手続きは全部終わった。なのに、何も渡されていない気がする

「手続きは全部終わった。なのに、何も渡されていない気がする」

事業承継2年目の二代目が、会議の最後に聞く”親父の一言”の正体

「……まあ、そういうことなら、今回は見送りじゃな」

月曜日の朝、定例会議。
40分かけて議論してきた新しい加工機の導入案は、会長のそのたった一言で、静かに終わります。

当然、誰も反論しません。
工場長も、営業部長も、どこかほっとしたような顔で、資料を閉じていきます。

ただ一人、、、社長の健太さんは、手元のボールペンを、ただ見つめていました。
睨むように。

その複雑な心中を誰も察することはありません。
「社長は、俺なのに。」

株式の移転も済んだ。
銀行の個人保証も、自分に切り替えた。
税理士の先生とも、何度も打ち合わせを重ねて、手続きは全部、終わったはずでした。

それなのに、です。

手続きは全部終わったはずなのに。
それなのに、何も渡されていない気がする。

特に重大な決定事項を議論するとき、いつも蚊帳の外のような疎外感がする。

これはいったい、何なんだ?


30 Seconds Summary

親族内承継で、株式の移転や個人保証の切り替えといった手続きをすべて終えたのに、会議の最後は先代の一言で決まってしまう。
多くの後継者は、その原因を「親父の性格」か「自分の未熟さ」のどちらかだと考えています。

でも、デコーダーとして多くの先代と後継者のお話を聞いてきた私の見立ては、少し違います。
先代が手放せないのは、自分の判断基準がまだ息子に渡っていないことを、先代自身がどこかで感じ取っているからなんですよね。

この記事では、心理学の「心理的所有感」という視点を補助線にして、手続きの承継と「思考資産」の承継のあいだにある”ずれ”を、一つの親子のシーンから整理します。


この記事は、あなたのために書きました

健太さん(仮名)、38歳。
金属部品加工の会社を、父親から継いで2年目です。社員は30名ほどです。

株式の移転も、個人保証の切り替えも、税理士・銀行と一緒に、きちんと済ませました。
先代の父親は68歳。
引退と言っても、会長として、今も毎日出社しています。

この記事は、そんな健太さんのために書きました。

もし、あなたの状況が少しでも重なるならば、それはきっとあなたのための記事でもあります。

先に一つだけ、安心しておいてほしいことがあります。
この記事は、父親である会長を責める記事でもありませんし、あなたの未熟さを指摘する記事でもないということです。

できれば肩の力を思いっきり抜いて、読み進めて頂ければと思います。

一緒に読み進めてみましょう。


手続きは、本当に「全部」終わっていました

当然ながら、健太さんは、1ミリも手を抜いたわけではありません。

株価の算定も、贈与のスケジュールも、税理士の先生と何度も詰めました。
銀行では、個人保証の切り替えの書類に、自分の名前を書きました。
登記も変わって、名刺の肩書きも「代表取締役社長」になっています。

書類の上では、会社は間違いなく、“健太さんのもの”です。

それなのにです!
会議の最後になると、なぜか空気が会長のほうを向くのです。

健太さんが結論を出しても、工場長は、最後にチラリと会長の顔を見ます。
会長が何も言わなければそのまま進むし、仮に会長が「今回は見送りじゃな」と言えば、そこで止まります。

そのたびに、健太さんの頭の中では、二つの声が交互に鳴ります。

「親父は、結局、会社を手放したくないんだろう?」
「いや、親父が手放さないのは、俺がまだ頼りないからだろうか?」

一つ目は、父親を責める声です。
二つ目は、自分を責める声に近いもの。

この思考の果てを考えてみましょう。
どちらに転んでも、誰かが悪者になっていますよね。

そして、よく考えてみると、どちらの声も、次の月曜日の会議を、少しも楽にはしてくれないんですよね。

これは、健太さんにとっての建設的な思考と言えるのでしょうか?
もちろん、それが悪いと言っているわけではありませんからね。


判子を渡した日のこと

個人保証の切り替えが終わった日のことを、健太さんは、とってもよく覚えているそうです。(それはそうですよね?)

銀行の応接室で、最後の書類に署名と押印を済ませ、支店長と握手をして外に出ました。
帰りの車は、健太さんが運転していました。

しばらく黙っていた父親が、窓の外を見たまま、ぽつりとこう言いました。

「これで、判子は全部お前のもんじゃな」

それきり、会社に着くまで、父親は一言もしゃべらなかったそうです。

健太さんは、そのとき、ほっとしたという感じを覚えているようです。
これでやっと終わった。これで自分が社長だ、と。

確かに、事業承継に関わる手続きは、準備段階から考えると気が遠くなるほど長い感じですよね。

ただ、同時に、何かが引っかかるようなものも感じていました。
後で気づいたそうですが。
「判子は」という言い方が、妙に耳に残ったようなのです。

判子”は”、全部お前のもの。
じゃあ、判子じゃないものは???

