「このままじゃ、俺の代で会社が終わってしまう」——その焦りが、会社をさらに動かなくしていく皮肉
事業承継から1〜3年、既存事業の停滞に直面した二代目社長が陥る悪循環とは?
今期の売上のグラフを、何度も何度も見返していました。
しかし、何度見ても、去年とほとんど変わらない。
いや、正確に言うと、微かに落ちている程度。
だけどそれも誤差範囲として吸収できる。
その見たままに、これは誤差の範囲だと、自分に言い聞かせようとしました。
でも、頭の中では、別の声がしていませんでしたか?
「これ、まずいんじゃないか?」
30-Second Summary
事業承継から1〜3年が経つと、多くの二代目社長が、既存事業の頭打ちという現実に直面します。
焦りを感じた二代目は、新規事業や改革に乗り出そうとしますが、社内の協力が得られず、空回りしてしまうケースが少なくありません。
実際に私は、そんな二代目社長の苦悩と何度も向き合ってきました。
そして、その結果、そこにある共通項を見つけました。
この記事では、組織心理学の「脅威硬直性理論」という視点から、なぜ焦れば焦るほど、かえって組織が動かなくなってしまうのか、その皮肉な構造を整理します。
停滞と焦りの中で、必死にもがいている後継者の方はもちろん、税理士・銀行員の方にも、顧問先・融資先の二代目社長が抱えるこの時期特有の心理として、お読みいただければと思います。
継いだ当初の野望は、どこへ行ったのか?
継いだばかりの頃は、正直、意気揚々としていました。
自分ならではの色を、この会社で出したい。
新しいことに、いくつも挑戦したい。
そんな(抱えきれないほどの)野望を、胸に抱いていたはずですよね。
でも、1年、2年と経つうちに、目の前の現実が、その野望を静かに削っていったかもしれません。
既存事業は、思ったほど落ちていない。
とは言っても、伸びてもいない。
この「横ばい」という状態が、実は一番、怖いのです。
後で説明しますが、ほんとうに精神的にもきつい状態に陥ることがあります。
当然ながら、急に傾いたら、誰の目にも危機として映ります。
でも、じわじわとした横ばいは、誰にも気づかれないまま、確実に会社の体力を削っていくことに気づける人は意外と少ない。
「このままじゃ、まずい」
そう感じ始めたのは、ちょうど、2年目に差し掛かった頃でしょうか。
慣れてきたころ襲いかかってくる「こんなはずじゃないんだけど」という、説明しようのないストレス。
実は、ここからが面白いところなのです
落ちているわけではないけど、でも伸びないという、説明のしようがない危機感を覚えた二代目は、思い切って、新規事業の案を、幹部会議に提出しました。
もちろん、自分なりに、時間をかけて、練りに練った案でした。
既存事業だけに頼らない、新しい柱を作る。
そんな未来を、資料に込めたつもりでした。
会議室で、資料を配りながら、説明を始めました。
「今のままだと、正直、じり貧になると思っています。だから……」
言葉が、少し早口になっていたかもしれません。
自分でも、焦りが声に出ているのがわかりました。
説明が終わると、部屋は、シーンと静かになりました。
誰も、反対とは言いません。
でも、誰の顔にも、「これって、本気でやる気なのだろうか?」という戸惑いが、浮かんでいるのが読み取れます。
「いいとはもうんですが、もう少し、慎重に検討したほうが……」
「手を広げるよりも、今の事業も、まだ十分やれることがあるのでは……」
案は、その場で否決されたわけではありません。
でも、結局、次の会議、また次の会議と、先送りにされ続けました。
提案した二代目は、思いました。
「なんでだ?どうしてみんな、危機感がないんだ?」
全く同じでなくても、似たようなシチュエーションを、もしかするとあなたも経験したことがありませんか?
競合他社は、わずかにでも伸びている、ところがうちは横ばい。
今のままではまずいことにどうして気づいてくれないんだ?
