「なぜあの時、そう判断したんですか?」と聞いても、本当の理由は返ってきません。
本当の理由が帰ってこないからと言って、先代が嘘をついているわけではありません。
ただ、人間の脳は、そういう風にできているのです。
今日は、多くの二代目が不思議でたまらない、先代の経営判断の軸について詳しく解説します。
読み終わるころ、「本当の理由」になるほど!と膝を打たれるはずです。
それでは、ぜひ最後までお付き合いください。
30-Second Summary
先代に、何度も何度も、時々の判断の理由を直接尋ねる。
先代の口からも、誠実なもっともらしい答えが返ってくる。
でも、いざ自分が同じ場面に立ってみると、その理由を真似しても、なぜかうまくいかない。
多くの後継者が、一度、いえ頻繁に経験しているこの違和感には、心理学的な裏付けがあります。
人は、自分の判断の本当の原因に、内省ではアクセスできていないことが多く、それでも、もっともらしい理由を、まるで最初からそう考えていたかのように語ってしまうのです。
この記事では、この不思議な違和感の正体を解き明かし、なぜ「聞く」だけでは「思考資産」にたどり着けないのかについて、お伝えします。
もちろん、心理学で全てが解説できるわけではありませんが、少なくとも、まずは先代の脳内にアクセスするアプローチとしては、非常にわかりやすいものだと思います。
「なぜあの時、そう判断したんですか?」と聞いても、本当の理由は返ってこない。
きっと二代目経営者なら、一度は、こんな経験があるのではないでしょうか?
「なぜ、あの取引先との条件、あそこまで譲ったんですか?」
先代に、何度もこんなことを聞いてみたことがありますよね。
だけど、返ってくる答えは、決まってこんな感じであるはずです。
「うーんそうだなぁ、あそことは長年の付き合いだったし、ここで信頼を崩したら、この先が続かないと思ったからかな…」
聞いたときには、なるほど、と思います。
話の筋も通っている。
そのときは、素直に納得したはずです。
…一瞬だけ。
でも、しばらく経って、自分が似たような場面に立つことがあります。
長年の付き合いがある取引先から、若干ですが、無理めな条件を持ちかけられた。
そのときに先代の言葉を思い出して、同じように「信頼関係のために」と、その条件を飲んでみた。
ですが、結果的に、あまりうまくいかなかった。
むしろ大きな失敗に繋がってしまった。
「どうした?何が違うんだ?」
何かが違う。
先代のあの判断は、単に「信頼関係を優先した」という話では、なかったんじゃないか。
そんな疑念が脳裏を横切ります。
そう、これです。
この、うまく言葉にできない、何と見えない、モヤモヤっとした違和感。
似たような経験、絶対にありますよね?
(逆に、そんな経験ないよ!という方は、ちょっと危機感が足りないのかもしれません)
それはさておき、今日はこのメカニズムを解明して、スッキリしましょう。
その違和感、実をいうと「かなり正しい!」
先に言っておきますね。
その違和感は、間違っていません。
といいますか、むしろ、かなり鋭い感覚だと賞賛できるものです。
これは、先代が嘘をついていたとか、いい加減に答えたという話ではありません。
先代は、心の底から「信頼関係のためだった」と信じて、答えていたはずです。
それでも、その答えは、本当の理由ではなかった可能性が高いんです。
ここで、ちょっと私の専門でもある心理学の分野からアプローチしてみます。
1977年、心理学者リチャード・ニスベットとティモシー・ウィルソンが、社会心理学の分野で、非常に重要な研究を発表しています。
「私たちは、自分で語れる以上のことを、実は知らない(Telling More Than We Can Know)」という論文です。
(直訳しているので、日本語として少しだけ違和感があるかもしれません)
この研究が示したのは、こういうことです。
人は、自分の判断や行動が「なぜ」起きたのか、その本当の原因に、内省(自分の心を振り返ること)によってアクセスできていないことが、驚くほど多い。
それにもかかわらず、人は「わかりません」とは言いません、絶対にです。
代わりに、もっともらしい理由を、まるで最初からそう考えていたかのように、流暢に語ってしまうんです。
これは、心理学では、作話(confabulation)と呼ばれる現象なのですが、嘘とは違うのです。
実は本人ですら、心の底からそれが理由だと信じて口にしています。
でも、その理由は、判断した瞬間に実際に働いていた思考ではなくて、後から、辻褄を合わせるために作られたストーリーである可能性が高いのです。
ここは非常に難しいところですが、サラッと読み進めてくださいね。
先代の言った「信頼関係のためだよ」という答えも、これだったのかもしれません。
もちろん嘘ではない。
でも、実際にあの瞬間、先代の頭の中で本当に動いていた判断基準とは、少しズレている。
だからこそ、それを聞いた二代目がマネをして、その言葉通りにやってみても、同じようにはうまくいかなかったわけなのです。
心理的作用が働いたのはわかった!
