「専門外だから」と、あなたは今日も静かに言う|融資担当者のジレンマ
銀行融資担当者が、事業承継案件で親子間の人間関係という「本当の火種」を感じ取りながらも、なぜかそれ以上踏み込まないのは、融資担当者の能力や誠実さの欠如ではありません。
それは、銀行員という「明確な役割」が課す境界線を、無意識に守っているからに他なりません。
社会学者アーヴィング・ゴフマンはこれを「役割距離」と呼びました。
きっとご存じの方も多いと思いますが、役割を演じる自分と、役割の外側で感じている自分との間に、意図的な距離を置く心理機制のことです。
ですが、逆に言うと、この距離があるからこそ、あなたは「融資担当者」として、プロフェッショナルを貫けているとも言えます。
ところが、同時にそのプロフェッショナル意識という、その距離感こそが、案件ごとの深層に潜む本質を、敢えて見過ごさなければならない原因にもなっています。
あなたは今、融資稟議書の、最後の一文を書き終えたところです。
数字はすべて揃っています。
担保評価、返済比率、事業計画——どれも文句のつけようのない美しい数字が整っています。
あなたはキーボードから手を離し、椅子に深くもたれかかります。
一息ついたその瞬間、頭の片隅を、小さな影がよぎります。
先週の面談で、後継者である息子が父親の顔色を伺いながら話していた、あの間(ま)。
父親が「うちのやり方はこうだから」と言い切ったとき、息子の表情に一瞬だけ浮かんだ、「何か」。
あなたはそれに、名前をつけられません。
つけようとも思っていません。
なぜなら、それは融資審査の項目には存在しない「何か」だからですよね。
「専門外です」という言葉の、本当の役割
あなたは、こう自分に言い聞かせていたはずです。
「これは家族の問題だ。銀行員である自分が踏み込む領域ではない」
この判断は、完璧に正しいのです。
実際、あなたの職務範囲を厳密に定義すれば、親子の感情的な軋轢は、確かに専門外です。
仮にそこに踏み込めば、逆に越権行為になりかねません。
当然、その対応には、相当な時間もかかります。
さらに、莫大なリソースを割くことにもなりかねません。
万が一、関係がこじれれば、取引先そのものを失うリスクさえあります。
だから、あなたは「専門外です」という言葉の裏に、静かに退避することになる。
もちろん、この場合のあなたにとってそれは「最適解」です。
ここで一つ、はっきりさせておきたいことがあります。
この退避は、決して逃げではありません。
これは、銀行員という職業が要求する、正当な「線引き」の技術です。
社会学者アーヴィング・ゴフマンは、人が社会的な役割を演じるとき、その役割に完全には没入せず、意識のどこかで「これは役割であって、本当の自分ではない」という距離を保つ現象を観察しました。
これを役割距離(Role Distance)と呼びます。
医師が患者の死を前にしても職務を全うできるのは、この距離があるからこそなのです。
裁判官が被告人に厳しい判決を下せるのも、同じ機制が働いています。
そして、あなたが融資審査という冷静な業務を日々こなせているのも、この役割の鎧を、無意識に着ているからなのです。

鎧は、あなたを守っている。同時に、何かを覆い隠している
ここまでの話だけを聞けば、役割距離は完全に合理的な、優れた心理的技術に思えるかもしれません。
事実、その通りで1ミリも間違いではありません。
しかし、この鎧には、一つだけ見落とされがちな性質があります。
少しだけ理屈っぽくなりますが・・・
鎧は、外からの攻撃を防ぐと同時に、内側の感覚を鈍らせる、という性質です。
あなたが「専門外です」と自分に言い聞かせるたびに、その言葉は、あなたの中の「気づいてしまった部分」に薄い膜を張ります。
一度、二度と繰り返すうちに、その膜は少しずつ厚くなっていくはずです。
そして数年後——気づいたときには、案件の「数字の裏側」を感じ取る感覚そのものが、鈍くなっているかもしれません。
いわゆる慣れかもしれません、もしくは習慣と呼べるのかもしれませんが。
ですが誤解しないでください。
これは、あなたが怠慢だからではありません。
役割距離という、極めて健全な心理機制が、意図せず引き起こす副作用なのです。
静止画と動画、そして「言えること」と「言えないこと」
先代と後継者の間にある本当の問題は、決算書という「静止画」には映りません。
それは、日々の判断のリズム、緊張、沈黙という「動画」の中にしか存在しないものです。
あなたは、その動画の断片を、面談のたびに確かに見ています。
