― 霧香ゆうひの、ひとやすみコラム ―
「24時間戦えますか?」…親父の昭和は、本当にもう古いのか?
事業承継で二代目が手放していいもの、手放してはいけないもの──バブルを知る65歳デコーダーの、ひとやすみ話
今日は、ひとやすみコラムです。
難しい理論は一切出てきませんので、コーヒーでも飲みながら、肩の力を抜いて読んでくださいね。
とは言っても、面白いので。
ぜひ。
「24時間戦えますか?」を、本気で聞いていた世代です
突然ですが、私は65歳(昭和36年生まれ)です。
伝説?の、バブル経済のど真ん中を、現役のサラリーマンとして走っていました。
テレビからは「24時間戦えますか?」(知っていますか?)というCMソングが流れて、それを聞いて「よし、俺も戦うぞ!」と本気で思っていた世代です。
こんなことって、今の若い方からすると、ちょっと信じられないですよね?(笑)
終電を逃したら、当たり前のようにタクシー(会社から出るチケット)。
週末は、毎週のように、接待ゴルフ。
からの、夜の街へ。
上司に誘われた飲み会は、断るという選択肢がそもそもない時代です。
今振り返ると、なかなかめちゃくちゃな時代でしたねぇ。
でも、あの頃の空気を、私は体で覚えています。
だからなのか?
先代社長とお話しすると、不思議なくらい、すぐに打ち解けるんですよね。
もちろん、あの頃の話で。
「あぁ、あの頃のことですよね」の一言で、通じ合えてしまう。
これはもう、理屈ではなく、同じ時代を生きた者同士の、ある種の同志感なのかもしれません。
二代目から見ると、親父の昭和は「全部古い」
一方で、二代目の皆さんから見ると、親父の昭和スタイルは、正直「全部古い、今ではありえないこと」ばかりですよね?
根性で何とかしろ。
取引先とは、まず飲んでから。
数字の前に、顔を出せ。
「いやいや、今そんなことしたら、社員が辞めますって」
と、心の中でツッコんでいる二代目の方、きっと多いと思います。
それはそう、まったく間違っていません。
24時間戦う働き方も、接待漬けの営業も、今の時代では、1ミリも通用しません。
というか、そんな効率の悪いことで仕事を取るということ自体、コンプライアンス的にどうなの?だと思います。
ただ、ですね。。。
ここは、一つだけ、はっきり言っておきますけれど。
「古いからという理由で全部を切り捨てる」で、本当にいいのかな?と、
私はいつも思うんです。
これは、「あの頃と今の両方を知る者」からの率直な考えです。
実は、ここからが面白いところです
以前、ある先代社長にお話を伺っていた時のことです。
その方は、バブルの頃の武勇伝を、それはもう楽しそうに話してくださいました。
大きな仕事を取った話、毎晩のように飲み歩いた話。
息子さんいわく「忘年会で毎年聞かされる、いつものやつ」です(笑)。
ひとしきり話し終えて、少し間があった後、その先代が、ふっとこんなことを言ったんです。
「そう言えばなぁ……バブルが弾けた後の、あの2年がな、一番しんどかったよなぁ、ほんというにキツかったよ」
この「そう言えば」が出てきた瞬間。
デコーダーとして、私が一番耳を澄ませる瞬間です。
聞けば、売上が一気に落ちた時、取引先を一社ずつ回り直して、「うちは逃げません」と頭を下げ続けたそうです。
接待で積み上げてきた関係が、あの時、本当に会社を支えてくれた、と。
そして、こうもおっしゃいました。
「あの時、何を守って、何を捨てるか。それを決めたのが、社長としての、たぶん一番の仕事だった」と。
後日、息子さんにこの話をすると、驚いた顔でこう言われました。
「え?そうなんですか?その話は、一回も聞いたことないです」
そうなんです。
忘年会で語られる武勇伝は、たいてい「上り坂」の話なんですよね。
崩れていく中で、どう踏みとどまったか。
その「下り坂」の話は、ほとんど語られることはありません。
でも、二代目が本当に受け取るべきなのは、実は、そちらの方なのかもしれないと、私は思っています。
衣装は古くなっても、中身は古くならないから
私は、昭和のビジネススタイルを「衣装」と「中身」に分けて考えています。
最初に出した例で言うと、
「24時間戦えますか?」は、衣装になります。
でも、その中身は「この仕事は、自分が背負う」という覚悟になるんだと思います。
そう言う意味では、接待も、衣装です。
でも、その中身は「数字にならない信頼を、時間をかけてつくる」ということですね。
衣装は、時代と一緒に古くなります。
でも、中身は、驚くほど古くなりません。
ちょっと大げさに言うと、ピラミッドも、ローマも、大陸発見も、「まだ無いものに向かって、誰かが腹を括って決め、人を動かした」という一点で、一本につながっている気がするんです。
時代も道具もまるで違うのに、そこだけは変わらない。
バブル崩壊も、リーマンショックも、コロナも、それを乗り越えた会社には、きっと同じ中身(何か)が流れていたはずなのです。
…と、ここで熱く語り始めると、ひとやすみコラムではなくなってしまうので(笑)、この続きは、またいつか、ちゃんとした記事で書きますね。
昭和を、否定しなくていい
二代目の皆さん。
親父の昭和スタイルに、無理に合わせる必要はまったくないとは思います。
衣装は、遠慮なく脱がせてしまっていいんです。
ただ、その衣装を脱いだ後に残る「中身」だけは、どうか一緒に捨てないでほしいのです。
そして、もしよければ、今度の忘年会では、いつもの武勇伝の後に、こう聞いてみてください。
「ところでさ親父、たまには一番しんどかった時の話を聞かせてくれよ」
ひょっとすると、「そう言えば」から始まる、まだ聞いたことのない話が出てくるかもしれませんよ。
しかもそれは、めちゃくちゃ面白いはずです。
ちなみに、「いつもの武勇伝」については、こちらの記事でも少し触れています。
良かったら、お時間のある時にでも、どうぞ。
毎年、忘年会で繰り返される”親父の武勇伝”。来年も聞けるとは限りません。
それではまた、お会いしましょう。
「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ(夕燈)
デコーダー/心理カウンセラー/作家


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