だけど、なぜそんなことが起きるんだ???
ではなぜ、こんなことが起きるのだろうか?
ちょっと極端ですが。
たとえるなら、これは、事件現場に後から呼ばれた探偵のようなものです。
判断そのものは、ほんとうに一瞬で、無意識に近い領域で行われています。
先代の場合であれば、40年分のパターン認識の蓄積から、瞬時に一つの判断が導き出されている状態です。
でも、「なぜ、そうしたんですか?」と聞かれた瞬間、脳の別の部分が働き始めます。
言語化を担当する部分です。
この部分は、実際の判断の瞬間には立ち会っていません。
判断が終わった後の現場に、後から呼ばれた探偵のように到着し、残された手がかり(結果、一般的な常識、その場の雰囲気)から、もっともらしいストーリーを、大急ぎで組み立てます。
そして、この探偵は非常に優秀です。
あまりに自然に、あまりに筋の通った説明を組み立てるので、話している本人でさえ、それが後付けだとは、まったく気づきません。
だからこそ、この理由には、独特の危うさがあるのです。
間違っているようには、まったく聞こえないんです。
あなた(多くの後継者)が感じている「何か違う」という違和感の方が、実は真実に近かったわけです。
ほんとうにややこしいですね。
だけど、この構造を一度理解できたら、だったらどうしたらいい?が、割と簡単に見つかることもあります。
要は、40年間の経験の積み重ねからくる超高速演算は、まったく構造化されていないので、本人ですら言語化できないわけです。
だから、後付けの理由がポンポンと出てくるわけです。
「聞き方」による違い
このズレを整理すると、次のようになります。
| アプローチ | 得られるもの | 危うさ |
| 「なぜ、そうしたんですか」と直接聞く | もっともらしく、筋の通った説明 | 後付けの作話である可能性が高い。本人もそれに気づけない |
| 具体的な出来事を、何度も、複数の角度から尋ねる | 一貫して繰り返される、判断のパターン | 単発では見えにくく、複数の事例を横断して初めて浮かび上がる |
左側は、一回の質問で、すぐに”それらしい答え”が手に入ります。
極めて効率的に見えますよね。
でも、それは危険なほど、信頼性に欠けます。
あなたが真似して失敗したのは、まさにこの左側の答えを、そのまま信じてしまったからなのです。
実は、ここからが本当に面白いところです!
