継いで3年目。親父のマニュアルを開いても、”あの判断”の理由だけが書いていない
二代目・後継者が、事業承継で引き継いだ
親父のノウハウだけでは足が止まる”本当の理由”
夜の9時を回った事務所で、真一さんは、一冊のファイルを開いていました。
背表紙には、自分の手書き文字で「業務マニュアル」と書いてあります。
1年前に、週末ごとに親父の話を聞きながら、30ページにまとめたものです。
自分のためだけのマニュアルです。
そして机の上には、もう一枚、紙があります。
新規の取引先から届いた、大口の見積依頼でした。
それはもう、金額は申し分ありません。
マニュアルに書き記した「受注判断の基準」に照らしても、粗利率はちゃんと条件を超えています。
それなのに、夕方、そのことを知った工場長は、こう言ったのです。
「社長、これ……会長(先代)なら、断ってますよ」
「え?なんで?」
理由を聞きましたが、工場長の返事は「まぁ、なんとなくですがね、会長はそういう人なんで」としか言いません。
さっぱり要領を得ません。
真一さんは、マニュアルを最初から最後まで、二回めくりました。
ただ…、どこにも、答えは書いていませんでした。
「ええ?どういうことだ?」
30 Seconds Summary
継いで2〜3年目の二代目が、先代から聴きながら、ちゃんと作ったはずの“先代マニュアル”を開いても、肝心の判断の瞬間に足が止まる。
これは、二代目の力不足によるものではありません。
そもそも、マニュアルに書けるのは「手順」だけで、ノウハウとして伝わるのは「やり方」です。
しかし、本当はもっと深いところにもう一つ言葉にならないマニュアルがあることを知っている人は極めて少ないのです。
先代が、意思決定の際に本当に頼りにしていたのは、その奥にある「なぜ、そう判断するのか」という土台なのです。
私は、この土台のことを「思考資産」と名付けています。
この記事では、哲学者ギルバート・ライルの「knowing that/knowing how」という考え方を手がかりに、「マニュアル・ノウハウ・思考資産」の違いを、一つのエピソードで整理していきます。
この記事は、マニュアルを作ってホッとしたのに、2〜3年目になって急に足が止まり始めた、あなたのために書きました。
本来、社長の経営判断というのは、直感ではなくて、しっかりとした意味を持った土台の上でなされるべきなのですが、それを疎かにしたり、わからないまま表見的な処理を続けていたら。
それは、破綻に向かって一直線にあるいているのと同じ行為です。
マニュアルは、ちゃんと作ったんです
真一さんは、41歳。
40年以上続く、金属加工の会社を、2年半前に父親から継ぎました。
継いで半年ほど経った頃の、顧問税理士から、こう勧められたそうです。
「会長がお元気なうちに、ノウハウをマニュアル化しておきましょう」と。
それは極めてもっともな話ですよね?
真一さんも、当然のようにそう思いました。
「そりゃあそうだな、早速着手しよう」
毎週土曜の午後にと決めて、自宅の居間で、父親に一つずつ聞いていきました。
見積の出し方。
材料の仕入れ先の選び方。
納期が重なった時の、段取りの組み方。
父親は、驚くほど淀みなく答えてくれたとのことでした。
「なんだ、親父、こんなに整然としてるんだったら、早く教えてくれよ」
そう思いながら、真一さんは、30ページのマニュアルを書き上げたわけです。
当時を振り返って、正直に言うと、少し、ホッとしたそうです。
これで、親父がいなくても、会社は回るな、と。
(もちろん、密かに!ですよ)
実際、会社を継いだ1年目は、それでうまく回りました。
ところが、2年目の後半あたりから、マニュアルを開いても答えが見つからない場面が、少しずつ増えていったのです。
微かな違和感には気づいていたそうですが、さほど気に留めていなかったようです。
そして、あの大口の見積依頼でした。
実は、ここからが面白いところです
真一さんが私のところへ相談に来たのは、その数日後のことでした。
私は、デコーダーとして、会長であるお父さまにお話を伺うことにしました。
真一さんから話は聞いていたので、質問の手順はきまっていましたが、やはり実際にお会いしてから、臨機応変に変わります。
最初は、マニュアルにある質問から始めました。
見積のこと、仕入れのこと。
会長は、やはり淀みなく答えてくださいました。
真一さんが聞いた時と、ほとんど同じ言葉で。
実は、これにはある理由(真意)があります。
手順の質問には、先代はすでに「答え」を持っています。
当然ながら、人は、答えを持っている質問には、淀みなく話せますよね?