しかし、稟議書という書式は、その動画を受け止めるようには設計されていません。
もちろん、稟議書にそんなことを書き込む欄はないはずです。
このギャップを、一度整理してみましょう。
| 稟議書に書けること | あなたが実際に感じていること | |
| 対象 | 財務数値・担保・返済計画 | 面談時の空気、言葉の間、表情の変化 |
| 性質 | 静止画(過去の結果) | 動画(現在進行形の関係性) |
| 評価基準 | 数値的・客観的 | 感覚的・経験的 |
| 記録の扱い | 正式な審査資料になる | 「気のせいかもしれない」として処理される |
| あなたの立場 | 銀行員として発言できる | 個人として確信はあるが、発言の場がない |
この表が示しているのは、あなたが無能だという話では、まったくありません。
あなたの職業が持つ「言語」には、この違和感を表現する語彙が、そもそも用意されていないという、構造の問題です。
ある地方銀行員の、退勤前の一瞬
M氏(40代・地方銀行融資課)は、ある製造業の事業承継案件を、三年にわたって担当していました。
先代は職人気質で、多くを語らない人でした。
後継者である長男は、常に先代の顔色を確認しながら発言する癖がありました。
M氏は、面談のたびにその「間」を感じ取っていたと言います。
「数字は毎年、問題ありませんでした。だから当然のように融資は通し続けました。ただ、退勤前にふと、あの親子のやり取りを思い出す瞬間があったんです。あれは何だったんだろうか、と」
M氏は、その違和感を誰にも話しませんでした。
もちろん話す場所が、なかったからと言う理由もあります。
数年後、その会社は先代の急な体調不良をきっかけに、経営判断が完全に停滞しました。
実を言うと、後継者は、父親の「判断の基準」を一度も聞けていなかったのです。
いや、折に触れて聞いてはいたのです。
もちろん、父親の横に立って、判断の瞬間を何度も見てきたはずなのです。
ところが、「なぜ、そう判断したのか?」という、基準を受け継いでいなかったわけです。
M氏は、こう振り返っています。
「あの時感じていた違和感の正体を、もし言葉にできる場所があったら——結果は違っていたかもしれません」と。
その後、その会社は「黒字であるにも関わらず廃業を視野に入れた検討に入らざるを得ない状況」に陥ったのです。
銀行の融資担当が抱えるジレンマ
今日、ここで明らかにしたことは、きっとあなたも、薄々気づいていることです。
そしてさらに、気づいてはいるけれど、手が出せないという構造的な理由を明らかにしました。
もちろん「専門外」でもあるでしょうし、親子間の心理的な壁に踏み込むだけの、時間もリソースもないと思います。
ですが、そこを整えないと、やがて融資した会社が危機的状況に陥るかもしれないということに、いつも「ぼんやりと」だけど、不安を感じながら稟議書を書いているはずです。
これが、あなたのジレンマの正体ではありませんか?
繰り返しになりますが、実をいうと、あなたにとっての「専門外」を、「専門」としてる人間がいることを知るだけで、あなたが感じている、定性的なリスクを大きく軽減できる可能性が飛躍的に上がるのです。
鎧を脱ぐ必要は、ない
ここで、誤解のないようにお伝えしておきたいことがあります。
この記事は、あなたに「銀行員の役割を超えて、家族関係に踏み込みなさい」と言っているのではありません。
それは、むしろこの上なく危険なことですから。
あなたの職務は、あくまで金融のプロフェッショナルとして遂行されるべきです。
必要なのは、鎧を脱ぐことではなくて、鎧の内側で感じ取ったものを、正しく受け渡せる場所を知っておくことです。
先代の脳内にしか存在しない判断の理由——なぜその取引先を大切にするのか、なぜその価格を守るのか、なぜその人材を手放さないのか。
これらを構造化し、後継者へと橋渡しする技術と、それを専門に担う領域が、この国には確かに存在しています。
あなたが「それは銀行の専門外です」と感じたその直感は、間違っていません。
ただ、その先に「では、誰の専門なのか?」という問いが、まだ多くの現場で置き去りにされているだけなのです。
その問いに答えを持つ人間は、今の日本には、まだ数えるほどしかいません。
もしかすると、たった一人しかいないかもしれません。
ぜひ以下の、関連記事と全体像から、大きな安心を手に入れて下さい。
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