なぜ、黒字なのに会社を継ぐのがつらいのか?

事業承継の『なぜ?』

なぜ、黒字なのに会社を継ぐのがつらいのか?

30-Second Summary

黒字の会社を継いだ後継者が「継ぐのがつらい」と感じる理由は、経営の失敗ではなく、心理学でいうインポスター症候群(Impostor Phenomenon, Clance & Imes, 1978)に近い状態にあります。

この状態では、外部からの評価(黒字という実績)と、本人の内的な確信(自分の実力だという納得感)のあいだに断絶が生じるのです。
黒字は多くの場合、後継者自身の経営判断以前から存在していた先代の実績であり、周囲(先代・税理士・銀行員)はその黒字を根拠に肯定的な評価を下すが、本人はその評価の土台が自分の実力ではないと知っています。

この反応は、実績を積むほどかえって強まる点で、単なる自信のなさとは異なります。
加えて、連帯保証や相続税といった、決算書には表れない制度的な負担も、心理面とは別の理由で後継者の重さを増しているのです。

解決の方向性は、
①黒字を先代の実績として認めたうえで自分の判断を積み重ねること、
②失敗を経営者としての判断の証拠と捉え直すこと、
③専門家に確信のなさそのものを相談すること、
④心理面と制度面の負担を切り分けて扱うこと。
この4点にまとめられます。

それでは始めましょう。


なぜ?

決算書を開くたびに、数字は同じことを告げています。

売上は安定し、利益はきちんと残り、借入もほとんどありません。
誰が見ても「継ぐ側として恵まれている」状態です。

それなのに、夜、誰もいない事務所でひとりパソコンの画面を閉じたあと、頭の片隅を「廃業」という二文字がかすめます。

声に出したことは一度もありません。
誰かに話せば、きっとこう返ってくるとわかっているからです。
「それはお前、贅沢すぎる悩みだ」と。

もちろん数字は嘘をつきません。
ですが、数字は「この人が経営者としてやっていけるかどうか」までは教えてくれません、絶対に。

実を言うと、黒字であることと、自分がこの椅子に座り続けていいと思えることは、まったく別の話です。


ある一年

地方都市で建材卸を営む二代目、仮に名前を髙橋さんとします。

先代である父から会社を継いで一年が経ちました。
売上は前年並み、利益率もむしろ改善しています。
取引先からも「安定していますね」と言われます。

数字だけを見れば、申し分のない滑り出しです。

ある時、長年の取引先から原材料費高騰を理由に値上げの相談を受けたとき、髙橋さんは即答できませんでした。

数字上、値上げを受け入れても利益率は保てます。
判断材料は揃っていました。
それでも「父ならここで一歩踏み込んで、逆に条件交渉に持ち込んだかもしれない」という考えが頭から離れませんでした。

その取引先は、そもそも先代の代から「社長の人柄で付き合ってきた」関係です。
価格の細部より、父個人への信頼で成り立ってきました。
結局、当たり障りのない折衷案で二週間を費やしました。

その折衷案を父に事後報告したとき、父は珍しく口を挟んできました。

「ワシならその場で決めとったがな」
それだけ言うと、あとは何も聞かずに部屋を出ていきました。

当然ですが、悪気のない一言だったのでしょう。
父にしてみれば、単なる感想だったのかもしれません。
何十年もかけて、赤字の年も、資金繰りに走り回った夜も、すべて乗り越えて築いた黒字です。

その黒字を渡した相手が、値上げ交渉ひとつに二週間かける。
父の目には、恵まれた条件を持て余しているように映ったのかもしれません。

ですが実際には逆のことが起きていました。
恵まれた条件だからこそ、失敗したときに「自分のせいだ」と言い逃れができません。
赤字を継いだのであれば、多少の失敗は「もともと厳しい状況だったから」で済みます。
黒字を継いだ場合、崩れたときの原因は自分自身にしか求められません。

社内でも、似たようなやり取りがありました。
経理を長年任されてきた古参の女性幹部に、髙橋が経費のルールを一部見直そうとしたとき、彼女は表立って反対はしませんでした。

ただ、「先代の頃はこうでした」とだけ返しました。
それ以上の議論にはなりませんでした。

彼女は先代が創業期の苦しい時期を乗り越えるのを、いちばん近くで見てきた人物でもあります。
「先代の頃はこうでした」という一言には、単なる引き継ぎの説明以上の重みがあったのかもしれません。

