「誰かが言うだろう」と全員が黙っている|顧問税理士のジレンマ

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「誰かが言うだろう」と、全員が黙っている|顧問税理士のジレンマ

事業承継の打ち合わせの場に、何度か同席したことがあります。
ところが、税理士・銀行員、時には弁護士まで複数の専門家が同席しているにもかかわらず、誰も本質的な一言を発しないことがあります。

これは、誰かの怠慢でも、保身でもありません。
なぜなら、全員の目的は同じであり、そこに向けてそれぞれの超専門家たちが、自分のテリトリーで最高のアウトプットを出すためにその席に座っているのですから。

では、この状態をどう説明したらよいのでしょうか?
実は、私の専門の心理学の見地から言い表すことができるのです。

そこには、社会心理学が示す「傍観者効果」——周囲に関係者が多いほど、人は行動を控えてしまうという心理——が働いているからなのです。

そして厄介なのは、この沈黙が一度も嘘をつかれることなく、全員の「もっともらしい理由」によって、静かに正当化され続けてしまう点にあります。

この構造を知ることは、あなたがその沈黙の連鎖から、初めて自由になる一歩になります。
是非、この専門家が集まった席だからこそ起こる心理作用を理解して、最適解を導き出していただければと思います。

ただ、ひとつ注意があります。

これは、誰かを責めるためのものではありません。
それぞれの専門家の立場に敬意を払いながら、目的を達成するために何をどう考え、どう動くべきかを、まず自分自身が知り、周囲と分かち合うための方法論であるとこを記憶しておいて下さい。


会議室のテーブルには、四人が座っています。

先代、後継者、あなた(顧問税理士)、そして融資担当の銀行員。

自社株評価の資料は、寸分の狂いもなく仕上げてあります。
銀行員が持参した資金計画も、非の打ち所がありません。
書類上は、すべてが整然と進んでいるように見えます。

ところがその時、先代が、ふと視線を落として黙り込みます。
後継者は、その沈黙をどう埋めていいか分からず、あなたの方をちらりと見ます。

あなたは、その一瞬に、確かに何かを感じ取っています。
「この二人の間には、書類には出てこない何かがある」と。

けれど、あなたは口を開きません。

隣に座る銀行員の顔を、あなたは思わず確認します。
彼も、涼しい顔で手元の資料をめくっています。
その所作を見た瞬間、あなたの中で、何かがすっと収まります。

「彼が何も言わないのなら、今、自分が口を挟むことではないのだろう」と。

正直に言えば、これは嘘ではありません。
ある部分では、真実でもあります。
でも、だからこそ厄介なのです。


「誰かが言うだろう」は、誰にも強制されていない

これは、あなたの職業倫理の欠如でないことは明らかです。

社会心理学者ビブ・ラタネとジョン・ダーリーは、ある実験で衝撃的な事実を明らかにしました。

人が緊急事態に遭遇したとき、その場に居合わせる人数が多いほど、かえって誰も行動を起こさなくなる、という驚くべき現象です。
実はこれを「傍観者効果」と呼びます。

その理由は極めてシンプルです。
周囲に他の関係者がいると、人は無意識に「責任」を分散させるのです。

「自分がやらなくても、誰かがやるだろう」
「専門家は他にもいる。自分だけの責任ではない」
——この心理が働くのです。

「そんな単純な話だろうか」と思われるかもしれません。
実際、あなたは決して怠けているわけでも、無関心なわけでもありません。
むしろ、誰よりも顧問先の未来を案じているはずです。
それなのに、なぜ口が動かないのでしょうか?

答えは、この反応が、あなたの理性ではコントロールしきれない領域で起きているからです。
自分の制御できる範囲外で起こる心理作用なのですから、人間はほぼ太刀打ちできません。


例えば、「今、聞くべきだ」と頭では分かっていても、隣の専門家の無反応という、たった一枚のカードを目にした瞬間、判断はすでに書き換えられています。
「今のは、聞き流していい話だったのだ」と。
それはまさに一瞬です。

これは意志の弱さではありません。
人間の脳に組み込まれた、極めて自然な社会的反応が、そのまま作動しているだけです。
ただし、自然な反応だからといって、その代償が消えるわけではない、ということも、同時に知っておく必要があります。


