「息子にすら言えないのになぜ、初対面のあんたには話せるんじゃろうか?」
事業承継の現場で、後継者(二代目)の息子にだけは語れない先代の記憶──父が第三者になら話せる理由と、「回顧録」という選択
「親父、今度、昔の話をゆっくり聞かせてくれないか」
会社からの帰り道、運転席の二代目は、助手席の会長に、思い切ってそう切り出しました。
実は、前からずっと、聞いてみたかったことが重なっていて。
創業のころのこと。
うまくいかなかった時期のこと。
あの時、なぜそう判断したのか。
会長は、窓の外を見たまま、ふっと笑いました。
「ワシの昔話? そんな大した話なんぞ、ないわい」
それだけでした。
信号が青に変わり、話題は、明日の朝礼の段取りに移っていきました。
これで、何度目でしょうか。
二代目は、ハンドルを握りながら、いつもこう思います。
何度聞いても、はぐらかされる。
やっぱり、俺には話す気がないんだろうな、と。
よほど信用されていないのか?
それとも、息子に語るほどの価値は、この会社にはないということか?
いくら考えても、良いほうには解釈できませんでした。
なぜ、親父は、息子の俺にだけ、何も話してくれないのだろうか?
30 Seconds Summary
今日も、私が事業承継の現場で見てきた、ある経営者親子の「すれ違い」について、お話ししてみようと思います。
先代が、後継者である息子に、創業の苦労や失敗、迷った末の決断を語らない。
私がこれまでたくさんの経営者と実際に話をした経験から見ると、どうやらこれは、頑固だからでも、息子を信用していないからでも無いと断言できそうです。
私の経験上、ほとんどの場合、先代が「父」という役割から、降りられないだけのなのです。
ところがです。
ここがとても面白いのですが、利害のない第三者の前では、同じ先代が、驚くほどあっさり話し始めることがあります。
もちろん、誰にでも話し始めることは絶対にありませんが、“ある限定的なケース” の場合に限っては、という話です。
しかも、その話の中には、後継者が何年かけてでも知りたかった「判断の基準」という宝が、そのまま入っていることが少なくありません。
この記事では、なぜ息子には語れず、ある特定の第三者に限っては語れるのかを、心理学の視点で整理してお伝えします。
そのうえで、親子の役割を崩さずに、先代の記憶を後継者へ渡す方法のひとつとして、「回顧録」という選択をご紹介します。
(この関係性については今は謎だと思いますが、読み進めていくうちにきっと大きく頷いて納得されるはずです)
今日の記事は、後継者の方はもちろん、先代ご本人にも、読んでいただければと思います。
先代は、息子の前では”父”をやめられない
ここで、少し意地悪な言い方をさせてください。
息子なのに、話をしてもらえないのは、あなたが頼りないからではありません。
先代は、何十年も、息子の前で「迷わない父」でい続けてきたはずですよね?
会社が傾きかけた夜も、家では、平気な顔で晩ご飯を食べていたはずです。
周りの心配をよそに、
「大丈夫だ、心配するな」と言いながら。
そんな、ある意味で父親像を作り上げていたプライドの塊のような人が、今さら、息子の前で言えるでしょうか?
「実はな、あの時のことなんだが、本心を言うと怖くて一睡もできなかったんだ」と。
それを言ってしまった瞬間に、何かが変わってしまう気がするんですよね。
強い父という像が崩れてしまう。
息子に、評価される側に回ってしまう。
あるいは、失敗談が、そのまま「親父だって間違えたんだから、俺のやり方でいいだろう」という、後継者の武器になってしまうかもしれない。
もちろん、そこまで具体的に計算しているわけではありません。
ただ、無意識のうちに、口が閉じるのです。
「話さない」のではなく、「話せない」。
この違いは、思っている以上に大きいと、私は感じています。
そして、実は、聞く側の息子も同じことが言えるのです。
父が失敗談を語り始めたら、息子は「へぇ、親父もそうだったんだ」と、フラットに受け止められるでしょうか?