それでは、先ほどの表の右側、「具体的な出来事を、複数の角度から尋ねる」というのは、実際にはどういうことなのか。
ある先代とのやり取りを、少し詳しくお話しします。
その方には、忘れられない修羅場が、いくつもありました。
銀行から追加融資を断られ、資金繰りが数日先まで見えなくなった時期のこと。
長年の主力社員が、突然辞めると言い出した時のこと。
取引先から、価格の大幅な見直しを迫られた時のこと。
最初、それぞれの話を、単独で聞いていた時は、まったく別々のエピソードにしか見えませんでした。
銀行の件は「頭を下げて回った」という話。
社員の件は「本人の話を、とにかく聞いた」という話。
取引先の件は「一度、条件を全部飲んだ」という話。
バラバラです。
一見、共通点なんて、どこにもなさそうに見えました。
でも、この3つを、時間をかけて並べて聞き返してみたときです。
ある瞬間、ご本人が、はっと止まりました。
「そういえば、銀行の時も、社員の時も、取引先の時も……自分は最初に、相手が何を一番恐れているかを、考えていたような気がする、あぁそうだ!間違いない」
銀行が恐れていたのは、貸し倒れそのものより、「経営者が現実を見ていないこと」でした。
だから、まず現実の数字を隠さず見せることから始めていた。
社員が恐れていたのは、辞めることそのものへの引き止めではなく、「自分の不満が、ちゃんと聞かれないまま終わること」でした。
だから、条件の話をする前に、とにかく聞き切っていた。
取引先が恐れていたのは、値下げそのものより、「これから先も対等な relationsで居られるか」でした。
だから、条件を飲む代わりに、その場で次の関係の形を、自分から提案していた。
「信頼関係のため」という、あの一言でまとめられていた判断は、実際には、まず相手の恐れの正体を見極め、その恐れに直接答えるという、一貫した動き方だったのです。
これは、一つの武勇伝を聞いただけでは、絶対に出てきません。
ご本人自身、3つを並べて初めて、自分の中にこの原則があったことに気づいたわけです。
そしてこれこそが、あなたが真似しようとして、うまくいかなかった本当の理由です。
だから「信頼関係のために条件を飲む」という言葉通りに動いても全く意味がありません。
本当に必要だったのは、「相手が一番恐れていることは何か」を、まず見極めるという、その手前の一手だったからです。
そしてお気づきでしょうか?
先代と話していて「そう言えば」というフレーズが出てきました。
実は、この「そう言えば」が出てきた瞬間が、「思考資産」が現れ始める、その時なのです。
私は、日本で唯一の“デコーダー”として、このフレーズを引き出すために、先代の脳内をデコードしているわけです。
だから、「思考資産」と名付けました
「なぜ」と一回だけ尋ねて出てくる答えは、後付けのストーリーであることがほとんどでした。
でも、複数の場面を照らし合わせることで、本人すら言葉にしたことのなかった、一貫した判断の軸が、確かに浮かび上がってきます。
これは、聞き取りというより、素材を集めて、構造を組み立て直す作業に近いものです。だからこそ、単なる「記録」ではなくて、私はこれを「思考資産」と呼んでいます。
あなたが先代に対して感じてきた「なぜか真似できない」という違和感は、あなたの理解力の問題ではありませんでした。
そもそも、直接尋ねるという方法自体に、限界があっただけなのです。
「だったらどうしたらいいんだ?」と思われるかもしれません。
まずは、「本当の理由が帰ってこないわけ」を理解して、それを前提に先代の語ることに耳を傾けてみてください。
答えは、きっとその先にあります。
(※「思考資産」とは?:とても複雑で大掛かりな概念ですので、この場で語ることは難しいですが、もしよければ私の著書「思考資産」を読んでくださると理解も早いと思います。)
おわりに
私は過去に、数万人の従業員を擁する会社のHRの現場、さらに心理カウンセラーとしての心理臨床の現場で、多くの実体験を(特に、二代目経営者の声を聞き続けて)積んで、現在ここにいます。
このことは決して自慢ではなく、そこでしか見ることのできない、多くの「苦悩」と向き合ってきたということです。
これからも、この経験をもとに、可能な限り、読んでくださる方に寄り添える記事を書いていこうと思っていますので、ぜひ楽しみにしていてください。
それでは、また、お会いしましょう。
もしも、今日解説した、「本人も気づいていない構造を、対話でデザインする」という考え方に関心を持たれた方は、ぜひ以下のHUB記事もあわせてお読みください。
【HUB記事】 親子間の事業承継がうまくいかない本当の理由──会社は継げても、先代の「思考資産」は継げていない

きっと面白く読んでいただけるはずです。
「思考資産」承継デザイン研究所
霧香ゆうひ
デコーダー/心理カウンセラー/作家


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