「社長から会長」に変わった日、なぜ返事に一瞬の間があったのか?

「社長から会長」に変わった日。返事に、一瞬の間があった。

事業承継の後、息子から「会長」と呼ばれる先代の、言葉にならない寂しさとは?

「会長、今、少しよろしいでしょうか?」

会議室で、息子(二代目)がそう切り出しました。
資料を手に抱えて、ピンっと背筋を伸ばして。
だけど、他の役員に向けるのと、まったく同じ声のトーンで。

先代は、「ん?」と返しかけて、ほんの一拍、返事が遅れました。

「……ああ、何だ?」

周りの役員たちは、特に気にも留める様子もありません。
会長も、最近少し耳が遠くなったのかな。
まぁ、せいぜい、そのくらいでしょう。

でも、先代の心の中では、まったく別の声が鳴っていました。

“耳が遠いわけじゃない、呼ばれ慣れていないだけだ!”

何十年も、この会議室で呼ばれてきたのは「社長」でした。
そして家に帰れば、目の前に立つ男は、自分のことを「親父」と呼びます。
その同じ口から出てくる「会長」という言葉に、体が、まだ追いついていないのです。

まぁ、それは当然ですよね。

先代(会長)は、何事もなかったように資料に目を落としました。
誰にも気づかれていない、ほんの一拍の間。

でも、その一拍の中に、先代が誰にも言えない気持ちが、ぎゅっと詰まっていたんです。

威厳を旨として来た、元社長としては、悟られたくない一瞬の間、だったと思います。


30 Seconds Summary

会社を譲った息子から「会長」と呼ばれて、ふと寂しさを感じる。
まず、はっきりお伝えしておきますが、その寂しさは、決して恥ずかしいことではありません!

事業承継の後、先代は、周囲から敬意を受けながら、同時に、自分の役割を降ろされたとも感じています。
しかもその気持ちは、税理士や銀行員がつい口にする「会長のご意向は?」という視線によって、さらに揺さぶられていきます。

この記事では、社会学の「役割離脱」という視点から、先代が「降りたいのに、降りきれない」複雑な心理構造を整理します。
そうすることで、事業承継後の微妙な心理的な変化を整えて、自分を納得させることが出来ます。

以前の記事「会長、今よろしいですか?」では、後継者の側から、同じ会議室を見ました。
今回は、その向かいの席に座る先代の側から見ていきます。
二つの記事は、対にして読んでいただけるように書いていますので併せて読んでいただけると、より臨場感が出ると思います。


「会長」は、敬意の言葉であり、卒業の言葉でもある

今、70歳前後の先代経営者の多くは、バブルの頃、30代の働き盛りでした。

それこそ朝から晩まで働いて、夜は取引先と飲んで、翌朝にはまた現場に立つ。

飲み屋から出勤するなんてことも、日常的でした。

今なら考えられないような働き方を、当たり前のように駆け抜けてきた世代です。
(実は、私もその世代の一人なので、このあたりの空気は、肌感覚でよくわかるんですよね)

別にそれを自慢したいとかではなくて、もはや文化が違う世界を生きたということを前提にこの話を進めるための前置きです。

そんな中で会社を守りつつ、育てていき、社員と社員の家族の生活を背負ってきた。
「社長」という呼び名は、その全部を背負ってきた証のようなものでした。

ところが、ある日を境に、その呼び名が変わります。
昨日まで「社長」だった人が、今日から「会長」になる。

呼び名というのは、そのまま役割の名札なんですよね。
「会長」という名札には、確かに敬意が込められています。
長年の功労に対する、周囲からの感謝でもあると思います。

でも同時に、こういう意味も含まれていませんか?
「あなたはもう、現場の最前線に立つ人ではありません」
ひねくれすぎでしょうか?
だけど、本人から見れば、そう受け取らざるを得ない扱いを、随所で受けている気がするのです。

ですからそれは、敬意の言葉であると同時に、卒業の言葉でもある。
だからこそ、先代は、呼ばれるたびに一瞬だけ戸惑うのです。
(もちろん、慣れるまでの間のことかもしれませんが)

ただしここで、一つ大事なことがあります。
呼び名は、一日で変えられます。
名刺も、登記も、一日で変わります。

でも、何十年もかけて体に染み込んだ経営者の思考は、そうはいきません。
絶対に!です。

朝起きれば、今月の資金繰りが気になります。
雨が降れば、現場の段取りが気になるんです。
ふとした瞬間に、取引先の顔が浮かぶのは当然です。

呼び名が変わっても、経営者の頭の中は、そう簡単には退職できません!


