「俺、継ぐって一回も言ってないんだけどな」
親の会社を継ぐ前の後継者が抱える、「自分で選んでいない」苦しさの正体
お盆の帰省。
実家の座敷には、久しぶりに親戚が集まっていました。
ビールが二巡目に入った頃に、叔父が、健太に声をかけます。
「で、健太はいつ戻ってくるんだ? 兄貴ももう68だろう?そろそろ決めんとなぁ」
その一言で、一瞬、座敷が静かになりました。
健太は、思わず父親の顔を見ます。
父親は、何も言いません。
無言で枝豆に手を伸ばしたまま、聞こえなかったような顔をしています。
しかし、否定もしません。
「いやぁ、まだ、ちょっと……わからんのです」
そう場を濁して、グラスに口をつけながら、健太は心の中でこう呟きます。
『俺、親父の会社を継ぐなんて、一度も言ってないんだけどな』
それなのに、この座敷にいる全員(家族、親戚一同)の中では、それはもう決まっていることになっている感じです。
だから当然、母親も、叔父も、たぶん、親父も。
暗黙の了解がそこにあるような雰囲気でした。
そして、一番やっかいなのは……。
自分の中でも、どこかで「まぁ、俺もいつかは戻るんだろうな」と、健太本人が思っていること、なんですよね。
30 Seconds Summary
親の会社を「いつかは継ぐんだろうな」と思いながら、一度も自分で「継ぐ」と決めたことがない。
そんな後継者候補が抱える、言葉にしにくい苦しさがあることを知っていますか?
心理学では、自分で迷い、選ぶ前に、親や周囲が用意した役割を引き受けている状態を「早期完了(フォークロージャー)」と呼びますが、これがなかなか厄介のあのです。
この記事では、この「積極的に選んでいない苦しさ」の構造を整理します。
そして、デコーダーとして多くの先代にお話を伺ってきた中で見えてきた、少し意外な事実もお伝えします。
実はこの苦しさ、親子二代で、静かに繰り返されていることが多いのです。
このことを、詳しく心理分析することで、面白いことが見えてきます。
実は、この様な経緯で、父親の会社を継ぐ二代目が、後々苦悩に陥る傾向が強いということがわかってきているのです。
(確かな統計はないものの、傾向は見えています)
ということで今日はこの記事について言及してみます。
この記事は、あなたのために書きました
健太さん、32歳。
東京のメーカーで営業をしていて、社内でもそれなりに評価されています。
彼は経営学部の出身ですが、技術的な知見にも明るいため、社内でも、取引先でも重宝されているのです。
実家は、従業員25名ほどの金属加工会社です。
父親は御年68歳で、まだまだ現役の社長です。
とは言っても、健太さん自身も「いつかは戻るんだろうな」
そう思いながら就職して、気づけば10年が経ちました。
今の仕事が嫌いなわけではありません、むしろ楽しくて仕方ない。
そしてもちろん、家業が嫌いなわけでもありません。
ただ、帰省のたびに、胸の奥に小さな石が沈んでいくような感覚があるのは事実です。
今日のこの記事は、そんなあなたのために書きました。
もし、名前や年齢が少し違っていても、「あ、これは俺のことだ」と感じたなら、それはきっと、あなたのことです。
「嫌」なのではなく、「選んでいない」のがしんどい
父親の会社を継ぐ前の息子さんとお話しする機会が多いのですが、よく、こんな話を聞きます。
「別に、継ぐのが嫌ってわけじゃないんですよね」
そう、まさにここが大きなポイントなんですよね!
