええ塩梅」もこれと同じなんです。
その物差しは、会長が何十年もかけて、自分の人生の中で作ってきたものです。
だから、会長の中にしかない「調合」なのです。

あの取引先と揉めた夜。
手形が落ちるかどうか、眠れなかった月末。
若い頃に、誰かに助けられた日。

そういう経験の一つひとつが積み重なって、会長の中には「ここまでなら、ええ」「ここから先は、いけん」という線が引かれています。

ところが二代目は、その「物差しの作られ方」を知る由もありません。
当然、知っているのは、会社の沿革だけなのです。
いつ創業して、いつ倉庫を建てて、売上がいくらになったか。

つまり、こういうことなのです。

二代目が「ええ塩梅」を読めないのは、言葉が曖昧だからではありません。
その言葉の背後にある、親父の人生を知らないからなのです。

冒頭の、喜寿の挨拶で手が止まった理由と、会長室を出た後の混乱。
実はこの二つは、同じ根っこから生えているんですよね。

どうですか?
納得できるのではないでしょうか?


77歳の親父は、「くれ」に何を込めたのか

ここで、私の専門でもある心理学から、一本だけ補助線を引いてみます。

心理学者エリク・エリクソンは、人生の後半に「世代継承性(ジェネラティビティ)」という課題が現れる、と言いました。
自分が築いてきたものを、次の世代に手渡したい。自分の生きた意味を、誰かの中に残したい。そういう欲求です。

喜寿を迎える会長は、まさにその只中にいます。

だとすると、「やっといてくれ」の「くれ」は、単なる口癖ではないのかもしれません。
「わしが覚えた塩梅を、お前はもう持っとるはずじゃ」という期待。
そして「頼むぞ」という、照れくさくて口に出せない本音。
それが、たった二文字に押し込められている。

でも、受け取る側は、それを読むための辞書を持っていませんからね。

渡したつもりの父と、受け取れない息子。
すれ違いの正体は、ここにあるのです。

最初は小さいものです。
そして、先ほども触れましたがやがてとんでもない歪みになるかもしれません。


実は、ここからが面白いところです

喜寿の会の当日のことです。

挨拶は結局、会社の沿革を少し削って、無難にまとめました。
乾杯が済んで、座が少しほぐれた頃、親父の古い友人が、二代目のコップにビールを注ぎに来ました。

高校の同級生で、若い頃は同じ運送会社で働いていたという人です。

「あんたの親父はのぉ、若い頃はほんま無茶しよったんで」

そう言って、笑いながら話し始めました。

二十代の頃、親父は荷主の無理な値下げを全部呑んで、大口の仕事を取ってきたそうです。
社内では、皆が褒めました。
ところが半年後、その仕事を回していた下請けが一社、潰れました。
親父が呑んだ値下げのしわ寄せが、そこに全部行っていたんだそうです。

「あいつ、えらい落ち込んでの。そん時、社長に言われたんじゃ。
『ええ塩梅いうんはの、相手の顔が立って、こっちの首も締まらん、その間のことじゃ』いうて」

友人は、懐かしそうに続けます。

「そう言えばなぁ、あいつ、それからじゃの、何でも『ええ塩梅に』って言うようになったんよ。口癖になったんは、あの頃からじゃ」

二代目は、コップを持ったまま、しばらく動けませんでした。

「ええ塩梅」
それは、適当にでも、丸投げでも、無関心でもなかったのです。
その理由を今、ハッキリと知ったわけです。

それは、親父が二十代で痛い目を見て、ようやく手に入れた、商売の物差しそのものでした。

そして先週、会長室で聞いた「ええ塩梅にやっといてくれ」は、こういう意味だったのかもしれません。

「お前の案は、相手の顔も立つし、うちの首も締まらん。それならええ。あとは頼むぞ」

一瞬しか書類を見なかったのは、興味がなかったからではありません。
その一瞬で、塩梅を測り終えていたからです。
そう考えると、全部が繋がります。

43年間、親父の息子をやってきて、この話を初めて聞いたのです。
しかも、親父本人の口からではなく、他人の口から。

デコーダーとして言わせてもらうと、この「そう言えば」こそが、思考資産が表に出てくる瞬間の合図なんです。

本人ですら忘れかけている物差しの由来が、ふとした思い出話の中から、ひょっこり顔を出す。
私は、この瞬間を探して、何時間も先代のお話を聞いています。

人の「ことば」には、その言葉が出てきた物語が、詰まり過ぎているのかもしれません。


二代目の耳に聞こえたもの/先代の中にあったもの

観点二代目に聞こえたもの先代の中にあったもの
「ええ塩梅」適当に、という曖昧な指示相手の顔が立ち、自社の首も締まらない線
「やっといてくれ」丸投げ、あるいは無関心信頼と、口に出せない「頼むぞ」
書類を一瞬しか見ない真剣に検討していない一瞬で塩梅を測り終えている
理由を説明しない教える気がない物差しの由来を、自分でも言葉にしたことがない

