先代社長の意見が変わるのはなぜ?言葉の裏を読み解く『承継の翻訳学』
「なぜか親父は、口を開くたびに言うことが変わる……」
そんな状況が続くと、二代目社長は孤独でつらい気持ちになりますよね。
正しい判断が分からなくなり、自分で自分の首を絞めてしまう。
そんな経営者の方を、私はこれまで多く見てきました。
昨日は「値上げしろ」と言われたのに、今日は「様子を見ろ」と言われる。
先週は「あの取引先を切れ」と言われたのに、今週は「もう少し様子を見よう」と言われる。
振り回されているような感覚に、疲れ果ててしまう後継者は少なくありません。
「結局、何が正解なんだ」
「自分はどう動けばいいんだ」。
そう問い直すたびに、答えは見つからず、ただ疲労だけが積み重なっていく。
周りに相談しても、「そういうものだよ」「経営者ってそんなもんだ」と片づけられてしまい、根本的な解消にはなりません。
この孤独感、経験したことがある方も多いのではないでしょうか。
私が提唱し、構築している「承継の翻訳学」(日々アップデートしています)は、事業承継の本質を突く、これらの多くのことをカバーしています。
今日はその中から、「なぜ?」シリーズにもつながる、こんなテーマを翻訳してみたいと思います。
親でもあり、先代社長でもある経営者の意見が、なぜコロコロと変わるのか?
「コロコロ変わる」と感じているのは、実は後継者だけ
最初に結論から言ってしまいますね。
実は、コロコロと変わっていると思っている(感じている)のは、後継者である息子、だけなのですよね。
実は、父親の40年の経験から積み上げた暗黙知から出てくる言葉は、相手・状況・時代・環境などを総合的に察知して、その時の最適解を、超高速演算によって導き出しているものです。
先週「攻めろ」と言った案件に、今週は「様子を見ろ」と言う。
矛盾しているように聞こえます。
でも先代の頭の中では、取引先の資金繰りの噂、業界の景気の空気、担当者の顔色といった、数値化されていない情報が、先週と今週で少しずつ変わっている。
だから、出てくる結論も変わる。先代の中では、実はまったく筋が通っているのです。
考えてみれば、これは不思議なことではありません。
長年勘を頼りに現場を回してきた人ほど、「今日はなんとなく、この人の言うことは信用できない気がする」というような、言葉にしづらい判断を積み重ねてきているものです。
それが、外から見ると「気まぐれ」に映ってしまう。
翻訳を知らない後継者の目には、「なぜか親父は口を開くたびに意見が変わる」と映り、困惑するばかりです。
こんなこともあります。
新しい設備投資の相談をしたとき、最初は乗り気だった先代が、数日後には急に慎重になった。
理由を聞いても「まあ、もう少し考えよう」としか言われない。
後継者からすれば、態度が急変したようにしか見えません。ですが、その数日の間に、先代は取引先の業界動向や、同業者からの立ち話、銀行担当者のふとした一言など、いくつもの断片的な情報に触れていたのかもしれません。
それらが本人の中で結びついて、「今は時期ではない」という結論に至った。
しかし、その結びつきのプロセスは、本人にも意識できていないため、説明のしようがないのです。
このことが積み重なると、後継者は「正しい判断とは何か」がわからないまま、自分で自分の首を絞める経営に進んでしまいます。
今日はどちらの顔色を伺えばいいのか、何を基準に決めればいいのか。
判断の軸を失ったまま、ただ疲弊していくことになるのです。
暗黙知という、心理学・哲学の視点から見えてくること
少し深掘りしてみましょう。
この現象を説明するのに役立つ考え方に、暗黙知(タシット・ナレッジ)というものがあります。
ハンガリー出身の科学哲学者、マイケル・ポランニーが1966年の著書で提唱した概念で、「人は、自分が知っていることのすべてを、言葉で語ることはできない」という人間の知のあり方を指しています。
熟練した職人が、なぜその力加減で道具を扱えるのか、本人にもうまく説明できない。
ベテランの医師が、検査データだけでは見えない異変に、経験的に気づく。
自転車の乗り方を、言葉だけで他人に完璧に教えることができないのも、実を言うと同じ原理なのです。
これらはすべて暗黙知の働きです。
知識や判断力が、言語化できる部分(形式知)と、言語化できない部分(暗黙知)の二層でできている、という考え方ですね。
ポランニーはこれを「われわれは、語ることができるより多くのことを知っている」という言葉で表現しました。
まさに、先代の頭の中で起きていることそのものです。
面白いのは、暗黙知は本人に自覚がないまま働く、という点です。
先代自身、「自分は40年分の情報を高速演算している」などとは思っていません。
ただ「なんとなく、そう感じる」としか自覚できていない。
だから、後継者に理由を聞かれても、答えようがない。「勘だ」「経験だ」としか言えないのは、嘘でも逃げでもなく、本人にとっての正直な答えなのです。
先代の40年は、まさにこの暗黙知の塊です。
震えるような修羅場をくぐり、資金繰りに走り回り、取引先に頭を下げ続けた経験は、マニュアルにも、経営理論にも、変換されていません。
だからこそ、先代自身にも、自分の判断基準を言葉で説明することができないのです。
ここが、後継者にとっての大きなつまずきどころです。
「説明してくれない」のではなく、「説明のしようがない」。
この違いを知らないまま向き合うと、後継者は「自分は信用されていない」「隠し事をされている」と受け取ってしまいがちです。
実際には、隠しているのではなく、そもそも本人の中でも言葉になっていないだけなのですが。
