継いで3年。俺、社長として何の手応えもないんだけど
決算は締めた。給料も払った。社員も一人も辞めていない|事業承継3年目の二代目へ
5月の終わり、3期目の決算がようやく確定した夜でした。
妻も子どもも、もう、とうに寝ています。
台所のテーブルで、缶ビールを一本だけ開けて、ソファに深々と沈みながら、愛用のスマホでいつものAIのアプリを開きました。
特に、何かを調べたかったわけではありません。
ほとんど無意識に。。。
でも、気がついたら、指がこう打っていました。
「会社を継いで3年。俺、何がしたくて継いだんだっけ」
ふと、送信ボタンの上で、指が止まります。
そして、ふっと読み直してから、一度その全文を消しました。
もう少しまともな文章にしようと、打ち直します。
「父親の会社を継いで3年目の二代目社長です。今期も黒字。社員も辞めていません。取引先も離れていません。なのに」
その「なのに」の先が、どうしても出てきません。
薄暗い部屋にぼんやりと浮かび上がった、薄青い画面の中で、カーソルだけが、静かに点滅していました。
30 Seconds Summary
親の会社を継いで3年目あたりの後継者の多くが、つかみどころのないモヤモヤを抱えています。
私はカウンセリングで、そんな二代目社長をたくさん見てきました。
会社は回っている。
黒字も出ている。
なのに、自分が経営をしている、会社を守っている、社員とその家族を守っているという実感が、どこにもない。
この記事では、その「手応えのなさ」がどこから来るのかを整理してみようと思います。
先に結論を少しだけ言うと、それは成果がないからではありません。
自分が何を守っているのかを測る「物差し」を、まだ受け取っていないからなのです。
この記事は、3期目の決算を終えた夜、AIの画面の前で手を止めている、たった一人のあなたのために書きました。
今のあなたに必要な光は、スマホの青白い画面ではなくて、ここにある灯台の光であるはずです。
何も起きなかった、3年間
この3年、あなたは何もしていなかったわけではありません。
それは、あなた自身も周囲も認めている真実です。
毎朝、誰よりも早く会社に行きました。
給料は、一度も遅れずに払いました。
大きな事故もありませんでした。
取引先に頭を下げ、銀行に足を運び、決算を締めました。
でも、ここでよーく思い返してみてください。
その中に、「これは俺の力でやりきった」と胸を張れることが、一つでも思い浮かびますか?
(ごめんなさい、責めているわけではないですよ)
顧問税理士は、決算の説明の最後に、穏やかに言います。
「順調ですね」
古参の社員は、悪気なく言います。
「会長の頃と、何も変わりませんね」
本当はそれらって、褒め言葉なんですよね。
でも、あなたはなぜだか、少しも嬉しくない。
うまくいけば「会長が40年かけて築いた信用の上に立った会社だから」
うまくいかなければ「どうも二代目になってからブレていないか?」
手応えは、いつの間にか父親の側に積もっていき、責任だけが、自分の側に積もっていく。
多くの場合、それは単なる思い込みなのですが、ほとんどの人は、そういう構造なんだと、ちょっと斜めから見てしまうんですよね。
3年目というのは、そのことに、ふと気づいてしまう時期なんです。
父親には、手応えがあった
ではなぜ、こんなことが起きるのでしょうか?
ここで少し父親の時代を、少し思い出してみましょうか。
父親は、ほとんどゼロから会社を作ってきましたよね。
新しい取引先が一つ増えれば、当然それは父親の手で生まれたものです。
社員が一人増えれば、それも父親が採った社員です。
初めて工場を建てた日、初めて銀行から大きな融資を受けた日。
それら一つひとつが、目に見える「手応え」として、父親に返ってきていたはずなんです。
一方で、二代目の役割はどうでしょうか。
父親と同じ「代表取締役 社長」であるはずなのですが。
二代目の仕事の大半は、すでにあるものを守ることですよね。
全く新しく、ゼロから築き上げることってほとんどありません。
特に、会社を継いで3年目という、若い社長の場合、その傾向は顕著です。
そして、守る経営というのは、うまくいけばいくほど、実は「何も起きない」んです。
何も起きない日々は、成果として、誰の目にも見えませんから。
自分の目にすら、見えません。
私は長く人事の仕事をしてきましたが、組織というのは、「何も変えずに今の状態を保つこと」に、実はいちばんエネルギーを使います。
何も起きなかった3年間は、何もしなかった3年間ではないんです。
ただ、それを「成果」と呼んでくれる人が、どこにもいないだけなんです。
ここが、父親と二代目の、決定的な違いです。
どちらが楽かとか、どちら優秀かなどという、比較する話ではありません。
手応えの返ってき方が、構造的にまったく違うのです。
まずは、全ての二代目にこの構造の在り方について知って欲しいと思います。
モヤモヤを晴らすのは、ここからです。
小さな空振りが、毎日一つずつ
組織心理学者のカール・ワイクは、「大きな変化は、小さな勝利の積み重ねから生まれる」と言いました。
いわゆる「スモール・ウィン」という考え方です。
きっと、経営を学んできたあなたは聞いたことがありますよね?
