「そろそろ ”新人社長” という看板を降ろせよ」——そんな視線に気づいた日。

「そろそろ ”新人社長” という看板を降ろせよ」——そんな視線に気づいた日。

就任1年目まで、あなたを守っていたのは、実は先代の顔でした。それが消えていくとき、何が起きるのか。


30-Second Summary この記事の要約

会社を継いで1年が過ぎた頃から、なぜか周囲の目が厳しくなったと感じる二代目は少なくありません。
実はこれは、気のせいではありません。
就任当初は「新人だから」と大目に見られていたことが、時間の経過とともに、正反対の評価基準に切り替わっていくからです。
同時に、それまで自分を支えていたのが、実は自分自身の実力ではなく、「先代の顔」への信用だったという事実にも、少しずつ気づかされます。

この記事では、この二重の反転がなぜ起こるのかを整理したうえで、この焦りに飲み込まれ、大きな判断ミスへと突き進んでしまったある二代目の実例(複合・匿名化)を通じて、「黒字なのに会社が終わっていく」という現象の正体に迫ります。

会社を継ぐ前の意気込みが僅か1年で意気消沈して、自分の描いた理想の経営ができないのはなぜか?
さらに、それどころか、会社の業績はいいのになぜか追い込まれて「廃業」という二文字がチラつく構造を分解してお伝えします。

あなたの羅針盤になればこの上ないことです。


「こんなはずじゃなかった」「なぜなんだ」が、1年経っても消えない理由

会社を継いで、1年が過ぎた頃。

多くの二代目の頭の中に、共通して浮かぶ二つの言葉があります。

「こんなはずじゃなかった」
「なぜなんだ」

この二つの、悪魔のフレーズ。

継ぐ前に描いていた理想は、ほとんど形になっていません。
それどころか、継いだ直後よりも、今の方が追い詰められている感覚すらある。

前回、前々回の記事で見てきたように、これは「慣れれば楽になる」はずの時間が、むしろ負荷を蓄積させてしまう構造のせいでした。

でも、実はこの時期には、もう一つ、見落とされがちな要因が重なっています。
それは、周囲の見る目そのものが、この時期を境に、はっきりと変わるということです。

実は、このことについてはほぼ全ての二代目が気付きません。
つまり、気づかないからわからない、結果的に「なぜなんだ」に着地するという構造です。

それでは、紐解きながら深掘りしましょう。


就任1年目まで、あなたを守っていたもの

会社を継いだ直後というのは、実は、二代目にとって一番”優しい時期”なのです。

多少の判断ミスがあっても、「まあ、就任したばかりだから」と、周囲は大目に見てくれます。
社員も、取引先も、銀行も、新しい社長がすぐに完璧に振る舞えるとは、最初から期待していません。

実は、この現象には名前がついています。

「テイキング・チャージ」モデル(Taking Charge / John Gabarro, 1987)という、ハーバードの経営学者が提唱した理論です。
新しくリーダーの座についた人が組織に定着するまでの過程を研究したもので、就任直後には、周囲からの「観察と許容の期間」が存在することが分かっています。

この期間、周囲はリーダーを注意深く見守りながらも、多少の粗さには目をつぶってくれます。

でも、当然のことながら、この猶予期間には、終わりがあります。

役職に就いてからの時間が経つにつれて、周囲の目線は、「新人だから」という前提から、「もう十分な時間が経ったのだから」という、本人の実績そのものへの評価に切り替わっていきます。

そしてもう一つ、これと同時に、静かに起きていることがあります。

「え?まだあるのか?」と思われますよね。
ですが、これら目に見えない、さらにほとんど認知できない壁が複合的に立ちはだからうからこそ、多くの二代目が「経営に専念できない」という状況に追い込まれるのです。


実はもう一つ、あなたを支えていたもの

就任1年目、二代目の判断に、社員が素直に従ってくれる。
取引先が、多少無理な相談にも応じてくれる。
銀行が、前向きに話を聞いてくれる。

これって、正直、悪い気はしませんよね?
「自分にも、経営者としての力があるのかもしれない」と、少し自信がついてきたりします。

でも、ここで一つ、厳しい事実を言わなければなりません。
ちょっとキツいですよ!

