「会長、なんて呼ぶなよ」…息子に敬語を使われた日、親父が飲み込んだ一言

「会長、なんて呼ぶなよ」…息子に敬語を使われた日、親父が飲み込んだ一言

事業承継で社長の座を譲った先代が抱える”役割退出”の寂しさとは?

月曜の朝、八時半。
工場の二階にある会議室には、まだ切削油の匂いが、うっすらと上がってきています。

経営会議の途中で、資料をめくっていた息子(二代目)が、ふと顔を上げて言いました。

「会長、今よろしいでしょうか?」

一瞬、誰に言われたのか、わかりませんでした。
いえ、意識ではわかってはいたんです。
わかっていたけれど、体のほうが追いつかなかったのかもしれません。

「ん?……おう、なんだ」

そう返すまでに、ほんのちょっとだけ、間が空きました。
おそらく、誰も気づかないくらいの間です。

その日の帰り道。
いつもだったら、エンジンをかけてすぐにつけるラジオを、不思議と聴く気になりませんでした。

そして、家に帰ってからは、焼酎を、いつもより一杯多く飲みました。

「おい、ワシのことを“会長”、なんて呼ぶなよ」

喉元まで出かかったその一言を、きっとあなたは、本能的に飲み込みましたよね?

今日のこの記事は、そんなあなたのために書きました。


30 Seconds Summary

この記事は、事業承継で息子さんに社長の座を譲り、会長になった先代経営者のあなたに向けて書いています。

息子さんから初めて「会長」と呼ばれた日。
立場上、それが正しいとわかっていながら、なぜか胸の奥がスースーする。
その寂しさの正体を、社会学の「役割退出(Role Exit)」という視点から整理してみます。

結論を少しだけ先に言いますが、その寂しさの正体は、肩書きを失ったことなんかではありません。
おそらく深層心理が気付いていると思いますが「判断を求められる存在」でなくなったことであるはずなのです。

そしてその理由は、まだ息子さんに渡し切れていないものが、まだ、あなたの中にちゃんと残っている証拠でもあるんです。

隣でこの記事を読んでいる後継者の方なら、“お父さんの胸の内”を、少しだけ立ち聞きするつもりで読んでみてください。

きっと、微かなわだかまりが溶けて、経営という大きなものがスムーズに回り始めるはずです。


「会長」と呼ばれるのが正しいことは、誰より知っている

まず最初に、はっきりさせておきたいことがあります。

当たり前のことですが、あなたは、息子さんが「会長」と呼んだことに、腹を立てているわけではありませんよね。

むしろ、その逆であるはずです。

社員の前で、会長(父親)のことを「親父」と呼ぶ社長なんて、示しがつきません。
会議の場で公私を分けるのは、経営者として当たり前のことですからね。

息子さんは、その当たり前を、きちんとやったわけです。
たったそれだけのことです。

あなたが独立したのは、20代の終わりでしたね。
中古の旋盤を2台、借金して買って、古い自宅の横のプレハブで始めました。

最初の取引先に頭を下げに行った日のことも、納期に追われて工場に泊まり込んだ夜のことも、昨日のことのように覚えているはずです。

あれからもう、40年。
衷心の従業員は35人にもなり、自動車のエンジン部品を削る仕事で、家族と社員の暮らしを守ってきました。

しかも、磨いた技術で、一社依存ではなく、他のメーカーからも仕事が舞い込む。
もちろん、売り込んでもいないのに。
それは、素晴らしい実績です。

でも、ここ数年は、正直キツくないですか?

世界的なEV化の流れで、エンジン部品の注文は目に見えて減ってきたはず。
単価の値下げ要請は、毎年のようにやってくる。
さらに一番苦しいのは、若い人材が、なかなか入ってこない。

だからこそ、2年前、40歳になった息子さんに社長を譲りました。
新しい時代の舵取りは、新しい世代に任せたほうがいい。
そう判断したのは、ほかでもない、あなた自身だったはずです。

息子さんは今、医療機器の部品に活路を探しています。
それに対して、“口に出したことはない”けれど、その方向性は間違っていないと、あなたも内心で思っている。

だから、「会長」と呼ばれたことに、文句を言う筋合いはないんです。
なぜなら、全部、自分で決めたことなんですから。

それなのに、なぜ、あの日の帰り道は、あんなに静かだったんでしょうか?
今風に言うなら、モヤモヤしていたのでしょうか?