おそらく、動揺するはずです。
当然、心配もします。
どこかで、採点もしてしまいますよね。
息子という役割もまた、そう簡単には、降りられないのです。
前回の記事でお話しした「役割距離」の孤独は、後継者だけのものではありませんでした。
先代もまた、「父」という役割の中で、誰にも言えないものを抱えたまま、静かに歳を重ねているのです。
これは、親子だから大丈夫、なのではなくて。
“親子だからこそ“語れないという、極めてセンシティブな領域であると捉える方が、正しいと思います。
しかし、だとすると?
そう、、、「どうしたらいいんだ?」
ということになりますよね。
実は、ここからが面白いところです
これは、私が関係した、ある会社の会長(70代半ば)のお話です。
その息子である現社長から、「親父の話を、ちゃんと残しておきたい」という、ご相談をいただきました。
(今回は、その前の方からのご紹介によるものでした)
初回面談の日、その会長は、腕を組んだまま、こう言われました。
「ワシの昔話なんぞ、あんたに話して、何になるんだい?」と。
私は、その日は、何も掘り下げませんでした。
ただ、一つだけ、お聞きしたのです。
「会社を始めた年、いちばん怖かったのは、何でしたか?」
会長は、少し驚かれて、しばらく黙っていました。
それはそうですよね?
会社を始める時の「最も勢いのある時、負けることなんて考えもしていない」そんな時のことを思い出して、“怖かったこと” なんて。
ですが、実はその意表を突いた質問がトリガーだったようです。
そこから、ぽつりぽつりと、話し始めたのです。
それは、取引先が突然倒れて、手形が落ちなかった夜のことでした。
翌朝までに資金の手当てがつかなければ、社員に給料が払えなかったこと。
奥さんにも言えず、トラックの運転席で、一晩、夜明けを待ったこと。
気づけば、2時間が過ぎていたそうです。
話し終えた会長は、少し照れたように、こう言いました。
「なんとまぁ、不思議なもんじゃなぁ。息子にですら、こんな話、一度もしたことがないのに。なんで、あんたには言えるんじゃろうか?」
そして私が、立て続けにこう尋ねた時のことです。
「その後、大きな取引の話が来ても、代金の回収が済むまで出荷を止めておられたそうですね。それは、なぜなのですか?」
会長は、一瞬、考え込みました。
そして、ゆっくりと、こう言ったのです。
「そう言えば……そうじゃ、あの夜があったからじゃな。ワシは、入金が確認できるまでは、絶対に荷物を出さんと、決めたんじゃろうなぁ」
それは、自分の中ですら意識していなかったことに “意味を持たせた瞬間” だったのでしょう。
デコーダーとして、私は、この「そう言えば」が出る瞬間を、いつも待っています。
本人が、自分の判断の正体に、初めて自分で気づく瞬間だからです。
後日、この話を、会長の了承を得て、息子さんにお伝えしました。
社長は、しばらく黙ってから、こう言いました。
「そうなんですか。。。私はてっきり、あれは、ただの頑固だと思ってましたよ。たとえ取引先が怒っても、新年のように絶対に曲げなかったので」
そうなんです。
先代の「頑固」の正体は、頑固ではなく、あの夜の体験から生まれた、揺るがない判断の基準だったのです。
私は、これを「思考資産」と呼んでいます。
判断の「結果」ではなく、その判断を生んだ「体験」と「基準」のことなのです。
当然ながら、こんなことは、財務諸表にも、就業規則にも、どこにも書かれていません。
むろん、書けませんよね?
なぜなら、本人ですら、その正体を言語化することが出来なかったことなのですから。
※「思考資産」とは?……もしよければ私の著書「思考資産」を読んでみてください。
なぜ、見ず知らずの第三者には話せるのか?