とは言っても、覚える必要はありませんが、3年目の二代目に起きているのは、ちょうどその逆ということになるのですが、わかりますか?
手応えがない。
だから、自分から何かを仕掛ける気力が湧かない。
仕掛けないから、自分の成果が生まれない。
成果が生まれないから、ますます手応えがなくなる。
一つひとつは、誰にも気づかれないほど小さな空振りです。
でも、それが毎日一つずつ、静かに積み重なっていきます。
この小さな積み重ねは、ほんとうに侮れませんから。
そして、ここから先のことも、少しだけお話ししておきます。
サラッと読んでもらって大丈夫です。
この小さな空振りが、さらに何年も続いた先で、多くの後継者が、ある一文にたどり着きます。
「黒字のうちに畳めば、綺麗に終われる」
これは、私が後継者の方から、いちばん多く聞いた言葉です。
(もはや、吐露するようなうめきに近い声です)
この一文は、ある日突然出てくるものではありません。
今夜のような「何がしたくて継いだんだっけ」の、その先にあるものなんです。
だから、私は今、この記事を書いています。
実は、ここからが面白いところです
ここで、私のクライアントのお話を一つ挟ませてください。
父親の会社を継いで3年目の後継者さん、最初の面談の時に、こう言いました。
「この3年、正直、何もしていない気がするんです」
この、あまりにもぼんやりとした独白を私は何度も聴いてきたので、敢えてストレートに聞き返えしませんでした。
そして私は、デコーダーとして、こんなふうにお願いをしました。
「なるほど。それでは、あなたが社長として経営をやってきたこの3年で、『守ったもの』を、思いつくだけ挙げてみてください」
彼は、少し戸惑いながらも、ゆっくりと挙げ始めました。
値上げをしなかった、古い取引先が一社。
業績が落ちた年にも、辞めさせなかったベテランの職人が一人。
銀行に勧められても、手をつけなかった内部留保。
「今あげてもらった三つ、それぞれ、なぜそれを守ったんですか?」
彼は、答えに詰まります。
「なぜって?……それは、えーっと、父親がそうしていたので、ですかねぇ?」
しばらく沈黙が続いたあと、彼は、ふっと顔を上げました。
「そう言えば……あの取引先のことだけど、親父が一回だけ言ってたな。リーマンの年に、うちが一番苦しかった時、あそこだけは注文を切らなかったって」
その瞬間、明らかに彼の表情が変わりました。
「だとすると、俺……この3年、ちゃんと守ってたってことですよね?まぁ、もちろん理由も知らずにですけど」
この時、私は何も言っていません。
もちろん答えも教えれませんし、正解に誘導もしていません。
だけど、彼はちゃんと自分で、気づくべきことにたどり着いたのです。
後から教えてくれたことなのですが。
翌月、彼はその取引先に、自分から足を運んだそうです。
特に用件があったわけではありません。
ただ、リーマンの年のお礼を、父親の代わりではなく、自分の口から言いたかった。
相手がどう思うとか、そんな打算は微塵も考えず、ただ一言伝えたかったのだと、教えてくれました。
先方の社長は、少し驚いた顔をしてから、笑ってこう言ったそうです。
「その話を、息子さんから聞くとは思わんかったなぁ、あんた、ええ社長になるで」
帰りの車の中で、彼は、継いでから初めて「今日は、俺が仕事をした」と感じたと言っていました。
この、作り話のような、或いは感動ドラマのようなエピソードですが、実をいうと、この様な話は、私の周囲では日常茶飯事的に起こります。
それは、なぜでしょうか?