でも、実は、これは順番が逆だったのです。
だから、二代目と幹部社員との間に見えない壁が立ちはだかったのです。
焦れば焦るほど、なぜ組織は動かなくなるのか?
少し、私の専門である心理学の側面からアプローチしてみましょう。
じつはこれ、組織心理学の「脅威硬直性理論(Threat Rigidity Theory)」で、かなり鮮明に説明がつきます。
1981年、経営学者のスタウ、サンデランズ、ダットンが提唱した理論です。
(覚えなくていいですよ(笑)…)
この理論が明らかにしたのは、こういうことなんです。
組織や個人というのは、脅威(危機や衰退の兆し)を感じ取ると、かえって情報処理の幅を狭め、使い慣れた、これまでのやり方に、より強くしがみつこうとする、ということです。
つまり、危機感というものは、伝われば伝わるほど、人を大胆にするどころか、より保守的に、より慎重にさせてしまうんです。
なんとなくわかるんじゃないですか?
二代目が焦って発した「このままじゃまずい」という言葉は、社員たちにも、確かに届いていました。
でも、その危機感は、「新しいことに挑戦しよう」という前向きな力にはならず、むしろ「今、下手に動いて、状況を悪化させたくない」という、守りの姿勢を強めてしまったのです。
二代目が危機感を強く出せば出すほど、組織は、かえって動かなくなる。
これが、この時期特有の、一番皮肉な構造です。
焦りの奥にある、三つの声
ここで、少し、二代目自身の内側にも、目を向けてみたいと思います。
では、なぜ、そこまで焦りが出るのでしょうか?
実は、この焦りの奥には、いくつかの声が、複雑に絡み合っています。
(少しだけ説明をしておきます)
一つは、「こんなはずじゃなかった」という声です。
継ぐ前に思い描いていた未来と、今、目の前で起きている横ばいの現実。
そのギャップに、静かに打ちのめされています。
もう一つは、「やっぱり俺じゃダメなのか」という声です。
新規事業の案が、思うように進まないたびに、この声が、少しずつ大きくなっていきます。
自分の経営者としての能力そのものを、疑い始めてしまうのです。
そして、もう一つ。おそらく一番重たい声です。
「俺が、この会社を傾かせたら、親父に顔向けできない。」
そしてこの三つ目の声は、実は、あなた個人の弱さから来ているものではありませんので、誤解されないようにして下さい。
ご存じのように、日本には、古くから
「失敗は許されない」
「一度失敗した人間には、”終わり”という烙印が押される」
こんな根深い価値観があります。
これは、子どもの頃から、知らず知らずのうちに、私たちの中に刷り込まれてきたものです。
会社を潰すということは、単なる経営上の失敗ではなく、この文化の中では、人格そのものへの評価と、直結してしまうのです。
だから、あなたが感じている恐怖は、決して大げさではありません。
むしろ、この国で生まれ育った経営者であれば、誰もが多かれ少なかれ、抱えているはずの重さです。
まずは、この恐怖の正体が、あなた個人の弱さではなく、この国が、長い時間をかけて作り上げてきた空気そのものであることを、知っておいてください。
この声は、単なる経営上のプレッシャーではありません。
先代への、そして自分自身への、存在をかけた恐怖に近いものです。
この三つの声が、同時に鳴り響いている状態で、冷静な経営判断を下せというのは、正直、かなり酷なことだと思います。
焦りは、間違っていない。ただ、伝え方が間違っていた
ここで、はっきりさせておきたいことがあります。
二代目が感じていた危機感そのものは、間違っていません。
むしろ、経営者として、正しい感覚だったはずです。
問題だったのは、危機感の中身ではなく、その危機感を、そのまま剥き出しで、周囲にぶつけてしまったことでした。
「このままじゃまずい」という言葉は、聞いた側にとっては、ただの不安の表明にしか聞こえません。
不安をぶつけられた組織は、脅威硬直性理論の通り、身を固くするだけです。
必要だったのは、危機感を伝えることではなく、その危機感の中に、社員たちが安心して動ける根拠を、一緒に示すことでした。
危機感をそのまま伝えた場合/安心材料とともに伝えた場合
| 観点 | 危機感をそのまま伝えた場合 | 安心材料とともに伝えた場合 |