この会社がどうやって今の黒字にたどり着いたか、誰よりもよく知っているという自負。
あるいは、新しいやり方に変えることへの、彼女自身の不安。
髙橋さんには、その一言の意味を確かめる術がありませんでした。

ルールの見直しは、結局そのまま棚上げになりました。

決算が黒字で終わった日も、髙橋さんの中に浮かんだのは達成感より先に、ひとつの問いでした。
これはほんとうに自分がやったことなのか?自分の実力なのか?と。

それとも、先代が敷いたレールの上を歩いただけなのか。


名前のない不安

顧問税理士との決算報告は、いつも短く終わります。
「良い数字ですね、順調です」。
それ以上の会話は続きません。
銀行の担当者からの評価も同じです。
返済実績と決算内容さえ健全であれば、審査上の懸念はありません。

むしろ「後継者体制も順調に見える優良先」として、内部評価はプラスに働きます。
専門家としては、それが正しい評価の下し方です。

数字が健全であることを、数字の専門家が数字として評価する。
そこに間違いはありません。

ですが評価が上がるほど、髙橋の内側では別のことが起きていました。
この評価に見合う自分でいなければ、という緊張が積み重なります。

利益率の改善という成果が出ても、それは安心材料になりませんでした。
むしろ、次はさすがに見抜かれるのではないか、という感覚だけが更新されていきました。

これには名前があります。
インポスター症候群(Impostor Phenomenon)。心理学者ポーリン・クランスとスザンヌ・アイムズが1978年に提唱した概念で、客観的には十分な実績を上げているにもかかわらず、本人がその成功を「自分の実力ではない」「そのうち化けの皮が剥がれる」と感じ続けてしまう心理状態を指します。

もともとは高い実績を持つ専門職を対象に見出された概念ですが、その後の研究で、外部からの評価と本人の自己評価のあいだに大きな断絶がある状況全般で見られることがわかっています。

単なる自信のなさであれば、実績を積み重ねることで徐々に和らいでいきます。
ですがこの反応の特徴は、実績を積めば積むほど、かえって不安が強まることがある点にあります。

もっと結果を出せば安心できるはずだ、という発想そのものが、この構造の中では通用しません。

だから、周囲が「これだけ数字が整っているのに、なぜ辛いのか」と感じるのも無理はありません。
見ている材料が違うのではなく、同じ材料から導き出される結論が、外にいる人間と、内にいる本人とで、正反対になっているだけなのです。

黒字は、多くの場合「本人がまだ何も判断していない時点で、すでに存在していた実績」です。
先代の判断の積み重ねの結果であり、後継者本人の経営判断によって生まれた成果ではありません。

にもかかわらず、周囲はその黒字を根拠に「経営者として期待できる人物」という評価を下します。
本人だけが、その評価の土台が自分の実力ではないことを知っています。


見えているものの違い

同じ決算書を前にしても、そこから読み取られるものは立場によって変わります。

見る人決算書から読み取るもの
髙橋自身実績と、内側の確信のなさとの落差
恵まれた条件を渡したという事実
税理士・銀行員健全な数字、懸念のない優良先

誰も嘘をついていません。

父は信頼のつもりで数字を確認し、税理士は誠実な評価として「良い数字ですね」と言います。
それぞれの言動は、それぞれの立場から見れば正しいものです。

だからこそ、この断絶は誰か一人の悪意や怠慢では説明できず、誰か一人の努力だけでも埋まりません。
見えているものが違うという事実そのものを、まず言葉にしておくことが、最初の一歩になります。


もうひとつの重さ

決算書には現れないものが、もうひとつあります。
髙橋さんは会社を継いだ際、金融機関との契約に基づき、借入の連帯保証人になっています。

会社が順調である限り、この保証が表に出ることはありません。
しかし、もし自分の代で経営を傾かせたら、その責任は会社の廃業だけでは終わらず、自分個人の生活にまで及びます。