その敬意や協力の多くは、実は、あなた自身に向けられたものではなかった可能性が高いんです。

「ん?どういうこと?」ですよね。
詳しくお伝えしましょう。

私の専門分野でもある、社会心理学に、準拠的パワー(Referent Power)という考え方があります。
1959年、心理学者ジョン・フレンチとバートラム・レイヴンが提唱した、人が他者に影響力を持つ仕組みについての古典的な理論の一つです。

人は、相手自身の実力に対してだけでなく、「その人が誰と結びついているか」によっても、従ったり、敬意を払ったりする、という考え方です。

就任1年目の二代目に向けられていた敬意は、この準拠的パワーそのものでした。
「先代の息子だから」
「先代が信頼していた人だから」
という結びつきに対して、周囲が敬意を払っていたに過ぎない場合がほとんどなのです。

二代目自身の実績に対する評価は、実はまだ、ほとんど始まってすらいなかったんです。
言ってみれば、これは、少し大きめの、借り物のジャケットを着せられていたようなものなのです。

周囲の目には、そのジャケットを着ているあなたが、立派な経営者に見えていました。
ところが、着ているジャケットはあくまで先代のもので、それを脱いだときの自分の体格は、まだ誰にも見られていなかったというわけです。

ある時期が来て、そのジャケットを脱がねばならない時が来たときに、その姿を見た周囲は、どんな反応をするでしょうか?


二つの力が、同時に反転する魔の時間帯

さて、ここからが一番の急所です。

「新人だから大目に見る」という猶予期間が終わる時期と、「先代の顔」という借り物の信用が薄れていく時期は、実はほぼ同時に訪れます。

それが、だいたい、就任から1年〜3年のあたりです。

つまりこの時期、二代目は、二つの力を同時に失っていきます。

一つは、失敗を許してもらえる猶予。
もう一つは、そもそも自分の実力とは関係なかった、借り物の信用。

猶予がなくなると同時に、これまで自分を支えていた土台まで消えていくわけです。
しかも本人は、この二つが同時進行していることに、なかなか気づけません。

だから、こんなふうに思ってしまうんです。
「自分の経営が、下手になったんだろうか?」って。

でも、そうではありません。
単に、これまで自分を実際以上に大きく見せてくれていた、二重の追い風が、同時に止んだだけなんです。

ここで、この二つの変化を整理すると、次のようになります。

観点就任1年目まで就任1〜3年目以降
周囲の評価基準「新人だから」という前提での猶予本人の実績そのものへの評価
敬意・協力の出処先代との結びつき(準拠的パワー)二代目自身が積み上げたもの、次第
判断ミスへの反応ある程度、目をつぶってもらえる「いつまで新人のつもりだ」という視線
本人の実感「自分にもできるかもしれない」という手応え借り物が剥がれ落ちていく、心もとなさ

この表の左から右への移行が、静かに、しかし確実に起きる。

これが、「こんなはずじゃなかった」「なぜなんだ」が、1年経っても消えるどころか、むしろ強くなっていく、本当の理由なのです。

だから、多くの二代目が、1~3年経つ頃に、一気に自信喪失を起こして、会社の業績は良いのに、「もうダメかも…」ということになるのです。

こう見てくると「廃業」の二文字が脳裏に浮かぶ構図が見えてきましたか?