実は、ここからが面白いところです

私は、デコーダーという仕事をしていて、これまでほんとうに多くの先代経営者(引退した社長)の方から、じっくりと時間をかけてお話を伺ってきました。

実はその中に、あなたとよく似た方がいらっしゃいました。
金属加工の会社を一代で築いた、70歳手前の会長さんなのですが。

「息子さんに『会長』と呼ばれるようになって、寂しくはなかったですか?」

あるとき私がそう尋ねると、その方は、笑って手を振りました。

「まぁ、呼び方なんかの、どうでもええんよ。あいつももう、社長なんじゃけぇ、ケジメはつけんといけんけぇの」
にこやかに話されたのが印象的でした。

まぁ、そりゃあそうですよね(笑)、と私も頷いて、話は工場の昔話に移っていきました。

最初に買った旋盤のこと。
夜中に機械の調子を見に行っていたこと。
刃物が欠ける前には、必ず音が変わるんだということ。

その話をしている時の会長さんは、本当に楽しそうでした。
目尻が下がって、手が自然に動いて、まるで今、目の前で旋盤が回っているかのようでした。

ところが、ある瞬間、ふっと言葉が止まったんです。

「……そう言えばなぁ」

湯呑みを持ったまま、会長さんは、しばらく窓の外を遠い目をして見ていました。

「この前なぁ、3号機の音が、ちょっとおかしかったんよ。昔なら、すぐに機械を止めて刃物を見とったんじゃが。じゃが…今は、わしが止めてええんか?職長に言うべきか?社長に言うべきか?……ぐるぐる考えとるうちにの、機械のオペレーターが気づいて止めとったことがあってのぉ」

そして、少し間を置いて、こう続けられました。

「ほんとうに寂しかったんは、呼び方じゃないんかもしれんなぁ。機械の音がおかしい時に、もう誰も、わしに聞きに来んようになった。……それじゃろうなぁ、たったそれだけのことなんよのぉ」

これこそが、ご本人も、その瞬間まで気づいていなかった本音でした。

「会長」という呼び名は、きっかけにすぎなかったんです。
本当に胸に刺さっていたのは、自分の耳と判断が、もう会社の中で”呼ばれなくなった”ことのほうだったんですよね。

このエピソードを聞いて、もしかするとあなたにも、似たような瞬間はありませんでしたか?


なぜ、正しいとわかっているのに、寂しいのか?

ここで少しだけ、私の専門でもある心理学・社会学の話をさせてください。
難しい話ではないので、サラッと読み進めてくださいね。

アメリカの社会学者ヘレン・ローズ・エボーは、「役割退出(Role Exit)」という考え方を整理しました。
人が長年担ってきた役割を降りる時、その人の中で何が起きるのかを研究したものです。

エボーが示したのは、役割を降りても、その役割は、きれいには消えてくれないということです。

「元〇〇」という立場になった後も、かつての役割の感覚が、自分の中に残り続ける。これを「役割残余」と呼びます。

わかりやすい例えにするなら、長年付けていた腕時計を、それを外した後も、つい手首を見てしまう、あの感覚に近いかもしれません。
時計はもうないのに、手首のほうが、まだ覚えているんです。

40年、社長だった人の中には、「判断を求められる自分」が、深く染み込んでいます。
朝、工場に入れば、誰かが「社長、ちょっと」と寄ってくる。

トラブルがあれば、最後は必ず自分のところに話が来る。
それが、あなたにとっての日常であり、居場所でした。

会長になって、肩書きは確かに変わりました。
でも、「判断を求められる自分」という感覚は、手首に残った時計の跡のように、まだそこにあるのだと思います。

だから、息子さんが正しく「会長」と呼ぶたびに、その跡が、少しだけ疼くわけですね。

観点社長だった頃会長になってから
呼ばれ方「社長」「親父さん」「会長」
相談される内容現場のトラブルから資金繰りまで、ほぼすべて冠婚葬祭や、古い取引先との付き合い
判断の出番毎日、数えきれないほど求められる前に、誰かが決めている
機械の音に気づいた時すぐに止めて、自分で確かめる誰に言うべきか迷っているうちに終わる
自分の居場所工場の真ん中工場の端、あるいは家

こうして並べてみると、失ったのは「社長」という二文字ではないことが、よくわかりますよね?
「会長」という呼び名に直接反応したわけではなくて、心に空いたあなたに風が吹いた瞬間の寂しさを、あなたの深層心理が敏感に感じ取った瞬間だったのだと思います。


その寂しさは、まだ渡していないものがある証拠

ここで、一つだけ、あなたにお伝えしたいことがあります。

その寂しさの正体は、決して、年寄りの未練ではありませんので、ご安心を。

むしろ、あなたの中に、まだ息子さんに渡し切れていないものが、ちゃんと残っているという証拠なんですよ。

機械の音を聞き分ける耳。
どの取引先には、どこまで無理を聞いていいかという勘。
不況の時に、誰を守り、何を手放すかを決めてきた、40年分の判断の積み重ね。

私は、こうした目に見えない判断の蓄積を「思考資産」と呼んでいます。

当然ながら、株や設備は、専門家の手を借りて手続きを踏めば、息子さんに渡せます。
ところが、この「思考資産」は、呼び名が変わったからといって、自動的に引き継がれるものではありません。

そう、自然に伝わることはありません、絶対に。

それどころか、「会長」と呼ばれ、判断の出番がなくなるにつれて、誰にも聞かれないまま、静かにあなたの中にしまわれていきます。

そしてある日、そのまま、どこにも残らなくなって、消えてしまう日が来ます。
この重い意味、わかりますよね?