こうして並べると、同じ一言が、受け取る側と発する側で、まったく別物になっていることがわかると思います。
そして、右の列を読むための鍵は、どれも先代の「人生の出来事」の中にあります。


回顧録は、親父の言葉を読むための「辞書」になる

では、どうすれば二代目は、親父の「ええ塩梅」を読めるようになるのでしょうか?

「親父、ええ塩梅ってどういう意味?」と聞けば済む。
普通はそう思いますよね?

ところが、これがなかなかできないんです。
というか、ほぼムリです。

聞いたところで、返ってくるのは「そのまんまの意味じゃろ」で終わります。
それは、親父自身、物差しの由来を言葉にしたことがないからなのです。

それに、ましてや親子ですから。
照れもあれば、意地もあります。

喜寿の会で友人が話してくれたのは、本当に幸運な偶然でした。
でも、偶然を待っている間にも、時間は確実に過ぎていきます。
あの友人も、来年の会に来られるとは限りませんから。

だからこそ、私は「回顧録」という選択を強くお勧めしています。

と言っても、本屋に並ぶ有名人の、ゴーストライターが書いた回顧録とは全く違うものです。
私たちが作る回顧録は、自分史でも、自伝でもありません。

先代の人生の出来事を、息子が親父の言葉を読み解くための「辞書」として残すものなのです。
「ええ塩梅」の項目を引けば、二十代の失敗と、その時の社長の言葉が出てくる。
そういう本なんです。

そして、喜寿や米寿のような節目は、その話を切り出す絶好の入り口になります。
「祝いの記念に、親父の話を本にせんか?」なら、照れくさい息子でも、まだ口にしやすいですよね。

ちなみに先代にとっては、その回顧録のKindleが、肩書きを失った後の名刺代わりにもなります。
初対面の席でQRコードを差し出せば、それだけで、自分が何者かを語ってくれますから。

ちょっとだけ大げさかもしれませんが、同じ回顧録でも、全くその性質が異なるので、私は敢えて「霧香式回顧録」と、正式には呼ばせてもらっているものです。


二代目の皆さまへ

もし今、親父の「ええ塩梅にやっといてくれ」に、いちいち心をざわつかせているなら。

それは、あなたの読解力が足りないからではありません。
その言葉を読むための辞書が、まだあなたの手元にないだけです。

そして、その辞書は、会社の年表ではなく、親父の人生の中にあります。

次に乾杯の挨拶を頼まれたとき、会社の沿革ではなく、親父の若い頃の話を一つ、語れたら。
それはきっと、父親にとって、どんな贈り物よりも嬉しいはずです。


「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ(夕燈)
デコーダー/心理カウンセラー/作家


もしも、この「親父の口癖が読めない」というテーマにご関心を持たれた方は、ぜひ以下の記事もあわせてお読みください。

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※「思考資産」とは?……もしよければ、私の著書「思考資産」を読んでみてください。

それではまた、お会いしましょう。

霧香ゆうひ

著者プロフィール
kirika-yuhi

著者:詳細プロフィール

「思考資産」承継デザイン研究所 
所長: 霧香 ゆうひ(夕燈) デコーダー/心理カウンセラー/作家

1961年生まれ。広島を拠点に全国の事業承継現場で、経営者と後継者の「魂の同期」を支援する専門家。
30年のHRキャリアで組織の力学を、14年の心理カウンセラー経験で人間の深層心理を、11冊の著書を通じて言葉の精錬技術を磨いてきました。

この三つが交わる場所に、私の専門領域があります。

私が提唱する「思考資産」とは、経営者の脳内に点在する「記憶・判断・哲学」をデコード(解読)し、次世代が迷わず使える「経営深層論理(DDL)」として構造化したものです。

法的・税務的な手続き(箱の整理)は専門家に委ね、私はその「中身(魂)」を救い出すことに全力を注ぎます。

一人の経営者の暗黙知を救うことは、組織を救い、文明が積み上げてきた知恵の総量を守ることに繋がる——これが、私がこの仕事を続ける理由です。

3万人超の事業承継・組織再生の現場に伴走してきた、日本唯一のデコーダー。

霧香ゆうひ

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「回顧録」という選択

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