役割を降りても、名残は残る

ここで少しだけ、私の専門でもある心理学・社会学の分野から、この気持ちを整理してみましょう。
難しい話ではないので、サラッと読み進めてくださいね。

社会学者のヘレン・エブォーは、人が長く担ってきた役割から降りていくプロセスを「役割離脱(Role Exit)」と名付けました。
名前は覚えなくて大丈夫です。

エブォーが明らかにしたのは、人は役割を降りた後も、その役割の「名残」を持ち続ける、ということです。
彼女はそれを「ハングオーバー・アイデンティティ」と呼びました。二日酔いのように、前の役割がしばらく抜けきらない状態です。

元看護師が、道で具合の悪そうな人を見ると、体が勝手に動いてしまう。
元教師が、若い人の言葉遣いを、つい直したくなる。
皆さんの周りにも、思い当たる方がいらっしゃるのではないでしょうか?

実は、先代経営者も、これとまったく同じなのです。
しかも、何十年という長さと、会社と自分がほぼ一体だった、その濃さを考えると、この「名残」は並大抵の強さではありません。
簡単に想像がつきますよね?

以前の記事で、後継者は「役割距離」、つまり「これは役割として演じています」という距離感を周囲に示そうとして、それを信じてもらえずに悩んでいる、というお話をしました。

実は、先代は、その裏返しの場所で悩んでいます。
後継者は「役割距離」で演じ分けようとして苦しみ、先代は「役割離脱」で降りきれずに苦しんでいるわけです。

同じ会議室の、向かい合った席で、二人はそれぞれ違う種類の苦しさを抱えているわけですね。

肩書きは降りられても、判断のクセは降りられません!


実は、ここからが面白いところです

ここで、少し私の経験からの話をします。

お名前や業種などはぼんやりとさせますけど、ある先代のお話です。

それは決算説明の場でのできごとでした。
会議室には、社長になった息子、会長になった先代、顧問税理士、そしてメインバンクの融資担当者。

税理士が、今期の数字を説明していきます。
売上、利益、借入の残高。

ところが、説明しながら、税理士の視線がふっと会長のほうに流れるんです。
融資担当者も、資料をめくりながら、ときどき会長の表情を確かめている。

おそらく本人たちは、まったくの無意識のはずです。
長年、この会社の決算の場で最後に頷いてきたのは会長だったので、つい、そちらを見てしまうんですよね。

その視線を感じたのでしょう。
先代が、口を開きました。
「わしはもう会長じゃけぇ。数字のことは、社長に聞いてくれ」

穏やかな声でした。
でも、机の下では、膝の上の拳を、ぎゅっと握りしめていたそうです。

見られることが、嬉しくなかったわけではありません。
まだ自分は必要とされている。
その実感は、正直、胸にじんわりと沁みたそうです。

でも同時に、苦しかった。
それはそうですよね?
自分が視線を受け止めるたびに、息子の居場所が、少しずつ削られていく気がしたから、だったようです。

帰りの車の中でのことでした。
助手席から窓の外を眺めながら、先代が、ぽつりと、こう言いました。

「あいつ、ちゃんと言えとったかの?」

私は「はい、しっかりと説明されていましたよ」とだけ答えました。
先代は、また外に目を向けたまま、しばらく黙っていました。

そして、こう切り出したのです。

「そう言えばのぉ、社長の椅子を息子に渡した日、わしは……」

実は、そこから語られたのは、社長交代の日の夜、一人で事務所に戻って、自分の机の引き出しを一つずつ開けていった、という話でした。

何を探していたわけでもなく。
ただ、何十年分の何かを、確かめたい心境だったっと。

「社長の椅子は渡したつもりじゃったが、肝心なもんはのぉ、何も渡しとらんような、、、いや、渡せとらんのじゃと思う」

私は、デコーダーとして、この「そう言えば」の瞬間には、何度立ち会っても息をのみます。

表向きの「社長に聞いてくれ」の奥に、本当はずっと渡したかった何かが、確かにあったわけです。

そして、ここで見えてくるのは、先代一人の問題ではない、ということです。
税理士や銀行員の、悪意のない視線が、先代の「降りる」を、実は邪魔しているということ。

先代は降りようとしているのに、いえ、降りたはずなのに、周り(無意識であるにせよ)が、まだ降ろしてくれないという現実を見たのです。

この会議室での出来事は、先代と二代目、両方に大きなダメージを与えていたのです。
しかも、波音一つ立てず、浸潤するような、深いダメージを。


先代が握っているのは、権力ではなく責任です

「引退したのに、いつまでも口を出してくる」
これは、後継者からも、社員からも、本当によく聞く言葉です。

でも、先代の話を丁寧に聞いていくと、見えてくるものが違ってきます。

先代が手放せないのは、社長の椅子ではありません。
「最後の責任」なんです。

もし、この先、会社が傾いたら?
それは、自分の選んだ後継者が悪かったのか。自分の育て方が悪かったのか。
いや、そもそも、自分が築いてきたやり方そのものが、もう時代遅れだったのか。

どう転んでも、最後は自分に返ってくる。
何十年も会社の全責任を背負ってきた人は、そういうふうにしか考えられないんですよね。

だから、つい口を出してしまう。
それは支配欲ではなく、責任感の、ちょっと不器用な表れなのです。

でも、だとすると???