表で見る、後継者が見ている景色と、先代の中で起きていること
同じやり取りでも、両者の内側では、まったく違うことが起きています。
| 場面 | 後継者から見える景色 | 先代の内側で起きていること |
| 先週「攻めろ」、今週「様子を見ろ」 | 言うことが変わった、一貫性がない | 新しい情報(噂・空気・顔色)を踏まえた再計算 |
| 質問しても明確な理由が返ってこない | 説明する気がない、信用されていない | 判断基準そのものが言語化されていない(暗黙知) |
| 同じ状況でも先代と後継者で結論が違う | 自分の判断力が足りないのではと不安になる | 参照している情報量と経験の蓄積量が、そもそも違う |
こうして並べてみると、後継者を悩ませているのは、先代の「気まぐれ」ではなく、暗黙知という、そもそも言葉にならない情報の存在だとわかると思います。
左側の列だけを見ていると「一貫性がない人」に見えてしまいますが、右側の列に目を向けると、実は誰よりも一貫して、状況の変化に対応し続けている人だということが見えてきます。
実際にあった例をひとつご紹介しましょう。
ある製造業の後継者は、先代が新規取引先との契約を土壇場で見送ったことに、強い不満を抱いていました。
数字上は問題のない案件で、後継者から見れば「なぜ今さら断るのか」理解できなかったそうです。
理由を尋ねても、先代は「なんとなく、危ない気がしたんだ」としか答えてくれませんでした。
後日、その取引先が資金繰りの悪化で取引を停止したというニュースが業界内に流れました。
先代は、契約書には出てこない何か、担当者の些細な言葉の選び方や、業界内の噂話から、危険信号を感じ取っていたのです。
しかしそれを、契約の場でうまく説明することはできませんでした。
「危ない気がした」という一言の裏には、言語化されていない、しかし確かな根拠があったのです。
問題は温度差ではなく、「言語化できない」という壁
ここで問題なのは、親子間の温度差、というだけではありません。
むしろ本質的な問題は、先代が自分の判断基準という暗黙知を、言語化できないということなのです。
しかし、これは当たり前のことでもあります。
40年の震えるような経験からくる判断基準など、そう簡単に言葉にしようがないのですから。
本人にとっては「当たり前すぎて、説明する発想すらない」ことも少なくありません。
聞かれても「そんなの、なんとなくわかるだろう」としか返せない。それは意地悪でも、面倒くさがっているのでもなく、本当に、言葉という形になっていないのです。
ここで多くの後継者がとってしまう対応が、二つあります。
ひとつは、先代の言葉を額面通りに受け取り、そのたびに右往左往すること。
もうひとつは、「どうせ説明してもらえない」と諦めて、先代の意見そのものを聞かなくなることです。
どちらも、根本的な解決にはなりません。
前者は判断基準を持てないまま疲弊し、後者は暗黙知という貴重な資産に触れる機会を、自ら手放してしまうことになります。
どちらの対応にも共通しているのは、「先代の言葉には、まだ翻訳されていない理由がある」という前提を持てていない、という点なのです。
この前提があるだけで、先代の一言への向き合い方は、大きく変わってきます。
「また言うことが変わった」と苛立つのではなく、「今回、先代は何を察知したのだろう」と考える余地が生まれるからです。
もちろん、それをすぐに言葉として引き出せるとは限りません。
ですが、少なくとも、後継者自身の心の消耗は、確実に軽くなります。
だからこそ、第三者であるデコーダー、私のような存在が必要になるわけです。
先代の脳内にある「40年の震えるような経験」を紐解き、後継者が明日から迷わずに使える「経営判断の基準」へと翻訳していく。
それが、当研究所の役割です。
暗黙知のすべてを言葉にすることはできません。
ですが、その一部を、後継者が実務で使える形にまで翻訳することは可能です。
この作業を積み重ねることで、「なぜか意見が変わる」という混乱は、少しずつ「こういう基準で判断しているのか」という理解に変わっていきます。
まずは、脳内OSを解き明かすことから
もしも今、あなたも
「先代の言葉の真意がわからない」
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と一人で悩んでいるなら、まずは先代の脳内OSを解き明かす具体的なステップを知ることから始めてみませんか?
先ほどの契約見送りの例のように、先代の判断には、多くの場合、後から振り返れば筋の通った理由があります。
ただ、それがその場で言葉にならないだけなのです。
この暗黙知を翻訳できるようになれば、「今回はなぜ様子を見ろと言ったのか」を、後継者自身の言葉で言語化できるようになっていきます。
それは、次に同じような判断を、後継者一人でも下せるようになる、ということでもあります。
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当然のことですが、どちらも、今すぐ決める必要はありません。
まずは、自分の状況を言葉にしてみるところから始めてみてください。
もう、手探りの経営はここまでです。
「敵を知り己を知れば百戦危うからず」です。
まずは、知ることから始めてみましょう。
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ここまで読んで下さった方に。
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