| 社員が受け取るメッセージ | 「まずい、危ない」という不安 | 「乗り越えるべき課題」という前向きな認識 |
| 組織の反応 | 萎縮し、現状維持に固執する | 検討・提案が動き出す |
| 二代目自身の心理 | 焦りがさらに強くなる | 一人で背負う感覚が和らぐ |
こうして並べると、伝え方一つで、組織の反応が、まったく変わってくることが、よくわかると思います。
では、その”安心材料”は、どこから来るのか
ここで、もう一つ、大事な問いが残ります。
安心材料を示せと言われても、二代目自身が、一番不安を抱えている当事者です。
そんな余裕、どこから持ってくればいいのでしょうか。
具体的に、三つの動き方があると思います。
一つ目は、危機感を、いきなり全社に投げないことです。
最初に伝えるべきは、社員全員ではなく、社内で一番信頼できる、たった一人の理解者です。
その人と一緒に、「なぜ今動くべきか」を、時間をかけてすり合わせておく。
一人でも味方がいる状態で会議に臨むのと、完全に一人で臨むのとでは、伝わり方がまったく変わります。
二つ目は、”危機”ではなく、”すでにできている小さな成功”から話すことです。
脅威硬直性理論が教えてくれるのは、人は脅威を感じると身構えるということでした。
であれば、最初の切り口を、「まずい」ではなく、「実は、ここは、もう成果が出ている」という、小さな手応えのある事実から始めるべきです。
安心した状態でなら、人は次の一歩について、初めて前向きに考えられます。
三つ目は、先代に、”当時の危機”ではなく、”当時どう伝えたか”を、具体的に聞くことです。
「あの時、大変だったな」で終わらせず、一歩踏み込んで聞いてみてください。
「あの時、社員にはどう説明したんですか?」
「最初に、誰に相談したんですか?」
「反対されたとき、どうやって説得したんですか?」
先代の記憶の中には、危機そのものよりも、その危機を、どうやって周囲の安心材料に変換したかという、今の二代目にそのまま使える”伝え方の型”が眠っています。
これは、経営判断そのものよりも、実はずっと再現しやすい知恵です。
危機感は、あなた一人で抱え込むものではありません。
そして、それを安心材料に変える技術は、案外、すぐそばに眠っているのです。
あなたが今、焦りの中にいるなら
もし今、既存事業の停滞に焦りを感じ、それでも周囲がついてきてくれないと感じているなら。
それは、あなたの危機感が間違っているからではありません。
その危機感を、安心材料に変換する術を、まだ知らないだけです。
そして、その術のヒントは、案外、先代がかつて乗り越えてきた、似たような局面の中に、眠っているのかもしれません。
会社を継ぐということは、決算書や組織図を引き継ぐことだけではありません。
先代が過去に乗り越えてきた、危機の乗り越え方そのものを、引き継ぐことでもあります。
もう一歩、踏み出してみませんか?
税理士・銀行員の皆さまへ
顧問先・融資先の二代目社長が、新規事業や改革の話を持ち出しては、社内の反対で頓挫している。
そんな場面に、心当たりはありませんか。
これは、アイデアの良し悪しの問題ではなく、多くの場合、危機感の伝え方そのものが、組織を萎縮させてしまっていることが原因です。
この構造を知っているだけでも、経営者へのアドバイスの角度が、変わってくるかもしれません。
「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ
デコーダー/心理カウンセラー/作家
もしも、この「焦りと組織の空回り」というテーマにご関心を持たれた方は、ぜひ以下のHUB記事もあわせてお読みください。
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親子間の事業承継がうまくいかない本当の理由──会社は継げても、先代の「思考資産」は継げていない

※「思考資産」とは?……もしよければ私の著書「思考資産」を読んでみてください。
それではまた、お会いしましょう。
霧香ゆうひ

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