逆の目線で見たら、先代は降りた、だけど降りれない理由がそこにはある。
だけど、後継者や幹部社員たち、税理士や銀行などからみると、降りたはずの先代に、ずっと“何か”を求めているという、不思議な構図が浮き彫りになります。

先代が握っているのは、権力ではなく責任です!

先代はずっと責任を引き受けているわけですが、この見えない歪な構造から見ると、周囲は、降りたはずの先代に責任を無意識のうちに押し付けてしまっていることになるわけです。

どうしてこんなことがおこっているのでしょうか?

ここは税理士や銀行員の方にも、少しだけ知っておいていただきたいところです。
会長に向ける視線は、長年の信頼と敬意の表れです。
それ自体は、とても尊いものです。

ただ、その視線が、先代に「まだ責任を降ろしてはいけない」と思わせる重荷にもなっていることを、頭の片隅に置いていただけたらと思うのです。

周囲が、心の底から「お疲れさまでした、あとは二代目に任せましょう」という態度に切り替わったときに、ほんとうに息子にバトン(=責任)を渡せた時ではないでしょうか?


周囲から見た「会長」と、先代自身が感じている「会長」

観点周囲から見た「会長」先代自身が感じている「会長」
呼び名の意味敬意・区切り役割の終わりの宣告
会議での沈黙口を出さない配慮言いたいのに言えない我慢
視線を向けられること決裁者への確認まだ必要とされている嬉しさと、降りきれない苦しさ

こうして並べてみると、同じ一つの呼び名が、まったく違う重さで受け取られていることがわかると思います。
どうですか?


経営者は、引退するのではありません。渡すのです

では、先代は、どうすればいいのでしょうか?

先代が本当に望んでいるのは、実は「降りる」ことではないんです。
「渡す」ことなんですよね。

何十年もかけて身につけた、判断の基準。
なぜ、あの時、あの取引先を選んだのか。
なぜ、あの年、設備投資を見送ったのか。

その一つひとつの判断の奥にある、まだ言葉になっていない基準こそが、私が「思考資産」と呼んでいるものです。

その基準を言葉にして、息子に渡せた時。
はじめて「会長」という呼び名は、「卒業した人」の呼び名から、「託した人」の呼び名に変わります。

そうなれば、会議室で「会長」と呼ばれても、もう一拍の間は生まれないはずです。

経営者は、引退するのではありません。渡すのです!

もし今、「会長」と呼ばれるたびに、胸のどこかがちくりとするなら。
その痛みは、あなたがまだ、渡したいものを持っている証です。

もし今、親父の返事が一拍遅れることに気づいたなら。
それは、親父がまだ降りきれていない証であって、あなたを認めていない証ではありません。

そして、決算の場で、つい会長の顔を見てしまう方へ。
その視線を、ほんの少し社長のほうへ向けるだけで、二人の肩の荷が、少しずつ軽くなっていきます。

世の中に溢れている、事業承継の難しさという問題の根源は、案外この辺りにあるのだと、私は思っています。

だからこそ、デコーダーとして、全力で、「先代の脳内を後継者が使える形にして渡す」ということを、Lifeworkとしてやっているわけです。


もしも、この「降りたいのに、降りきれない」というテーマにご関心を持たれた方は、ぜひ以下のHUB記事もあわせてお読みください。

きっと面白く読めるはずです。

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※「思考資産」とは?……もしよければ私の著書「思考資産」を読んでみてください。


「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ(夕燈)
デコーダー/心理カウンセラー/作家


それではまた、お会いしましょう。

霧香ゆうひ

著者プロフィール
kirika-yuhi

著者:詳細プロフィール

「思考資産」承継デザイン研究所 
所長: 霧香 ゆうひ(夕燈) デコーダー/心理カウンセラー/作家

1961年生まれ。広島を拠点に全国の事業承継現場で、経営者と後継者の「魂の同期」を支援する専門家。
30年のHRキャリアで組織の力学を、14年の心理カウンセラー経験で人間の深層心理を、11冊の著書を通じて言葉の精錬技術を磨いてきました。

この三つが交わる場所に、私の専門領域があります。

私が提唱する「思考資産」とは、経営者の脳内に点在する「記憶・判断・哲学」をデコード(解読)し、次世代が迷わず使える「経営深層論理(DDL)」として構造化したものです。

法的・税務的な手続き(箱の整理)は専門家に委ね、私はその「中身(魂)」を救い出すことに全力を注ぎます。

一人の経営者の暗黙知を救うことは、組織を救い、文明が積み上げてきた知恵の総量を守ることに繋がる——これが、私がこの仕事を続ける理由です。

3万人超の事業承継・組織再生の現場に伴走してきた、日本唯一のデコーダー。

霧香ゆうひ

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先代経営者の深層心理

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