もう一度言いますが、私は答えを何一つ教えていないのです。
実感のなさは、成果のなさではない
彼は、3年間、確かに会社を守っていました。
守っていたものは、父親と同じでした。
違ったのは、ただ一つです。
父親は、自分がなぜそれを守っているのかを知っていました。
ところが…、彼は、知らなかった。
と言うより、むしろ解らなかったというべきでしょうか。
ちょっと理屈っぽく言うと。
理由を知らずに守っているものは、守れた日にも、何も返ってきません。
手応えというのは、成果そのものではなく、成果を測る「物差し」があって初めて生まれるものなんです。
| 守っているもの | 父親の頭の中にあった物差し | 物差しがない時の二代目の感覚 |
| 値上げしない古い取引先 | 一番苦しい時に、注文を切らなかった恩 | 利益を削っているだけに見える |
| 辞めさせないベテラン職人 | 腕は、一度手放したら二度と戻らない | 人件費が重いだけに見える |
| 手をつけない内部留保 | 次の不況で、社員を一人も切らないための金 | 銀行の言う通り、遊ばせているだけに見える |
こうして並べてみると、どうですか?
あなたのモヤモヤは、何もしていないから生まれているのではありません。
これは、絶対に!です。
やっていることの意味を、測る物差しが、まだ手元にないから生まれているんです。
それは、なかなか一人で掘り起こせるものではありません。
それならなぜ、AIに打ち込むのか?
冒頭の夜に、話を戻しますね。
あなたが、深夜、薄暗い部屋で、AIの画面を開いたのは、偶然ではないと私は思っています。
現実世界の中には、あなたがやってきたことを映してくれる鏡が、どこにもないと思うのです。
社員にも、奥さんにも、父親にも、こんなことは言えませんよね。
だから、せめて誰にも見られない画面に向かって言葉にして、自分がこの3年で何をしてきたのかを、確かめようとしているのだと思います。
そして一番重要なことをお伝えします。
そのスマホの画面(AI)の向こう側には、自分自身がいるのではないでしょうか?
実は、継いだ後の道のりを、冷静に振り返れる後継者は、ほとんどいません。
これまで多くの後継者と会ってきましたが、ほぼ皆無です。
でも、あの一文を打ち込んだ夜、あなたは、初めて自分の3年間を、少しだけ外から眺めようとしていたんじゃないでしょうか?
つまり、ほんとうは客観的に自分にこう問いかけてみたわけです。
「お前さぁ、この3年間、いったい何をやったんだ?」と。
ただ、正直にお伝えしておきます。
送信ボタンを押せば、AIはきっと、丁寧で前向きな答えを返してくれます。
でも、あなたが3年間守ってきたものに、どんな意味があったのか。
その答えだけは、AIにも出せません。
それは、あなたの会社の中で、父親が何十年もかけて決めてきたことだからです。
そして、その答えは、あなたの中にしかないのです。
そして、それを引き出すための鍵が、父親の脳内にしかないということを、今日はぜひ、知ってください。
後継者の皆さまへ
「何がしたくて継いだんだっけ」
その問いに、今すぐ答えを出す必要はありません。
ただ、忘れて欲しくないことがあります。
それは、あなたは、この3年、ちゃんと会社を守ってきたという事実。
足りないのは、成果ではありません。
自分が何を守っているのかを測る、物差しです。
そして、その物差しは、決算書にも、マニュアルにも書いてありません。
繰り返しますが、それは「父親の頭の中にしかないもの」です。
私は、それを「思考資産」と呼んでいます。
幹部社員・税理士・銀行員の皆さまへ
「順調ですね」「会長の頃と変わりませんね」
その言葉は、間違いなく誠実な評価だと思います。
ただ、もし機会があれば、もう一言だけ足してみてください。
「この3年、社長が守ってこられたものは何ですか?」
その問いに答えようとする時間が、後継者にとって、初めて自分の手応えに触れる時間になることがあります。
二代目社長が、真の経営者になるために、越えなければならない壁は、結構高いものです。
この問いは、その壁を越えるための、トリガーになり得る、とっても大切な一言でもある。
そのことを是非、覚えておいて下さい。
「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ(夕燈)
デコーダー/心理カウンセラー/作家
もしも、この「会社は回っているのに、手応えがない」というテーマに心当たりがある方は、ぜひ以下のHUB記事もあわせてお読みください。
【HUB記事】
親子間の事業承継がうまくいかない本当の理由──会社は継げても、先代の「思考資産」は継げていない

※「思考資産」とは?……もしよければ、私の著書「思考資産」を読んでみてください。
それではまた、お会いしましょう。
霧香ゆうひ(夕燈)


コメント