ここは、サラッと読み進めてくださいね。
もちろん、覚えなくてもいいことですが、「そういうことか」程度には理解しておいてください。
心理学には、「ストレンジャー・オン・ザ・トレイン現象」と呼ばれるものがあります。
1970年代に、心理学者のゼイック・ルービンが論じたもので、電車で隣り合った見知らぬ人に、家族にも話さないことを、つい話してしまう、という現象のことです。
要は、「この人とは、今後の関係が変わらない」「この人は、自分を評価する立場にない」という安心があると、人は、驚くほど正直になる、ということです。
先代にとっての第三者は、まさに、その位置にいます。
しかも、ただ聞くだけではなく、「あの時、何を守ろうとしましたか?」と、判断の背景まで一緒に降りていける聞き手であれば、話は、武勇伝のところで止まらなくなります。
息子に話す場合と、第三者に話す場合を、並べてみましょう。
| 観点 | 息子(後継者)に話す場合 | 第三者に話す場合 |
| 語る側の役割 | 「強い父」を守り続ける必要がある | 一人の経営者として話せる |
| 聞く側の反応 | 動揺・心配・無意識の採点が入る | 評価せず、そのまま受け止められる |
| 話した後の関係 | 父子の関係が変わるかもしれない不安 | 何も変わらないという安心 |
| 語られる内容 | 成功談・武勇伝が中心 | 迷い・恐れ・失敗の背景まで出てくる |
こうして並べてみると、息子に話せない理由が、愛情や信頼の問題ではなく、「構造」の問題だとわかりますね。
どうですか?
ちょっと意地悪?ですが、私は、私の専門である心理学の技術をフル稼働させたうえで、先代と、誠心誠意向き合うことを常としています。
これは私の信条の話なので「へぇ」くらいに思っておいてください。
回顧録という選択は、「語る場」ではなく「語られたもの」を渡す
ここで、先代の方からよく出る不安があります。
「第三者(私)に話したことが、全部、息子に筒抜けになるのか?」ということ。
でも、そうではありません。
安心してください。
「霧香式回顧録」では、先代が第三者に話した内容を、先代ご自身が「渡したい形」に整えて、息子さんにお渡しするものです。
当然ながら、お話は、一度きりで終わらせず、何度かに分けて、先代のペースで進めます。
息子さんは、語る場には同席しません。
もちろん語られた「結果」を、息子さんは、後から、静かに受け取る形になります。
つまり、父の役割も、息子の役割も、崩さないまま、話だけが届くのです。
(真理と真意だけが、望む形で届きますので安心してください)
これは、親子が直接向き合って話し合うよりも、ある意味で、ずっと現実的な方法だと、私は思っています。
役割から降りなくていい。
評価もされない。
それでいて、先代の「あの夜」は、確かに、息子さんの手元に残りますから。
後日、その回顧録が、社長の手元に届いたときの話です。
数日後の帰りの車の中で、社長は、ハンドルを握ったまま、ぽつりと言ったそうです。
「親父、あの手形の話、読んだよ」
会長は、窓の外を見たまま、しばらく黙っていました。
そして、「そうか」とだけ、答えたそうです。
それ以上、二人は、何も話しませんでした。
けれど、その日を境に、社長は、会長の「頑固」を、頑固と呼ばなくなったといいます。
語り合わなくても、ちゃんと、届いていたのです。
「霧香式回顧録」について、もう少し知りたい方は、「自分史でも、自伝でもない。回顧録という選択」もあわせてお読みくださると幸いです。
後継者の皆さまへ
もし、何度聞いても、お父さまがはぐらかすなら。
それは、あなたが信用されていないからではありません。
お父さまは、あなたの前で、「父」をやめられないだけなのです。
その「大した話ではない」という一言の奥に、あなたが今いちばん欲しい、判断の基準が眠っているかもしれません。
そして、それを聞き出せるのは、必ずしも、息子であるあなたではないのです。
先代の皆さまへ
息子さんに語れないことを、そのまま抱えている必要はありません。
その話は、決して「大したことのない話」ではないのです。
息子さんが、いつか、大きな判断に迷った時に、いちばん欲しがる話かもしれません。
語れるうちに、語っておく。
それは、息子さんへの、いちばん静かな贈り物になると、私は思います。
「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ(夕燈)
デコーダー/心理カウンセラー/作家
もしも、「親には言えないのに、他人には話せる」というテーマにご関心を持たれた方は、ぜひ以下のHUB記事もあわせてお読みください。
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親子間の事業承継がうまくいかない本当の理由──会社は継げても、先代の「思考資産」は継げていない

それではまた、お会いしましょう。
霧香ゆうひ


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