日本のモノづくりが、今、厳しい時代にあることは、誰よりもあなたがよく知っているはずです。

実は私自身、製造業の現場を長く見てきましたが、こういう時代だからこそ、図面にもマニュアルにも書かれていない「現場の耳」が、会社の最後の踏ん張りどころになると感じています。

その耳を、呼び名と一緒に置き去りにするのは、あまりにも惜しいと思いませんか?

だって、そのままあなたの中に仕舞ったままだと、やがて消えて無くなってしまうのですから。
それは、会社にとって、いえ、日本のモノづくり社会にとっての“取り戻せない損失”だということが言えます。

だからといって、息子さんに面と向かって「教えてやる」と言う必要はありません。
というか、それでは絶対に伝えきれるものではありません。
こんなことも、きっとあなたは知っているはずです。

それができないから、今、こうして胸の内に飲み込んでいるんですよね。
親子だからこそ、言えないことがある。
それは、ごく自然なことです。

だから、利害関係のない第三者が、あなたの話をじっくり聞き、その判断の中身を言葉にして、形に残すわけです。

それが、私がデコーダーとして取り組んでいる仕事であり、「回顧録」という選択です。

ただし、ここで言う「第三者」という役割は、誰にでも務まる…わけではありません。
このことについては、別途、詳しく触れていますので、是非参照してみてください。


隣で読んでいる、後継者の方へ

あなたが会議室で「会長」と呼んだことは、間違っていません。
むしろ、社長として立派なことです。

ただ、その呼び名の向こう側で、お父さんが何を飲み込んでいたのかを、少しだけ知っておいてほしいのです。

そして、もし機会があれば、一度だけ、工場の機械の前で聞いてみてください。

「親父、この音、どう思う?」と。

その一言が、お父さんにとって、どれだけの意味を持つか。
たぶん、あなたが想像している以上だと思います。


「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ(夕燈)
デコーダー/心理カウンセラー/作家


もし、この記事を読んで、何か胸に引っかかるものがあった方は、あわせて以下の記事もお読みください。
ここで書ききれなかった多くのことを網羅しているので、きっとあなたは、思いっきり頷かれるはずです!

【関連記事】


👉 「会長、今よろしいですか」そのすぐ後、家では「なぁ、親父よぉ」

「会長、今よろしいですか」そのすぐ後、家では「なぁ、親父よぉ」
「会長、今よろしいですか」そのすぐ後、家では「なぁ、親父よぉ」事業承継の現場で、後継者がいくら丁寧に演じ分けても報われない"役割距離"の孤独とは?「会長、今、少しよろしいでしょうか?」会議室で、後継者は、そう切り出しました。表情も、言葉遣い…


👉 「あいつは、ようやっとる」…その一言を、なぜ息子本人にだけ言えんのか?

自分史でも、自伝でもない。「回顧録」という選択

※「思考資産」とは?……もしよければ、私の著書「思考資産」を読んでみてください。

それではまた、お会いしましょう。

霧香ゆうひ

著者プロフィール
kirika-yuhi

著者:詳細プロフィール

「思考資産」承継デザイン研究所 
所長: 霧香 ゆうひ(夕燈) デコーダー/心理カウンセラー/作家

1961年生まれ。広島を拠点に全国の事業承継現場で、経営者と後継者の「魂の同期」を支援する専門家。
30年のHRキャリアで組織の力学を、14年の心理カウンセラー経験で人間の深層心理を、11冊の著書を通じて言葉の精錬技術を磨いてきました。

この三つが交わる場所に、私の専門領域があります。

私が提唱する「思考資産」とは、経営者の脳内に点在する「記憶・判断・哲学」をデコード(解読)し、次世代が迷わず使える「経営深層論理(DDL)」として構造化したものです。

法的・税務的な手続き(箱の整理)は専門家に委ね、私はその「中身(魂)」を救い出すことに全力を注ぎます。

一人の経営者の暗黙知を救うことは、組織を救い、文明が積み上げてきた知恵の総量を守ることに繋がる——これが、私がこの仕事を続ける理由です。

3万人超の事業承継・組織再生の現場に伴走してきた、日本唯一のデコーダー。

霧香ゆうひ

kirika-yuhiをフォローする
先代経営者の深層心理

コメント