ただ、言葉が詰まるのは、「なぜ」を聞かれた時なんです。
本人の中では、それは答えとしてではなくて、経験そのものとして沈んでいるからなのです。
そこでわざと、少し質問を変えてみたんです。
「1990年代の初め頃、大きな受注を一つ、お断りになったことがありますよね。あれは、どうしてだったんですか?」と。
会長の言葉が、ぴたりと止まりました。
「ん?……あぁ、あれか。まあ、なんとなく、じゃなぁ」
しばらく、湯呑みを眺めたまま、黙っておられました。
私は、何も言わずにそのまま次の言葉を待ちました。
そして、会長は、ぽつりとこう言ったのです。
「そう言えば……そうじゃ、その前の年にな、大きい仕事を取ったんじゃがな。そりゃあ、ありがたい話でな。じゃけどの、3か月、土曜も日曜もなかった」
ため息をついて、こう続けました。
「納期にはな、間に合うたんじゃ。客にも喜ばれたし。そうなんじゃけど、終わった途端にの、腕のいい職人が二人、何も言わずに辞めたんよ」
「そりゃあもう、痛かったなんてもんじゃない。それからじゃの。職人の土曜日は、絶対に三週続けて潰さん。それだけは、その時の経験がわしに教えてくれたよの」
隣で聞いていた真一さんが、思わず声を上げました。
「俺、そんなこと、一回も聞いたことないよ」
会長は、少し照れたように笑いました。
「そりゃあそうじゃろぅ、そんなことは当たり前すぎて、言うことでもないと思うとった」
そして続けたのです。
「決めたことはもちろん覚えとって、自分の約束として守っとるが、どういう理由でその決めごとが私の頭に貼りついとるかは、今の今まで忘れとったわ」
例の大口の見積依頼は、納期から逆算すると、二か月近く土曜を潰さなければ間に合わない仕事でした。
工場長は、そのことを、肌感覚でわかっていたんですよね。
マニュアルの「受注判断の基準」は、もちろん間違っていません。
ただ、その基準を「使っていい時」と「使ってはいけない時」を決めている、もう一段奥のルールが、どこにも書かれていなかったのです。
でも大事なのは、さらにその奥かもしれません。
“なぜ、その意思決定の基準が脳内で出来上がったのか?”
それを知らないと、本当のマニュアルも運用もできません。
なぜ、マニュアルに”あの判断”だけが残らないのか
ここで、少しだけ理屈の話をさせてください。
決して難しくはないので、サラッと読み進めてくださいね。
私の専門の話なのですが…。
イギリスの哲学者ギルバート・ライルは、1949年の著書『心の概念』で、知識というものを二つに分けました。
一つは「knowing that(〜ということを知っている)」。
言葉にして書き出せる知識です。マニュアルに載っているのは、主にこちらです。
もう一つは「knowing how(〜のやり方を知っている)」。
自転車の乗り方のように、身体が覚えている技能です。いわゆるノウハウは、こちらに近いものです。
おわかりでしょうか?
先代の会社には、この二つが確かにありますよね。
でも、会長の「職人の土曜は、三週続けて潰さん」は、どちらでもないんですよね。
これは「手順でも、技能」でもないわけです。
「いつ、どの手順を使い、どの手順を使わないか」を、黙って決めている土台なんです。
しかも本人にとってはどうだったでしょうか?