「自分だけがおかしいのかもしれない」という、もう一つの罠

傍観者効果には、もう一つ、厄介な相棒がいます。

多元的無知と呼ばれる心理です。

あなたが違和感を覚えているとき、周囲の専門家たちの表情を、無意識に観察しているはずなのです。
銀行員は平然としています。
もし同席していれば、弁護士も落ち着き払っています。

その様子を見て、あなたはこう思います。

「自分だけが、大げさに感じているのだろうか?」と。

しかし、ここに大きな錯覚があります。
銀行員もまた、あなたと同じようにあなたの表情を観察し、「税理士が落ち着いているのだから、自分の違和感の方が的外れなのだろう」と思っている可能性があるのです。
しかもこの可能性は限りなく高いものです。

想像してみてください。
全員が、同じ違和感を、確かに抱えています。
誰一人として、鈍いわけではありません。
それなのに、全員が「自分だけがおかしい」と錯覚し合い、結果として、誰一人として口を開かない。

そんな奇妙な均衡が、その部屋には、静かに成立しています。

誰も嘘をついていません。
誰も無能ではありません。
ただ、全員の沈黙が、互いの沈黙を裏付ける証拠として機能してしまっている。
これほど皮肉な構造が、他にあるでしょうか。


テリトリーという名の、もう一つの壁

この沈黙には、傍観者効果だけでなく、もう一つの構造が重なっています。

それぞれの専門家が、自分の「テリトリー」の外に出ることを、職業的な作法として避けている、という点です。

税理士銀行員弁護士
本来の専門領域税務・申告・評価融資・資金計画契約・権利関係
気づいていること親子間の感情的な溝面談時の空気の変化潜在的な争いの火種
踏み込まない理由「税務の話ではない」「融資業務の外」「まだ契約前・依頼範囲外」
その場での振る舞い資料の説明に徹する数字の確認に徹する発言を控え様子を見る

この表が示しているのは、皮肉な事実です。
全員が「自分のテリトリーではない」という、同じ理由で沈黙し、その結果、誰のテリトリーでもない場所に、最も重要な問題が置き去りにされるのです。

「それなら、誰かがテリトリーを広げればいいのではないか」と思われるかもしれません。
ですが、これも簡単な話ではありません。

テリトリーの外に踏み込むということは、その専門家にとって、責任の所在を自ら引き受けるという意味を持つからです。
明らかな自らのテリトリーは自分で守り、認知していますが、そこから一歩出るというのは、大きな責任を引き受けてしまうという、極めて大きなリスクを、脳が警報級のブレーキをかける。

人間の心理にはそんな複雑なシステムがあります。

誰も、頼まれてもいない責任を、進んで背負おうとはしません。
それは怠慢ではなく、専門家としての、極めて合理的な自己防衛でもあるのです。


ある税理士が、コマ送りで思い出す「あの一瞬」

S氏(50代・地方都市で開業する税理士)は、ある家族経営の会社の事業承継を、10年近く担当してきました。

その日の打ち合わせも、いつも通りでした。
決算書の説明を終え、雑談に近い空気が流れ始めた頃、後継者がふと、視線を落としてこう漏らしました。

「親父の考えていることが、正直、今でもよく分からないんです」

S氏は、その一言を聞いた瞬間、資料をめくっていた指先が、コンマ数秒だけ止まったことを覚えています。

けれど、それだけでした。

隣に座る銀行員の表情を、S氏は思わず確認しました。
銀行員は表情を変えず、次の資料に視線を移していました。
その所作を見た瞬間、S氏の中で、何かがすっと収まりました。
「今のは、聞き流していい話だったのだ」と。

不思議なのは、S氏自身も、後から振り返れば分かるということです。
あの瞬間、自分は本当は「聞き流していい」とは思っていなかった。

ただ、隣の人間の無反応という一枚のカードが、自分の判断を静かに書き換えてしまった。
誰にも指示されず、誰にも強制されず、ただ、それだけの、ごくわずかな出来事でした。