黒字であることは、このリスクを消してくれるわけではありません。
むしろ黒字を維持し続けなければならないという緊張を、この保証が静かに底上げしています。

自社株の評価額は、業績が良いほど高くなります。
皮肉なことに、経営者として結果を出せば出すほど、将来の相続税の負担も重くなっていきます。

会社のために利益を積み上げることが、同時に自分自身の将来の負担を積み上げることにもなるのです。
この二重性を、髙橋は誰かに相談したことがありません。

税理士との会話は、あくまで会社の数字についての会話であり、髙橋個人の将来の負担について踏み込んで話す機会は、これまで一度もありませんでした。

これは、気づきによって和らぐ種類のものではありません。
契約や制度としてすでに存在している、現実の負担です。

「継ぐのがつらい」という感覚は、単一の原因ではなく、心理的な断絶と、制度的な重さが、別々の理由で重なり合ってできています。


それから

二年目に入ってから、髙橋さんは月次の数字を確認する父に対して、「今回は自分の判断でこう決めた」と先に伝えるようになりました。

父の反応は変わらず「そうか」の一言でした。
ですが髙橋さんの中で、その一言の意味は一年目とは違って聞こえるようになっていました。

黒字は、先代が作ったものです。
それを恥じる必要はありません。

そこから何を引き継ぎ、何を自分の判断で変えていくかは、別の話として分けて考えられます。
判断のない経営者はいません。
小さな決定を先延ばしにせず、自分の判断として下すたびに、黒字の中身は少しずつ入れ替わっていきます。

税理士や銀行員に、決算書の数字ではなく、受け止め方の迷いそのものを話してみることもできます。
数字の相談ではなく、「この数字をどう受け止めていいかわからない」という相談を、あえて言葉にしてみる。

専門家の側にも、決算内容の確認だけでなく、後継者自身の意思決定の状態に目を向ける余地はあります。

個人保証や相続税のような制度的な重さは、心理的な問題と切り分けて、専門家に相談していいものです。

すべてを自分の内面の問題として抱え込むと、対処のしようがある現実の負担まで、気の持ちようで解決しようとしてしまいます。

経理の古参幹部との一件についても、髙橋は少し考え方を変えました。
「先代の頃はこうでした」は、反対の言葉ではなく、彼女なりの引き継ぎの作法だったのかもしれません。

そう捉え直してから、髙橋さんは棚上げにしていたルールの見直しについて、改めて彼女に「なぜ今のやり方になったのか」を尋ねてみました。
彼女は少し驚いた様子でしたが、丁寧に経緯を話してくれました。

話を聞いたうえで、髙橋さんは結局、ルールの一部だけを自分の判断で変えることにしました。

変えなかった部分は、変えないという判断として、自分の中に残しました。
「ワシならその場で決めとった」という一言は、今も髙橋の記憶に残っています。

ですが今は、それを比較の言葉としてではなく、ひとつの判断の記録として聞けるようになりました。

父の判断と、自分の判断は、同じ会社の上にあっても、別のものでいいのです。

もう少し深く知りたい方

本来なら父親の築いた繫栄する会社を継ぐということは、誰から見ても羨望の眼差しを向けられることであるはずです。

ですが、当事者になってみないと、その「心理と真理」は読み解けません。
毎年、数万件の会社が黒字なのに廃業という末路を辿っているという事実があります。
ここでは、そのきっかけの一端を明らかにしました。

そして以下のハブ記事で、なぜ、事業承継がうまくいかないのかということに関する全貌を明らかにしています。

ぜひ、一読されて、あなたの苦悩を解決するための第一歩にされることを願っています。

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著者プロフィール
kirika-yuhi

著者:詳細プロフィール

「思考資産」承継デザイン研究所 
所長: 霧香 ゆうひ(夕燈) デコーダー/心理カウンセラー/作家

1961年生まれ。広島を拠点に全国の事業承継現場で、経営者と後継者の「魂の同期」を支援する専門家。
30年のHRキャリアで組織の力学を、14年の心理カウンセラー経験で人間の深層心理を、11冊の著書を通じて言葉の精錬技術を磨いてきました。

この三つが交わる場所に、私の専門領域があります。

私が提唱する「思考資産」とは、経営者の脳内に点在する「記憶・判断・哲学」をデコード(解読)し、次世代が迷わず使える「経営深層論理(DDL)」として構造化したものです。

法的・税務的な手続き(箱の整理)は専門家に委ね、私はその「中身(魂)」を救い出すことに全力を注ぎます。

一人の経営者の暗黙知を救うことは、組織を救い、文明が積み上げてきた知恵の総量を守ることに繋がる——これが、私がこの仕事を続ける理由です。

3万人超の事業承継・組織再生の現場に伴走してきた、日本唯一のデコーダー。

霧香ゆうひ

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