継ぐのが嫌なら、話はある意味シンプルなのです。
だって、嫌なら断ればいいわけですから。
もちろん、それはそれで大変で、ハードルはありますけど。
でも、多くの後継者候補は、嫌なわけではありません。
かといって、「よし、継ぐぞ!」なんて、決めたわけでもないし。
小さな頃から、親戚や近所の人から「跡取りさん」と呼ばれて育った。
工場の人たちからは「坊ちゃん」と呼ばれていた。
進学先を選ぶ時も、「どうせ戻るんだから」という空気が、家のどこかにあった。
(全部、事実だ)
つまり、「父親の会社を継ぐ」という選択肢は、選ぶ前から、もうそこに置いてあったわけです。
周囲も、当然のように「この子が二代目」という目で見ていたのですから。
ところが、人間というのは不思議なもので、自分で選んだわけではないものを、一生の仕事にする。
これが、じわじわと効いてくるんです、いろんな面において。
たとえば、東京の会社で、上司から「来年、新しいプロジェクトのリーダーをやってみないか」と声をかけられた時のこと。
本当なら嬉しいはずなのに、とっさに頭をよぎるのは、「でも、どうせ戻るしな」という一言だったりします。
目の前のチャンスに、全力で手を伸ばしきれない。
かといって、実家の会社のことを、本気で考えているわけでもない。
東京にいても、実家にいても、半分しかそこにいないような感覚。
これが、「選んでいない」人の、日常の正体なんです。
「嫌じゃないのに、なぜこんなにしんどいんだろうか?」
その答えは、実は、心理学の世界で、もう60年も前に整理されていますので、次の章で紹介しておきます。
「早期完了」という状態
ここで、ちょっと私の専門でもある心理学の分野からアプローチしてみます。
難しい話ではないので、サラッと読み進めてくださいね。
アメリカの心理学者ジェームズ・マーシャは、1966年、若者がどうやって「自分はこういう人間だ」というアイデンティティを確立していくのかということを深く研究しました。
マーシャが注目したのは、二つの経験です。
一つは「探索」。
いくつかの道を本気で迷い、比べ、悩んだ経験があるかどうか?です。
もう一つは「傾倒」。
最終的に、ある道に自分の意思で身を投じているかどうか?ということ。
この二つの組み合わせで、人の状態は四つに分かれます。
| 状態 | 探索(本気で迷ったか) | 傾倒(その道に身を置いているか) | 後継者にあてはめると |
| 達成 | あり | あり(自分で選んだ) | 他の道とも比べたうえで、「継ぐ」と自分で決めている |
| モラトリアム | 進行中 | まだ | 継ぐか、別の道か、今まさに本気で迷っている |
| 早期完了 | なし | あり(与えられた) | 迷う前から「継ぐもの」として生きてきた |
| 拡散 | なし | なし | 継ぐことも、他の道も、考えないようにしている |
健太さんは、どこに当てはまるでしょうか?
おそらく、「早期完了」ですよね。
早期完了の状態にある人は、外から見ると、とても安定して見えます。
迷いがなく、親の期待にも応えている。
でも、その安定というのが、親や周囲の価値観という、いわば「借りた土台」の上に建っているわけです。
だから、その土台が揺らぐ出来事……たとえば、東京で自分の力が認められたり、親戚に「いつ戻るんだ?」と急かされたりした時に、突然、足元がぐらつくのです。
考えてみれば、当たり前のことのように、自然な反応ですよね。
「あれ? 俺、本当に継ぎたいんだっけ?」となるのも当たり前です。
これは決して、親の会社を継ぐという覚悟が足りないからではありません。
一度も「選ぶ」という経験をさせてもらえなかった、できなかった。
ただ、それだけのことなんです。
でも、勘違いしないでくださいね。
これは、誰かが悪いと言っているのではありません。
「先代⇒二代目」が「父親⇒息子」という関係性は、記録の残っている昔から、延々と続いているものなのですから。
ただ、少しだけ言うと、今の時代にあっているのか?という疑問も出てきますが。
実は、ここからが面白いところです
以前、私のクライアントである、先代社長にインタビューをしていた時のことです。
祖父が興した町工場を、40年以上守ってきた72歳の方でした。
その日のテーマは、息子さんへの承継でした。
私は、何気なく聞きました。
「息子さんには、いつ頃から『継いでほしい』と伝えてこられたんですか?」
先代は少し考えて、こう答えました。
「いや、そりゃあ伝えたことはないのう。当然あいつも、わかっとるじゃろうと思うとるからの」
そして、湯呑みを置いて、しばらく黙ったあと、ぽつりとこう言ったのです。
「……そう言えば、ワシも、親父から『継げ』と言われたことは、一回もなかったような気がするのぉ」
私は、その瞬間にペンを止めました。
先代は、窓の外の工場を見ながら続けました。
「本心を言うとな、ワシは本当は、高校の先生になりたかったんよ。広大の教育学部にも受かっとったし。けどな、親父が倒れてのう。誰も何も言わんかったけど、ワシが戻るもんじゃと、みんな思うとった。ワシも、そう思うとった」
「高校の先生のこと、未練はなかったんですか?」
「もちろんじゃが……あったよ。40年、誰にも言わんかったがのう」
「このお話、息子さんには?」
「そんなことは言うとらんよ。こりゃあ息子には、よう言わん」
そう言って、高笑いされました。
わかりますか?