それはもう、「当たり前すぎて」、言葉にする必要すら感じていなかったものです。
私は、この判断の奥にあるものを「思考資産」と名付けました。
経営者の記憶と経験が積み重なってできた、判断の土台の総称です。
そして、思考資産がどんな層でできているかを整理したのが、私の「経営深層論理(DDL)」です。DDLでは、先代の判断を、生存論理・信用論理・存在論理の三層で捉えます。
今回の会長の「土曜のルール」は、この中の生存論理にあたります。
職人を失えば、会社そのものが続かないわけですから。
1990年代の初めに、会長が身をもって学んだことでした。
※「思考資産」とは?……もしよければ、私の著書『思考資産』も読んでみてください。
マニュアル・ノウハウ・思考資産の違い
| 観点 | マニュアル | ノウハウ | 思考資産 |
| 中身 | 手順・ルール(knowing that) | 身体が覚えたやり方(knowing how) | なぜ、そう判断するのかという土台 |
| どこにあるか | 書類・ファイル | 職人や先代の手と体 | 先代の記憶と経験の奥 |
| 誰が言葉にできるか | 誰でも書き起こせる | 本人がやって見せて伝える | 本人も言葉にできないことが多い |
| 役に立たなくなる時 | 想定外の例外が起きた時 | その人が辞めた時 | 先代がいなくなった時 |
| AIで写し取れるか | 写し取れる | 一部は写し取れる | 引き出す人がいなければ写し取れない |
こうして並べると、マニュアルとノウハウを丁寧に引き継いでも、なぜ肝心な場面で足が止まるのかが、見えてきますよね?
マニュアルを作ったことは、無駄じゃない
ここは、誤解しないでいただきたいところです。
真一さんがマニュアルを作ったことは、まったく無駄ではありません。
絶対に!です。
ですから税理士さんの勧めも、正しかったと思います。
手順が整っていなければ、そもそも日々の仕事が回らないからです。
ただ、マニュアルというのは、思考資産という土台の上に乗っている、最上階の部分なんですよね。
上の階だけを引っ越しても、建物は建ちませんから。
税理士・銀行員の皆さまも、もし顧問先や取引先に「マニュアルはできたのに、二代目の判断がどこか頼りない」と感じることがあれば、それは本人の資質ではなく、土台が渡っていないサインかもしれません。
なぜ「2〜3年目」に、この壁が来るのか
継いで1年目というのは、先代の“残り香”(わかります?)で、会社が回ります。
万が一例外的な事態が起きても、まだ気軽に親父に聞けますし。
ところが2〜3年目になると、例外の判断が、少しずつ積み重なってきます。
大口の受注、古参社員の退職、設備の更新。
今、社会問題となりつつある、事業承継後の二代目社長の孤独も、ほぼこの層です。
一方で、先代は「もう任せたから」と、少しずつ距離を置き始めますよね。
そうなると、聞きたくても、聞きにくくなるのが現実です。
年齢的にも、聞ける時間そのものが、細くなっていきます。
マニュアルはあるのに、効かない。
親父はいるのに、聞けない。
この二つが重なるのが、2〜3年目なんです。
あなたが今、足が止まっているのだとしたら、それは力不足ではなくて、時期のせいなのだということを、少し考えてみませんか?
もしもあなたが経営者として“孤独を感じている”ならば、間違いなく当てはまります。
真一さんの、その後
結局、真一さんは、あの大口の仕事を断りませんでした。
納期を二回に分けてもらえないか、取引先に交渉したのです。
土曜の出勤が三週続かないように、段取りも組み直して。
工場長に段取りを見せた時、工場長は、しばらく黙って眺めたあと、こう言ったそうです。
「うーん……これならば、職人たちも文句は言わんでしょうねぇ」
会長なら、たぶん断っていました。
でも真一さんは、父親と同じ答えを出したわけではありません。
親父の「解き方」を受け取ったうえで、自分の答えを出したことになります。
「思考資産」を受け継ぐというのは、決して先代に縛られることではありません。
先代の解き方を手に入れて、自分らしい経営の地図を描く自由を得ることなんです。
これが出来た時、はじめて「会社を継いだ」ということが現実的になってきたということだと思います。
後継者の皆さまへ
もしも今、マニュアルを開いても答えが見つからない夜が増えているなら。
それは、決してあなたが継いだものが足りないのではなく、まだ、一番大事な層が渡っていないだけかもしれません。
その層は、先代本人にも言葉にできないことがほとんどです。
だからこそ、利害関係のない第三者が「そう言えば……」を引き出す時間が、必要になるのです。
一度立ち止まって、冷静に「自分が受け継いだもの」について考えてみてはいかがでしょうか。
それが遠回りになることは絶対にありません。
「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ(夕燈)
デコーダー/心理カウンセラー/作家
もしも、この記事に何か引っかかるものがあった方は、ぜひ以下のHUB記事もあわせてお読みください。
【HUB記事】
親子間の事業承継がうまくいかない本当の理由──会社は継げても、先代の「思考資産」は継げていない

それではまた、お会いしましょう。
霧香ゆうひ


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