ある二代目の話(実話です)

ここで、実際にあった話を、複数のケースを組み合わせた形でお伝えします。
(これからお話しするのは、実際の私のクライアントのお話しですが、少しデリケートな内容なので、仮の部分を多くしています。ご容赦ください)

私のところに来られたその二代目は、MBAで学んだ知識に自信を持っていました。

就任1年目は、周囲の理解もあり、比較的穏やかに過ぎていきました。
でも、2年目に差しかかる頃から、彼は焦り始めます。

それは、「そろそろ、新人社長という看板を降ろせよ」という空気を、はっきりと感じるようになったからだそうです。

同時に、彼は気づき始めていました。
取引先が以前より簡単には頷いてくれなくなっている。
社員の反応も、どこか他人行儀になってきている。

これは、明らかに先代の顔で持っていた信用が薄れてきているサインだったのですが、当時の彼には、そこまで見えていませんでした。
ただただ、「結果を出さなければ」という焦りだけが、強くなっていったんですね。

そこで彼は、自分の実力を誰の目にも分かる形で証明しようと、新規開拓に全振りする決断をします。
MBAで学んだ営業戦略のフレームワークを総動員し、猛烈な勢いで新規顧客を獲得していきました。

結果は、劇的でした。
受注は、それまでの4倍にまで伸びたのです。

社内は、一時、歓喜に包まれました。
彼自身もまた、「これで、自分の実力を証明できた」と、心から思っていたようです。

ところが、間もなくして、古参の社員から声が上がります。

「社長、いい加減にしてくださいよ。こんなに無理な仕事を受けてばかりで、これだけの仕事をこなす社員が、圧倒的に足りていません、バランスを考えないと破綻します」

実は現場は、悲鳴を上げていました。
人員も、設備も、まったく追いついていない。

それでも彼は、営業の手を緩めませんでした。
さて、なぜでしょうか???


なぜ、引き返せなくなってしまうのか

普通に考えれば、ここで一度、立ち止まって受注のペースを調整するのが、妥当な判断のはずです。
でも、彼はそうしませんでした。

それはなぜなのでしょうか?
良かったら少し考えてみてください。

実を言うとこれには、エスカレーション・オブ・コミットメント(Escalation of Commitment)という心理現象が関係しているのです。

1976年、心理学者バリー・ストウが提唱した概念で、一度ある方向に強くコミットした人は、うまくいっていない兆候が出てきても、そのコミットメントを撤回するどころか、むしろ努力や投資を増やしてしまう、という現象です。

では、なぜそんなことが起こるのでしょうか?

それは、決めたことを撤回するということで、「自分のこれまでの判断が間違っていた」と認めることと、ほぼ同じ意味になってしまうからなのです。

彼にとって、新規開拓への全振りは、単なる一つの経営判断ではありませんでした。
「新人社長」という看板を脱ぎ捨て、借り物ではない自分自身の実力を証明するための、いわば存在証明そのものだったのです。

だからこそ、古参社員の警告は、単なる業務上の指摘としてではなく、「お前の証明は、まだ足りていない」という否定のように、彼の耳には響いてしまったわけです。

引き返すことは、経営判断の修正ではなく、彼にとっては、自分という存在そのものの敗北宣言に近いものだったんです。

だから、彼は止まれませんでした。
そして結果的に…。


黒字なのに、なぜか会社が終わっていく

その後、何が起きたと思われますか?

実を言うと、売上の数字だけを見れば、会社は絶好調でした。
受注も、売上も、伸び続けています。
だから、当然のように誰の目にも、業績は輝かしく映っていたはずです。

しかし、一方では水面下で、まったく別のことが進行していました。

圧倒的に人手が足りないまま、無理な受注をこなし続けた現場は、疲弊していきます。
最初は業績の向上とともに残業が増えて、社員の手取りはどんどん上がるわけですから、勢いづいていました。

ところが、それに反して、これまで最も大事にしてきた”品質”は、少しずつ低下していきます。
そして長時間労働に耐えかねて、ベテラン社員から、一人、また一人と、辞めていきました。
当然ながら、取引先からの信頼も、少しずつ揺らぎ始めます。

数字の上では黒字。
でも、それを支えていた組織そのものが、内側から静かに壊れていく。

これが、「黒字なのに廃業がちらつく」という現象の、実際の姿です。

そしてこの会社は、50年近く続いた歴史に、幕を下ろすことになりました。

先代も、本人も、関係者も、それぞれが「とんでもなく重い代償」を払う結末でした。

実は今、日本中の中小企業で、事業承継に伴うものとみられる「黒字なのに廃業」という、極めて深刻な事態が、どれほど起こっているかを、興味本位でいいので調べてみてください。

おそらく驚愕の数字が出てきます。


実は、ここからが本当に面白いところです

さて、ここまでの話だと、「焦りに飲まれた本人の判断ミス」という、個人の弱さの物語で終わってしまいそうです。

しかしながら、私は、そうは思っていないのです。

彼が本当に足りていなかったのは、経営の知識でも、営業力でもありませんでした。
これはハッキリしています!