息子さんが今抱えている「選んでいない苦しさ」を、実は父親もまた、40年間、抱えたまま生きてきたのです。
しかも、誰にも言わずに。
そして、自分が言われなかったのと同じように、息子にも「継げ」とは言わなかったわけです。
早期完了は、親子二代で、そっくりそのまま繰り返されていたことになりますね。
実はこれ、デコーダーとして私が、何度も何度も出会ってきた光景なのです。
先代の口から「そう言えば」という言葉が出る瞬間、本人すら言葉にしてこなかった記憶と、その人の判断の根っこにあるものが、ふっと表に出てきます。
私はこれを、思考資産が顔を出す瞬間だと考えています。
※「思考資産」とは?……もしよければ私の著書「思考資産」を読んでみてください。
「選び直す」ことは、親父を裏切ることではない
では、健太さんは、どうすればいいのでしょうか?
選択の前に、どう心の整理をするべきなのでしょうか?
マーシャの理論に沿って言えば、早期完了から抜け出す道は、「継がない」と決めることではありません。
一度、ちゃんと迷うこと。
つまり、「探索」をやり直すことです。
継いだ場合の自分と、継がなかった場合の自分。
その両方を、本気で想像してみる。
たとえば、「もし親父の会社がなかったら、俺は何をしていただろう?」と、一度、紙に書き出してみる。
意外と、すぐには書けないものです。それ自体が、これまで一度も迷ってこなかった証拠なんですよね。
その上で「それでも継ぐ」と決めるのなら、それはもう「与えられた道」ではありません。あなたが「選んだ道」になります。
同じ「継ぐ」でも、まったく意味が違うんですよね!
ただ、ここに一つ、大きな問題があります。
本気で迷おうにも、判断材料が、あまりにも少ないのです。
父親が、なぜ40年もこの会社を守ってきたのか。
何を捨てて、何を選んで、どんな基準で決断してきたのか。
それを知らないまま「継ぐか、継がないか」を考えても、中身の見えない箱を前に悩んでいるようなものです。
そして、その中身は、親子の間では、なかなか語られません。
先ほどの先代も、「息子には、よう言わん」と仰っていました。
親子だからこそ、言えない話がある。
これは、私がこれまでの現場で、繰り返し見てきたことです。
(日本中にいる)健太さんへ
もし、帰省のたびに、胸の奥に石が沈んでいくような感覚があるなら。
それは、あなたが親不孝だからでも、覚悟が足りないからでもありません。
まだ一度も、自分で選ばせてもらえていない。ただ、それだけのことです。
そして、もしかしたら、あなたの父親もまた、同じ石を、何十年も抱えてきたのかもしれません。
だけど、このことを忘れないでください。
「選び直すことは、父親を裏切ることではありません!」
むしろ、父親がかつて選べなかったものを、あなたの代で、ようやく選ぶということなのかもしれません。
事業承継というと、株や財務の話が先に立ちます。
Googleで検索しても、AIに聞いても、出てくるのはそんな話だけですよね?
でも、本当に継ぐかどうかを決めるために必要なのは、父親が何を考えて、ここまで来たのか。その中身なのだと、私は思っています。
だからこそ、「株や財務」そして「承継の手続き」の話の、前と後ろに、もっともっと重要なものがあるということを知って欲しいのです。
「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ(夕燈)
デコーダー/心理カウンセラー/作家
もしも、この「自分で選んでいない苦しさ」というテーマにご関心を持たれた方は、ぜひ以下のHUB記事もあわせてお読みください。
【HUB記事】
親子間の事業承継がうまくいかない本当の理由──会社は継げても、先代の「思考資産」は継げていない

それではまた、お会いしましょう。
霧香ゆうひ


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