(裏読みしすぎだとは思いますが・・・)

ところが、その引っかかりの意味を、健太さんが実感するのは、それからずっと後のことになります。


心理学から、少しだけ補助線を引きます

ここで、私の専門でもある心理学の分野から、少しだけアプローチしてみます。
もちろん、覚える必要はありませんので、サラッと読み進めてくださいね。

組織心理学に「心理的所有感(Psychological Ownership)」という考え方があります。

ピアースらが2001年に整理したもので、「これは自分のものだ」という感覚は、法律上の所有とは別のルートで育つ、という理論です。

株を持っていても「自分の会社だ」と感じられないこともあるし、株を一枚も持っていなくても「これは俺の工場だ」と感じている職人さんもいるわけです。
感覚としては、とてもわかりますよね?

ピアースらは、この感覚が育つ道筋として、三つを挙げています。

道筋中身会長(父)健太さん
コントロール自分の意思で動かせる40年、自分で動かしてきた書類上の権限はある
深く知ることなぜそうなるのかまで分かっている取引先の癖も、機械の寿命も、体に入っているまだ「結果」しか知らない
自分を注ぎ込むこと時間や労力、人生を投じてきた人生の大半を注いできた注ぎ始めて2年

実はこうして並べると、見えてくるものがあります。

手続きが移したのは、一つ目の「コントロール」の、しかも”書類上の”部分だけなんです。
二つ目の「深く知ること」は、どんな書類にも書かれていません。

そして、会議の最後に空気が会長のほうを向くのは、まさにこの二つ目が、まだ会長の中にしかないからなんです。

これは、心理作用が大きく作用しますから、ちょっと難しいところかもしれません。


実は、ここからが面白いところです

あるとき、健太さんと会長、お二人からのご依頼で、私は会長のお話を、何度かに分けてじっくり伺うことになりました。

最初のうち、会長はいつもの調子でした。
「なんとなくじゃ」
「長年の勘よ」。

デコーダーである私としては、聞き慣れた言葉です。

面談を進めて、3回目くらいだったと思います。
例の、見送りになった加工機の話になったのです。

「あれはなぁ、別にあの機械が悪いわけじゃないよ」と会長は言いました。
そして、少し考えて、ひと呼吸あってから、こう続けられました。

「そう言えば……あそこの取引先は、だいたい7、8年でな、モデルが変わるんよ。次の切り替えは、たぶん再来年じゃろ。もしも今、あの機械を入れたらどうなる?ちょうど償却の途中で、作る物が変わってしまうじゃろ?平成の頃にな、一回それでえらい目に遭うたけぇの、今回は見送ったんよ」

健太さんは、その場で完全に固まりました。
それは、まったく初めて聞く話だったからです。

会長は、少し照れたように笑って、こう言いました。

「判子は渡した。じゃがのぉ、こういう話は、息子にひとつもしとらんのよ。言うたことがないけえ、あいつが知らんのは当たり前じゃけど。わしが最後に口を挟むのは、あいつを信用しとらんからじゃなくての。……わしの頭の中にあるもんが、まだあいつに渡っとらんというのが、自分でわかるからよな、難しいわい」

あの日、車の中で聞いた「判子は全部お前のもんじゃな」。
その「判子は」の意味が、ここでようやく、健太さんの中でつながったそうです。

会長は、会社を手放したくなかったのではありませんでした。
渡しきれていないものがあることに、誰よりも先に気づいていたのは、会長自身だったのです。

その数か月後の定例会議のことです。
別の設備の更新案が議題に上がったとき、健太さんは、結論を出す前に、こう尋ねたそうです。

「この機械を入れたとして、主要な取引先のモデル切り替えは、いつ頃になりそうですか?」

工場長が少し驚いた顔で、手元の資料をめくり始めました。
会長は、黙っていました。

ただ、腕を組んだまま、少しだけ口の端を上げていたそうです。

その日の会議は、会長の一言を待たずに終わりました。
健太さんが、会長と同じ問いを、自分の口で立てたからです。

実を言うと、「事業承継」というのは、手続きだけで終わるものではありません。

この事業承継の成否は、手続きの外にあるということを、ぜひとも今日は知って欲しいと思います。


問題は「人」ではなく、「渡っていないもの」にある

ここまで読んでいただいて、どうでしょうか?