話題は、次の議題——事業承継税制の特例適用の話——へと移っていきました。
何事もなかったように。

けれど数年後、先代が急逝しました。
後継者は、あの日「よく分からない」と漏らした問いの答えを、ついに聞けないまま、経営の舵を取ることになりました。

S氏は、今でもあの日の光景を、コマ送りのように思い出せると言います。

「指が止まった、あの一瞬。あそこで、もう一言だけ聞き返していたら。『今、どういう意味ですか』と。それだけで、何かが変わっていたかもしれません。でも、銀行員の反応を見て、自分の中で”これは触れなくていい話”に変換してしまった。誰にも強制されていないのに、です」

S氏は、この「誰にも強制されていないのに、自分で自分にブレーキをかけた」という感覚を、今も、正確には言葉にしきれずにいると言います。


沈黙は、誰か一人の責任ではない。だが、誰かが「輪の外」にいれば話は変わる

ここで、はっきりお伝えしておきたいことがあります。

この記事は、「あなたが勇気を出して発言すべきだった」と、あなた個人を責めるものではありません。

傍観者効果も多元的無知も、極めて健全な、人間の心理機制です。
同席する専門家が多いほど沈黙が生まれるのは、ある意味で自然なことであり、誰か一人の落ち度に帰結させるべき話ではありません。

「では、次からは勇気を持って発言しよう」と決意する方もいるかもしれません。
ですが、それだけでは、おそらく同じことが繰り返されます。

なぜなら、この構造は意志の力では突破できない場所で起きているからです。
決意は、次にまた同じ部屋、同じ顔ぶれに座った瞬間、同じ心理機制の前に、静かに霧散します。

必要なのは、その場にいる誰か一人が勇気を振り絞ることではありません。
そもそも、この「本質的な問い」を扱うための、専門の第三者を、その輪の外側にあらかじめ置いておくことです。

輪の外にいる人間には、傍観者効果は働きません。
なぜなら、輪の外の人間は、最初から「その問いを扱う責任」を担うために、そこにいるからです。
責任が分散する余地が、そもそも存在しないのです。

税務でも、融資でも、契約でもない領域——先代の判断の理由、後継者への言葉にならない橋渡し。
この領域を専門に扱う存在が、この国には、まだ数えるほどしかいません。

もし、あなたが感じてきた「あの時の沈黙」に、少しでも心当たりがあるなら。
その違和感は、間違っていませんでした。
ただ、それを拾う役割を持つ人間が、あの部屋には、まだいなかっただけなのです。

でも、実は今、その役割を担う人間はいます。
ある特別な、専門知識を複合して有した人間です。

以下の記事で、その概要に触れていますので、ぜひ持ち帰っていただければと思います。


▷ 関連記事:税理士が一人で抱え込む無力感について

数字は正しいのに、なぜ承継後に会社は傾くのか?|税理士のジレンマ

▷ 関連記事:銀行融資担当者が抱える”鎧”について

「専門外だから」と、あなたは今日も静かに言う|融資担当者のジレンマ


さらに深く知りたい方は、全貌について以下の記事から読み取っていただければ幸いです。

先代経営者の「暗黙知」をどのようにデコードし、回顧録・専用AI・記録動画という「3Tools」として、「思考資産」を未来へ残していく方法について、完全ガイドとしてまとめました。

以下からどうぞ。

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著者プロフィール
kirika-yuhi

著者:詳細プロフィール

「思考資産」承継デザイン研究所 
所長: 霧香 ゆうひ(夕燈) デコーダー/心理カウンセラー/作家

1961年生まれ。広島を拠点に全国の事業承継現場で、経営者と後継者の「魂の同期」を支援する専門家。
30年のHRキャリアで組織の力学を、14年の心理カウンセラー経験で人間の深層心理を、11冊の著書を通じて言葉の精錬技術を磨いてきました。

この三つが交わる場所に、私の専門領域があります。

私が提唱する「思考資産」とは、経営者の脳内に点在する「記憶・判断・哲学」をデコード(解読)し、次世代が迷わず使える「経営深層論理(DDL)」として構造化したものです。

法的・税務的な手続き(箱の整理)は専門家に委ね、私はその「中身(魂)」を救い出すことに全力を注ぎます。

一人の経営者の暗黙知を救うことは、組織を救い、文明が積み上げてきた知恵の総量を守ることに繋がる——これが、私がこの仕事を続ける理由です。

3万人超の事業承継・組織再生の現場に伴走してきた、日本唯一のデコーダー。

霧香ゆうひ

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