彼に足りていなかったのは、「こういう局面で、先代なら、どう動いていたか」という、参照すべき判断の型です。

先代にも、間違いなく、似たような岐路がありました。
急成長のチャンスを目の前にして、どこまで攻め、どこで一度立ち止まるか。

おそらく、先代自身も、何度もこの判断を迫られてきたはずです。
そして先代は、40年かけて、「勢いに乗った時こそ、現場の悲鳴に耳を傾ける」というような、独自の分岐の型を、身体で覚えていました。

でも、その型は、契約書にも、引き継ぎ資料にも、書かれていません。
もちろん、そんなものは書きようがありませんから。

要するに、彼は、丸腰のまま、この局面に立たされていたんです。

もし彼が、先代のこうした過去の岐路での判断――なぜあの時、急拡大を止めたのか、なぜあの時は逆に踏み込んだのか――を、あらかじめ聞き取り、自分の中に持っていたとしたら。

古参社員の警告を聞いた瞬間、それは「自分への否定」ではなく、「先代も同じ場面で立ち止まっていた」という、参照可能な情報として響いていたかもしれません。

そうすれば、あの一歩を踏みとどまる判断も、「自分の実力を証明できなかった」という敗北ではなく、「先代と同じ、正しい経営判断をした」という、むしろ誇れる選択として、受け止められていたはずです。

彼に足りていなかったのは、覚悟でも、能力でもありません。
判断に迷ったときに立ち返れる、先代の思考という地図が、なかっただけなのです。

そしてこの地図は、今からでも、まだ間に合ううちに、手に入れることができます。
先代の頭の中にある、無数の分岐の記憶を、今のうちに、構造として引き出しておくことです。

それこそが、経営深層論理(DDL)として言葉になった瞬間、次に同じような岐路に立たされたとき、あなたは、もう丸腰ではなくなります。

「そろそろ新社長の看板を降ろせよ」という視線に、追い詰められる必要はありません。
その視線の先にある本当の答えは、遠くにあるのではなく、案外、先代のすぐそばに、まだ言葉にされないまま眠っているのだと思います。

とは言え、それを解決するには、テクニカルな解決策が必要です。
が、必ず苦悩する二代目を救い出す確実な方法を私は持っています。


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著者プロフィール
kirika-yuhi

著者:詳細プロフィール

「思考資産」承継デザイン研究所 
所長: 霧香 ゆうひ(夕燈) デコーダー/心理カウンセラー/作家

1961年生まれ。広島を拠点に全国の事業承継現場で、経営者と後継者の「魂の同期」を支援する専門家。
30年のHRキャリアで組織の力学を、14年の心理カウンセラー経験で人間の深層心理を、11冊の著書を通じて言葉の精錬技術を磨いてきました。

この三つが交わる場所に、私の専門領域があります。

私が提唱する「思考資産」とは、経営者の脳内に点在する「記憶・判断・哲学」をデコード(解読)し、次世代が迷わず使える「経営深層論理(DDL)」として構造化したものです。

法的・税務的な手続き(箱の整理)は専門家に委ね、私はその「中身(魂)」を救い出すことに全力を注ぎます。

一人の経営者の暗黙知を救うことは、組織を救い、文明が積み上げてきた知恵の総量を守ることに繋がる——これが、私がこの仕事を続ける理由です。

3万人超の事業承継・組織再生の現場に伴走してきた、日本唯一のデコーダー。

霧香ゆうひ

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二代目の苦悩

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