健太さんが抱えていた二つの声、「親父の性格のせいだ」と「俺が頼りないせいだ」は、どちらも、問題を「人」の中に探していました。

でも、「本当の問題」は、人の中ではなく、親子の”あいだ”にありました。
少しややこしいですが、わかりますか?

父親が経営者としての、40年分の判断基準が、まだ言葉になっていないから、だから渡りようがなかった。
ただ、それだけのことだったのです。

観点手続きの承継思考資産の承継
渡すもの株式、個人保証、代表権、登記判断基準、経験則、「なぜそうするか」
担い手税理士・銀行・司法書士まだ誰も担っていないことが多い
完了の目印書類への署名と押印後継者が先代と同じ問いを自分で立てられること
終わっていないときのサイン手続きが止まる会議の最後に、先代の一言が必要になる

表の一番下を、もう一度見てください。

会議の最後の”親父の一言”は、父親の頑固さの証拠でも、あなたの未熟さの証拠でもありません。
まだ渡っていないものが残っている、ということを知らせてくれる、メーターのようなものなんですよね。

メーターが振れているなら、責めるべきは人ではなく、まだ言葉になっていない判断基準のほうです。

そして、それは、ちゃんと言葉にすれば、渡すことができます。

でも、ここが一番難しいことですけどね。
詳しいことは、別の記事で書いていますので、ぜひ読んでみてください。


健太さんへ

社長は俺なのに、会議の最後は親父の一言で決まる。
その悔しさは、本物です。
我慢しなくていい感情です。

ただ、その一言を「親父が手放さない証拠」として受け取るのを、少しだけ保留してみてください。
父親自身も、あなたに渡しきれていないものがあることを、たぶん、どこかで感じています。

手続きは、もう終わっています。
残っているのは、父親の頭の中にある「なぜ」を、あなたの言葉にする作業です。

ぜひ、ここを知って欲しいと思っています。


税理士・銀行員の皆さまへ

株式の移転も、個人保証の切り替えも、皆さまのお力で、きちんと終わっています。
その仕事に、足りないところはありません。

ただ、手続きが終わった後の後継者が「何も渡されていない気がする」と感じていることも、知っておいていただけたらと思います。

それは、皆さまの仕事の外側に、もう半分の承継が残っているというサインです。

そこはきっと手を出しなくない、出す時間もない、手段もない、そんな領域かもしれません。
でも安心してください。

今は、ちゃんとその役割を担う者、私がいます。


「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ(夕燈)
デコーダー/心理カウンセラー/作家


もしも、この「手続きは終わったのに、何も渡されていない」という感覚に心当たりがある方は、ぜひ以下のHUB記事もあわせてお読みください。

【HUB記事】

親子間の事業承継がうまくいかない本当の理由──会社は継げても、先代の「思考資産」は継げていない

親子間の事業承継がうまくいかない本当の理由──会社は継げても、先代の「思考資産」は継げていない
親子間の事業承継がうまくいかない本当の理由日本では毎年、多くの中小企業が黒字でありながら廃業を余儀なくされています。その背景には、会社という「箱」は継げても、先代の脳内にある本当の強み――「思考資産」が継承されていないという、事業承継の“中…

※「思考資産」とは?……もしよければ私の著書「思考資産」を読んでみてください。


それではまた、お会いしましょう。

霧香ゆうひ

著者プロフィール
kirika-yuhi

著者:詳細プロフィール

「思考資産」承継デザイン研究所 
所長: 霧香 ゆうひ(夕燈) デコーダー/心理カウンセラー/作家

1961年生まれ。広島を拠点に全国の事業承継現場で、経営者と後継者の「魂の同期」を支援する専門家。
30年のHRキャリアで組織の力学を、14年の心理カウンセラー経験で人間の深層心理を、11冊の著書を通じて言葉の精錬技術を磨いてきました。

この三つが交わる場所に、私の専門領域があります。

私が提唱する「思考資産」とは、経営者の脳内に点在する「記憶・判断・哲学」をデコード(解読)し、次世代が迷わず使える「経営深層論理(DDL)」として構造化したものです。

法的・税務的な手続き(箱の整理)は専門家に委ね、私はその「中身(魂)」を救い出すことに全力を注ぎます。

一人の経営者の暗黙知を救うことは、組織を救い、文明が積み上げてきた知恵の総量を守ることに繋がる——これが、私がこの仕事を続ける理由です。

3万人超の事業承継・組織再生の現場に伴走してきた、日本唯一のデコーダー。

霧香ゆうひ

kirika-yuhiをフォローする
二代目の苦悩

コメント